第13話 ちょろすけ、空へ




 ――ハンドボール投げ。





「イキマアス」


 先陣を切ったのはマイペースなオカキ。今日も今日とてばかデカイシブボディ。

 足下の籠からハンドボールを一つ、大きな指先で拾って、


「フンヌラ」


 ……は?


 シュイーーン。と風切り音を残し、グングン遠ざかるボール。

 そのままバックネットを遙か越え、校舎をまたぎ、学校の裏山、俺の構える秘密基地の方角へと消えていった。



 おか……き?


「……すっげぇな」


 くずかごに丸めたティッシュ捨てるみたいな下手投げなのに、ミサイルみたいに飛んでっちゃった。


「流石だな岡。記録は測定不能だが満点だ」と、記録係のピアーズ。「やるな」「まぁ岡ならこのくらいは」「やはりオカキ」皆口々に、オカキの偉業を称えてる。


 オカキは「デヘヘ」と、頬をぽりぽり。


「だが一つ、体育委員として残念な知らせがある」


 え?


「……ハンドボール一つ三千円するらしいぞ」

 見つからなかった場合の話だが。と、ボールが消えていった空を見ながらピアーズが言った。



 ……。




「ウワアン!!」

 半泣きのままオカキはドカドカ走り去る。土ぼこりを立て、フェンスを乗り越えまっすぐに、ボールの消えた先へと。



「……オカキ」

 もしボールが見つからなかったら千円くらいカンパしてあげよう。それで代わりにボール投げのやり方教えてもらおうかなぁ――。



 ◇



 「次は誰だ?」と、ピアーズが問う。

 あんなイカレたミサイル発射を見せられて、とんでもない実力があるらしい男たちも、なんとなくしり込みする様子を見せた。



 ……じゃぁ、俺がいこうかなぁ。別に俺の記録なんて誰も興味ないだろうし。

 

 そもそも堂上もいないし、やらなくたっていいくらいだが、俺自身は俺という男に興味はある。……一応。


「次は俺が投げる」


 ピアーズの放ったボールを両手で捕まえ、俺はなんとなく首をコキコキ。


 おや?


 今のすっごくイイ感じだった。達人にそっくりな音が出たんじゃ――、



「あ! 男子だ~」


 まるで外国語のような不思議な響きのその声に振り向くと、こちらに向かって手を振る女の子がいた。

「みんながんばってえ~」


 ぽってりした唇と、ゆるいウェーブの金の髪。

 肩の出たふんわりワンピース姿で華やかに笑う女の子。


「ふぁいと~」



 ……あの子だぁれ? とにかくかわいいけども……。


 突然現れた謎の美女の激励に、案の定奮い立つ男たち。 

 みんな一斉に振り向き、右手人差し指で鼻の下をそりそりとしながら、カッコいいポーズを決め出す。

 そして、


「まずは俺が行こう」

「いや、俺が行こう」

 立ち上がってそれぞれボールを漁りだす。


「いや俺だ」

「いいや私だ」

「オイラが」

「ワシが」

「陰、痛」


 まぁた揉めてるし……。



「……ふん」

 もめてる間にサッとやっちゃおう。

 みんなは女の子を囲んでワイワイ。


「ようし、今なら誰も見てないな」


 さっき見たオカキのすっげえパワー、あれが俺の中にもきっと眠ってる。そう考えるとますます異世界行きを急がなくちゃ。


「……そういえば」


 俺は昨日、神の試練を越えた。……厳密には最後の扉までは超えてないけど。ほぼほぼ超えた。

 そして、今朝の出来事。


 軽い力でティッシュを取ったら一枚多く取れちゃった。

 いつもは最後の一口が苦痛のトーストが、今朝はむしろ足りなかった。


 極めつけは体内を循環するエネルギーを露骨に感じる。お腹がたまにグルグル鳴るし、背中の変なところからコキッと音が鳴ったのも確認してる。ペダルを漕ぐ足はもうカモシカみたいだったし、超短期睡眠の後、目覚ましよりも早く目が覚めてた。


 きっかけは昨日。全ては昨日。


「……」


 昨日の俺と今日の俺の違いを知りたい。それはスライムスレイヤーとしての純粋な興味だった。

 スライムを倒せたという事は、ゴブリンを倒せるかもしれないという事。ゴブリンを倒せるという事は、オークを倒せるかもしれないという事。ということは……、続く先はドラゴンであり、ひいては魔王に繋がる。なぜか? スライムという第一歩を俺は踏み越えてしまったから。以上証明終了。


