第3話 「よかった。俺、主人公だったよ」



「この景色も見納め、か……」



 ここは、学校の裏山中腹。テニスコートを見下ろす小さな広場。俺だけが知る秘密の休憩場所だ。


 いや、と言うべきか。


「……」


 傷心の頬に吹き付ける風が、心のたてがみを乱暴に撫でた。その悲しみディプロアに染まりきる前に俺は、いつもの居場所に座り込んだ。



「うぅう」


 思い出すとまた涙が。


「悲劇とはこうも突然に来やがるんだな……」


 世界に憎まれるような生き方ディスティニー選んだフリーバイキングした俺自身の責任も、否めんが――。



 こんな時の唯一の話し相手。友人のオカキは反省文で居残りだ。


『速報! 岡の垂れた糞が、真下の校長室であふれかえって宇宙遊泳ぃ!!』

 隣のクラスの新聞部副部長の玉木が騒いでた。


 どうやらオカキが便座を壊しちゃったらしいのだが、俺にはそのジョークの意味が解らなかった。


「それにしてもオカキのやつ……。めちゃめちゃ強そうになってたなぁ」


 夏休み前。終業式のあの日、手を振り別れたオカキの姿を思い出す。

 クルクルした髪の毛に、真ん丸な目。どこかパグを思わせる愛嬌のある幼馴染の友達――オカキ。それが今じゃ……。


 二学期になったら一緒に通信空手を始めよう、なんて話してたのに。


「はぁ」


 だが俺は今夜旅立つ。そう、俺は今日、母さんに頼んだトラック過去すぎさる事を決めたのだから。


「別れる前に、最後に話したかったのに」


 トラックソイツを経て、俺は次のステージへ行く。

 育ててくれた恩はあるが、これも世界のため。母さんやみんなには悪いけども――。



 ピロン。


「――ん?」


 スマホを取り出すと、


「……母さんからだ」


 メッセージが届いてた。



『馬鹿なことばっかり言ってないで勉強がんばって~。あと、帰りに食パン買っといてね。よろしく~ (゚-゚)』




 …………は?




「話が違うッッ!!!!!」



 その場にスマホをたたきつけようとして、



「――ッッ!!」



 できなくて、




 う。



「うあああああああああああああああぁぁぁぁ!!!!!」



 誰も俺の気持ちなど理解できやしないんだ!!



「トラックぅぅうううううううううううう!!!!!」



 この張り裂けそうな苦しみを!!!!



「とらぁああアアアアっくッ!!!」



 トラック無しでこの先の人生を過ごせというのか!? 



「ワシのぉおお!!! トラックぅううぅ!!」



 この俺に? 



「神ぃいいいいい!!! ワシわいッッ!!!?」



 トラック有りの人生がピッタリ似合いそうなこの俺ですがぁ!?



「か……ッ、神ぃい……」



 しばらく待ったが空からの返事は、なかった。



「……ばかやろぉ」



 ただ、風が吹いていた。




 ううぅ。



「もう、おわりだ……」



 この場所から見下ろすテニスコートに、あの女はいない……。


 カバンに忍ばし、いつも持ち歩いていた双眼鏡。

 それはお年玉のすべて。


 俺の1万9800円――。



「もうこれも意味ないじゃん……」


 手の中のガラクタがやけに重く感じた。


「田中さん、女の子じゃなくなってたし」


 非人道的仕打ち。あんまりな仕打ち。ナントカ保存の法則とか、世界の天秤とか、そういう理屈がぜんぜん合ってない。


 世界はいったい何を得て、何を失ったんだ? 俺から夢とか義務とか熱いホカホカの心のほとんど全てを取り上げて。 

 そして俺をこんな世の中に縛り付けるだけ縛り付けたあげく? 



「いじわるすぎる……」



 この世界で行うべき最後の調整がてら、この秘密基地で日課のシャドーボクシングを、なんて考えてたのに。


 もう、動くのもおっくうだぁ……。



「はぁ」


 あんなに夜中パトロールしたのに。


「無意味なのかも……」


 だいたい週2、3日。してやってたのに。


 俺の周りは異常なし、高木戦線異状なし。


「……」


 みんなは……大活躍。




 ふいに思う。


「俺は今日、大人になっちまいそうだ……」



 こんな事ならおじいちゃんのお年玉、貯めとけばよかった。そしたら、じろちゃん達と遊園地だってどこだって行けた。


 ……チクショウ。


 ノロノロと手の中の双眼鏡を構え、悲しみの元凶を見下ろす。

 それはもはや何の意味も失った、日課の監視業務。


 映るのはテニスコートの隅で仁王立ちする大男。



 …………クッ。うぅ。



「誰なんだよ!! あの丸ハゲわぁッッ!!?」



 そこに居るはずの無い完全な不審者。スイートハニー田中泥棒。そして双眼鏡の意義を丸呑みにして、ドカ糞に変えた運命の被害者。



 くぅっ。田中さぁん……。



 急に、双眼鏡が、憎い。


「ちくしょおおおおおおおおお!!!!!」



 こんなモン!! いっそ無くなっちまえ!!



