第1話 みんなだけズルい!

「お兄様たちだけズルい!」

 熱を持った手足をバタつかせながら私はソフィア叔母様に文句を言う。ビヤンコは遠くからじーっとその様子を眺めていた。

 「しょうがないでしょエレナ。あなたは今魔力熱を起こしているのよ。そんな状態でサミュエルやエドアルド様と遊んだらエレナの体がもっと大変なことになってしまうのよ。だから今日はベッドで大人しくしていなさい。」

 私が死の淵から生還した奇跡の日から五年の歳月が経っていた。人間の体の中に神様の魂が入っているせいか私は生まれつき魔力が多いらしく、それに体が耐えきれなくなって定期的に魔力熱を起こしていた。

 本当なら今日はお兄様とエドお兄様と一緒にピクニックに行く予定だったのに楽しみなことがある時に限って熱が出る。全く腹ただしい。

 「あなたのお兄さん、サミュエルだって同じ歳くらいの時は魔力熱を出していたものよ。だから辛抱なさい。」

 「でも頻度が違うでしょ!」

 私がそう叫ぶとソフィア叔母様は困ったように眉を顰めた。私とソフィア叔母様との間に気まずい沈黙が流れる。それを破るかのように扉がノックされた。

 「お母様だ!入ってどうぞ!」

 メイドやソフィア叔母様のことを無視して私がそう言うと扉が開き、大好きなお母様が部屋に入ってきた。そのお腹は大きく、もう少しで私はお姉様になる。

 「お母様!」

 「エリーザ、体調は大丈夫なの?もう臨月なんだから安静にしていなきゃ。」

 「心配ありがとう姉さん。今日は体調がいいのよ。・・・それに、熱で退屈してる可愛い娘を放っておけないでしょ?」

 お母様はそういうと一冊の本を取り出す。そこには『創世記神話』と書かれていた。

 「今日は神話のお話?」

 「そうよ。そろそろエレナもこの国の成り立ちについて知っておいた方が良いと思って。」

 「私お母様と本を読むの大好き!」

 「お母様もエレナと本を読むのは大好きよ。・・・でも、エレナ今日のぶんのお薬は飲んだの?」

 「・・・飲んでない。」

 「それじゃ飲まなきゃ。姉さん特製のお薬を飲めばあっという間にお熱も下がるわ。姉さん、薬のビンと水を頂戴。」

 ソフィア叔母様は言われた通りお母様に薬の瓶と水を渡す。

 「はい、エレナ。」

 「・・・飲んだら褒めてくれる?」

 「えぇ、いっぱい褒めてあげるわ。」  

 その言葉を聞いて私は意を決して薬と水を飲み込んだ。口の中になんとも言えない風味が広がる。青臭いような、でもフルーツのような酸味や瑞々しい香りもして口の中はあっという間に戦場のようになった。

 「エレナお薬飲めて偉いわね。ほら、お口を開けて。」

 私はお母様の言われた通りに口を開けると何かが放り込まれた。途端に口の中にイチゴの香りと甘味が口いっぱいに広がった。

 「いちごキャンディだ〜!」

 「シェフに頼んで特別に作ってもらったの。」

 「お薬もこの味だったら美味しく飲めるのになぁ。」

 私の呟きにソフィア叔母様はハッとした顔をして何やらメモを取り始める。

 「エリーザ後でそのシェフにそのキャンディのレシピを聞きに行ってもいいかしら?」

 「もちろん。さぁ、エレナお母様と一緒に本を読みましょう。」

 お母様がそう言うと部屋にいたメイドとソフィア叔母様は部屋から出ていった。ソフィア叔母様はでて行く直前、「少しでも異常を感じたらすぐに呼びなさい」と厳しい口調で言っていた。お母様はおコクリと頷くと安心したのか叔母様は部屋から出ていった。

 「さあ、読みましょうか。・・・昔々、まだ神々が世界を支配していた時のお話です。神様たちは誰が一番偉い神様なのかを競い、毎日毎日あちこちで戦いが起こっていました。カオス、と呼ばれる混沌の時代に一筋の光が差し込みます。平和と愛情の女神ヘラノーラが誕生したのです。ヘラノーラは神々が争う姿を見て涙を流しました。そして、決意するのです。自分がこの戦いを終わらせると。ヘラノーラには夫がいました。男神ユピウスです。ヘラノーラとユピウス、そして原初の龍神ヴィーヴルの三人は平和を目指し戦いに身を投じました。」