「ふ」


 人類にとっては小さな一歩だが、高木にとっては偉大な一歩。


 あれ? そう考えるとボール投げでも、もしかしたらすごい記録でたりして……。



 「いく、か?」


 ふと思いついちゃった。


 昨日までの俺は球技全般が苦手だった。


 でも、その象徴たるサッカーを俺は昨日殺した。あまつさえ、殺して喰った。


 つまり……、ホントにいけるかも……。


「すみちゃんの魔法……、俺もやってみるか」


 風を操れば俺だってオカキみたいにバビュン。今日の俺なら出るかもしれない。いや、そうに違いない。

 イメージだけはすでにある。放課後試す予定だったけど、別にそれが今でもかまいやしない。なぜって俺のMPは測定不能だから。


「……」


 昨日すみちゃんが唱えた呪文を、俺は大づかみに覚えている。

 そしてその失敗原因も……。すみちゃんのあれは完全にコンセントレーションの乱れだった。


 だが俺にそれはない。なぜなら俺は魔法の申し子であるべきだから。


 今までは詠唱を知らなかっただけ。間違った詠唱を繰り返していただけだ。


 どうやったって出なかったわけだ。あんな感じだなんて思わなかったんだから。



「今日の俺ならできるなコレ……」


 すみちゃんの『シュポン』、あれでも立派な魔法だった。

 だが俺の魔法はきっと『歴史』――。




「えっと、すみちゃんが唱えた魔法ってたしか……」


 俺は昨日の様子を思い出し、そっと口の中で詠唱を開始した。


「天舞う疾風の慟哭よ」


 そうだ。こんな感じだった。


「万象を駆け巡りし漆黒の刃ニムロッドよ……」


 あぁ、いい。実に馴染むぜ。この高ぶりのドキドキが魔力の鳴動なの、か? 俺という特異点を中心に、同心円状に広がる真ん中のソレか?


 そんで確かこんな風に手を突き出して、


「我の呼びかけに応え、万雷の奔流をも凌駕する、破壊と創生の旋律を奏でろ」


 ……おや? 風が吹いてきやがった。


 俺が詠唱を始める前からサラサラ吹いてた気もするが、俺が詠唱を始めた途端に吹き出した気も同じくらいする。


「さぁ今こそ……我が名を抱き黒翼となって舞い上がれ――」


  

 世界が俺のささやきに耳をそばだててる! そして右手に力が集まってきている気がするぜ!


 あぁ俺は風だ。この世の理さえも俺を縛ることなどできない孤独の荒野のつむじ風だ。


 俺に傾注しろ世界よ。


 この主人公ビッグショットに。


 すかさず走り出す俺。

 疾風の助走に、チョークで引かれたラインが近づいて来る。 


 ボールを持つ右手はもう燃えるようだ。

 

 目指すは、空の彼方――!!



「疾風葬滅・エアリアル・マジェ「キャアアァァ!!」ス……」


 絹裂く悲鳴。


 「は?」



 男たちの歓声。どよめき。


「オオオオオオオオ!!!」



 一瞬振り返り、目の端で捕らえたのは、バトミントンのシャトルみたいにめくれ上がったスカー、……ト?



「あ」


 ぱんつだ。



 集中が乱れ、


「――ッッ!!!!」


 時が止まる。




 そこに見えたのは、昼間の流星モンローオブマリリン


 