「――ッ!!」



 できなくて、



「……」



 うううぅうぅうう。


 胸がちぎれそうだ!!



 居てもたってもいられず、


「わぁあぁあああああああああ!!!!!」



 目の前にあったのはサンドバッグ代わりに設置した木人もくじん。それは、おじいちゃんから譲ってもらった古いカカシに、いらなくなったドテラを着せた手製の訓練器具――。



 身を焦がす破壊衝動に己の全てを忘れて、



「ああああアアアアアアアッッ!!!!」



 頭から突っ込んだ――。



 バキンッ!!!



 あだッ!!




「ああああああぁあああアゲェッ!?」



 壊れ、


 足元が消え――。 

 

 え?


 天地が逆さまに――。


 は?


 浮遊感――。

 

 ちょ?


 無――。




 『裏、崖だったの?』 


 シラナカッタヨ……。



「あ――」



 ああああああああああああああああああああああ



 世界がすさまじい速度でグングルと通り過ぎてゆく。耳朶じだ打つボボボという雑音に背骨まで染められ、藪の中をザリザリ、ザーリザリと、


 暗。明。暗。


 痛――、死ぬ、ギブ、あひぃ。



 そして、すさまじい衝撃が来て体の回転が止まった!


「へぶっ!!!」


 肺の中の空気を全て失い、



「がッ…………」



 永遠に等しい時間、体中を小突き回され、



「何が、……何だか」



 ともあれ、俺は生きていた。

 


「痛っ~ぁあ」


 トラックの4、50倍イカレた。


「はぁ、はぁ」


 俺じゃなかったら、絶対に死んでい――、



「へ?」



 ここは深い木々に頭上を覆われた谷の底。そこに信じがたい光景を見た。



「なあにこれぇ……?」



 目の前にはコオオと風が鳴る異様な横穴。


「……」


 暗すぎてとても奥まで見通せない。果てしなく続いていそうなトンネル。


 こんな穴、前に探索したときには絶対無かった。


「まさか、……コレって」





『異次元につながる穴』が、そこにあった。





 ◇◇



 しばらくの間、俺は茫然とその光景を眺めていた。


 それは高木の辞書にしかない『トクベツ』。



 風が吹いている、


「絶対そうじゃん……」


 真っ暗な穴の中から。

 

 

「間違いないやつじゃぁん……」 


 テレビで見た熊の巣穴なんかより二回りは大きい。少しかがんだらそのまま進んでいけるくらいだ。



「……ふぅ」



 スマホを取り出し、母さんに『ちょっと行ってくるね』と、メールする。



 ごくり……。

 しばしの別れ。必ず帰るから――。



「行く……か。異次元」


 その闇は、俺の小さな声を様々に反響させ、深さに誘うようだった。

 俺はスマホの明かりを頼りにじりじりと進む。

「……」

 不思議と心は落ち着いていた。


 先ほどまで燃えるように痛んでいた尻も、擦りむいた手の平も、もう気にならない。

 ひたすら一定の歩調で。洞窟はゆるやかに右方向にカーブを描いていた。


『崩落』『生き埋め』

 そんな言葉が次々浮かぶ、弱気な頭を振り切って前へ。


 ふぅふぅと、ただ呼吸の音だけが反響していた。


 20歩は進んだだろうか、ふいに辺りが明るく――。



「な、……扉?」 


 明かりに向かって小走りで近寄ると、その突き当りに古い石造りの扉があった。扉自体がうすく輝いてる!


「えぇえええ」


 やっぱりホンモノじゃん。台本通りじゃん!



「やれば出来るじゃああああああん!!!!」


 俺は手をメガホンにして、そう叫んだ。



 ありがとう神様。俺、行くよ。


 コロンブス以来の快挙。ガガーリンも感涙。たろすけ異次元へ、いや――、



「天国の門見つけちゃったぁ……」



 栄光に至る偉大な一歩。 


 ためらい無く、両開きの扉を押し開ける。


 意外と軽く動く、大きな扉。



 あぁ、ありがとう、右にありがとう。左にもありがとう。


 そして――。


「やっぱり俺は主人公だったんだ……」



 胸に去来するのはかっこよく変貌したクラスメイトの姿。 

 世界の危機を一飲みにし、そして現世に颯爽と帰還した男たち――。


 俺もあぁなるんだ。むしろ、俺の方がもっとあぁなるんじゃないだろうか?


「フッ。なんだか嬉しいぜ……。フライドチキンを食べる時、みたいに、な」


 カッコいいセリフも出たぜぇ? 自然と。体がもうカッコよく生まれ変わりたがってるぜぇ?

 


 オカキはでかくなってた。



 だが俺は、俺のまま俺になる。



「お邪魔します」



 ヒュー。最高の気分だ。

 

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