「んんん!???」



 詠唱も、助走も、投擲も、何もかもぐるんぐるんに絡まって、右手の指先から力なくボールがこぼれていく。



 ただひたすらに、全時代性を帯びた永遠の輝きは、白――。



「――ぶるしゃでふッ!!!!」




 突然、後頭部に衝撃が走り、視界が暗――、




 「な、なぜ……」




 ◇◇◇◇◇◇◇◇



 ◇◇◇◇◇◇◇◇




 ――side 委員長――




 二年三組 委員長


『白い下履したばき』




 こちらに向かって呼びかける彼女の形は、苔むす奥山を徘徊するうちに行き着いた、光が束になって降り注ぐ空き地、そこに一斉に咲いた花々を思わせた。

 柔らかなベロニカの花弁は渡る風の形を示す。川面にさらさらと目映まばゆい光は、時間そのものをなぞらえる。


 その時私は森人もりびとであった。


 緩やかにウェーブした金色の髪と、サファイアブルーの瞳。

 その光は一瞬にして私の意識をさらっていったのだ。


 気づけば私は深い水底にいた。


 膨大な闇の中を過ぎていく無音の宇宙線が、遥かなる旅路の果てに出会いそして散る、荷電粒子の一瞬のきらめきを眺めていた。

 永遠の孤独が分かれたその先の光と、私は確かにつながっていたのだ。


 白く。ただ白く生きている。


 一兆桁の数式が傍らを過ぎていく。起源の一片が運動の中で、累乗に分裂する命のその荘厳な調べに包まれる。


 白く。ただ白く満ちていく。


 世に有りがたき完全を得て、私は完全に前かがみであった。ぱんっぱんに前かがみであったのだ!


 純白を前に、図らずも示したのは、こうべを垂れた姿。涙が頬を伝う。


 それは、感謝――。


 きっと有り難うありがとうは、こうして生まれたのだ!!




 白い、下履きパンツ





 ◇◇



 体育委員であるピアーズ・ブレンダンは、前屈みで過ごしたしばしの時間の後で、バインダーに止めた記録用紙をめくり、ボールペンのキャップを抜いた。


「高木の記録は……」


 グラウンドに引かれたチョークのライン。高木の投げたボールは10メートルと20メートルの間の位置に転がっていた。

 そして地面に刻まれた着弾痕のくぼみをたどる。 


「5メートル?」


 投げた張本人である高木はなぜか地面にゴロンと寝ていた。


「ふっ。ほんとに有言実行だな」

 

 まさにテキトーな記録だ。と、ブレンダンは苦笑する。


「寝ながら放ったのか?」


 ブレンダンの問いかけに、高木は黙したまま答えない。そして、しばらく待ったが起き上がるそぶりさえ見せなかった。



 クラス全員がガン見していた、風薫る祝福の時間に、勝手に始めて勝手に終わらせた男。高木たろすけ。

 どこまでもマイペースな奴だ、と、ピアーズは肩をすくめた。



「――いや、よく見たまえ」

 寝そべる高木に歩み寄った委員長が、唐突に指摘した。委員長の表情は乾いた笑みに引き攣り、こらえきれない動揺が声音の震えに現れていた。


 

「ん? ……どういう意味だ?」

 眉根を寄せたピアーズの困惑と、それを引き取りそっと高木の背中を指さす委員長。


「高木君の……、後頭部さ」

 

「おや……? これはコブ、か? だが、だからなんだというんだ?」


「分からんのか……。先ほど君も感じただろう? 高速で飛翔してきた物体がそのコブを作ったんだ」



 これが記録となんの関係が? ピアーズはそう言いかけて、委員長の真意に気づき戦慄が走った。

「――ッッ!!! まさかッ!!?」



 委員長はもう真剣な表情に戻っていた。


「そうだ。高木君の投擲記録は、正確には『4万5メートル』、だ」



「ははは……、地球一周して後頭部に当てたのか。とんでもないパワーだな……」

 流石に呆れた、と笑うピアーズ。



 委員長がつぶやいた。

「――ブルシャデフ」


 ピアーズは、え? と、聞き返す。


「『ブルシャデフ』 高木君はそう、唱えていたな」

 おそらく何かの異能だろう。委員長はそう言って、歪んだメガネの位置を正した。



「……」

 地面に転がるボールを眺め、そのまま固まる男たち。


「すげえな」

「……まぁ、高木だしな」


 スヤスヤと眠る高木の横顔を眺め、クラス全員が口々に称えた。


「やはり高木君は恐ろしい奴だな」

「なるほど高木のやる事じゃな」

「まぁ高木ですしね」

「クククク」

「カカカカ」

「ハハハハ」

「アーッハッハッハ」


「影! 痛!」





 ◇



 


 ◇◇




「――じょぶか!?」


 ……んむぅ?


 体を揺さぶる振動に目を開くと、俺を見下ろす委員長の心配そうな瞳とかち合った。


「……あれ? なぁに」


 委員長は良かったと、大きくため息をつき、こちらに手を伸ばす。

「起きれるか高木君?」


 は?


 俺は……えっと、なんだっけ? ここはグラウンドで――ってそうだ体育の授業してて……。


「頭はダイジョブなのか?」


「あたま……?」

 体を起こし、辺りを見回す。なぜかクラスみんなが俺を囲んでいた。


「推定だが亜光速出ていたはずだが……」と、委員長。



「……」


 何の話か分からなかったが、みんなが俺を心配してるような顔だったのでキブンは良かった。


 そうだ、風魔法を詠唱したところまでは覚えてる。

 あの引き延ばされた時間、直前に何かイイ物を見た気もするが、いかんせん記憶が……。


「一体何があったんだ?」



「説明しよう――」

 そう言って、委員長は俺の空白を埋める解説を始めたのだった。


 

 その後、委員長の弁舌はペラペラ、ペラペラ続いたが、言葉が専門的過ぎて、要素をつまむのが精いっぱいだった。


 なんでも、人工衛星が地球一周90分で、第一宇宙速度でうんぬん。


 0.13秒が光速で、さも似たりの高木たろすけの投擲が、えっと? うんと?


 7フレームでガード不能攻撃ガーフが後頭部にどかん?


「……」



 後頭部を一さすり、サラリ。


 を受けて、お茶菓子くらいのコブ一つ。高木たろすけ。


 結果、4万おまけ5メートルのたろすけ……。



 ほぅ、フムフム、あれがこうなって、こう作用して、おまけが付いて、なるほどぉ……? 地球一周と、ね。



「……またか」


 どうやら俺は大変なことを仕出かしてしまったらしかった。



「また何かやっちゃったか……、俺?」



 知ってた。


 全部、ぜえんぶ。


『漆黒の反逆者。高木たろすけ』


 初めから判りきっていた事象ことだった。



 俺は『この際だから』と、ちょっぴり贅沢まで言った。


「そうか、一周だった、か。……たったの」



 

 クラス中がやれやれと笑った。





 ◇


「高木君、保健室まで歩けるかい?」



「あぁ……問題ない」


 俺は、足を引きずり、肩の腱も痛めたようなそぶりを見せながら、落ち着いた声でそう答えた。だが、実際に痛いのは後頭部。地球一周旅行の果ての隕石を受け止めた後頭部だ。


「歩けるさ」

 委員長に対してナゼこんな演技をしているのかは、自分でも分からなかったが、それでもすごくいい気分だった。

 俺の中の秘めたる力の一端。それが今日こんな形で分かったのだから。


 俺はもう強すぎるの、……か? たったの一晩で? 


「オカキが帰ってきたら自慢しよ」


 魔法の代償であるヒリヒリする頭をさすりながら、青いだけの空を睨んでみたりした。



 うふふ。





 ◇◇



 保健室への道すがら、少し冷静になって考える。


 俺は異世界でこれ以上何を得るんだろう?

 もう『強さ』が身の内側で、「押すな押すな」してるのに……。


「やれやれ」


 これ以上強くなったらきっと、何も感じない人生が待っているのかもしれない。

 これから先、俺を待っている『異世界』、においても……。


「やれやれ」


 あぁ、伽藍洞がらんどうになった気分だ……。

 何も無かった頃がもう懐かしい。スライムと五分に組み合ったあの昔、が。


 ――くったく。失ったのはきっとだ。


 もう戻れないあの日々。不便だけど、足りないけど、ストラグルしてたあの日々。

 それが今やもう、超高速地球一周物、後頭部受け止め、平気ピンピン男。

 たろすけ。


 投げたのもすごいが、今冷静に、それを客観視してるという事。足を引きずるという偽装の発想がスゴイ。


「やれやれ、やれやれ」


 もう謙虚。得てすぐなのに謙虚。ひけらかさない美しさを着こなしてる。


「やれやれ、だぜ」


 これから先、世界にずっと与えるだけの男になってみてしみじみ、


「……はぁ。俺ってスゴイんだな」


 近づく校舎の入口、足取りやかろし。


 よわい16――、


 始まったばかりの最強が、肩をかばいながら刻む小粋なステップ。


「やれやれやれ、や~れやれ」




 ああ、グルービーな青春アオハルだ、ぜ。










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