 「それでそれで。」

「少し落ち着きなさいエレナ。お話にはまだ続きがあるわ。・・・三人は長い長い時を経て戦いを鎮めることに成功したのです。しかし、最後の戦いでヴィーヴルは敵の手にかかってしまい、命を落としてしまいました。ヘラノーラとユピウスは戦友の死を酷く悲しみ、その亡骸を大地とし、新たな国を作ることにしたのです。今あなたが立っているこの大地は女神ヘラノーラとユピウスによって作られた戦友の大きな墓標なのです。・・・ヘラノーラとユピウスは国の王となり、国の名をドラティーネと定め、数百年間統治を行いました。その過程で神に仕える存在として人を作り、そしてヘラノーラとユピウスは息子に王位を譲り、今も天界から私たちを見守ってくれているのです。」

 「これでおしまい?」

 「えぇ、おしまいよ。これが私たちが住む国、ドラティーネ王国の創世神話よ。」

 「私たちが住む国は龍の上にあったんだね!私、初めて知った!」

 「今日のお話はこれでおしまい。さぁ、エレナはお昼寝の時間よ。」

 お母様は本をサイドテーブルに置くと私の肩まで布団をかけてくれる。

 「ねぇ、お母様。子守唄を歌って。」

 「いいわよ。」

 そう言うとお母様は不思議な言葉で歌を歌ってくれる、。前にお母様の出身地の歌だと教えてくれた。確か、ナボトゥの一族とかいう名前だったはず。

 お母様の声が心地いい。布団はふわふわで雲の上にいるよう。そんなことを考えているとあっという間に私は眠りについた。

 「おやすみ、愛しい子。」

 眠りに落ちる直前、そんな言葉が聞こえた気がした。


 お昼寝から目が覚めると体がかなり軽くなっていた。ソフィア叔母様のおいしくないお薬のおかげかもしれない。

 私は窓の外を眺める。今頃、お兄様とエドお兄様は楽しいピクニックに勤しんでいると思うと羨ましくて仕方がない。きっと、美味しいサンドイッチを食べて搾りたての果実のジュースを飲み、鬼ごっことかブランコとか。私ができない遊びを楽しんでいるのだろう。

 そう考えていると部屋の扉が勢いよく開いた。

 「よう!俺の妹分エレナ!俺がはるばる土産を持ってやってきたぞ!」 

 そこに立っていたのはお兄様とエドお兄様だった。

 エドお兄様は私とお兄様の幼馴染で、ルヴァッフォ公爵家の次期跡取りでもある。我が家は辺境伯ということもあり、本来であればこんなフランクな交流はあるはずがなのだが、我が家の現当主であるお父様とルヴァッフォ家の現当主が親友同士で家族ぐるみで交流がある。今回のピクニックもエドお兄様提案のものだった。

 「部屋で暇してると思ってなとっておきのものを持ってきたぞ!」

 そう言いながらエドお兄様は大事そうに手で持っていた何かを私に見せてくる。それが鳴き声を上げた途端、部屋にいたメイドが悲鳴を上げた。

 それも仕方がないだろう。なんせ彼の手に乗っていたのはヒキガエルだったのだから。

 「ゲコ。」

 「キャー!何をなさっているのですかエドアルド様!」

 「なんだ、女というのはこんなカエルごときで悲鳴をあげるのか?」

 「まぁ、気持ち悪いからねぇ。」

 お兄様は呑気なことを言いながらヒキガエルから目を逸らしている。このことにエドお兄様が気づいている様子はない。

 「エレナも触ってみるか?」

 ニヤニヤしながらエドお兄様はヒキガエルを私に押し付けるように渡してくる。私はそれをなんの躊躇いもなく受け取る。

 「こんな場所に連れてきたら可哀想じゃない。」

 「そうか?あんな池よりかは随分マシだと思うぞ。」

 「どんな生き物にもいるべき場所があるというもの。お母様が言っていたわ。」

 私は片手にヒキガエルを乗せる。

 「風よ、窓を開けて。」

 私がそう言うとゆっくりと窓が開いた。

 「水よ、泡となってこの子を元いた場所に返してあげて。」

 空中に水が浮かび上がるとそれは泡の形となり、そっとヒキガエルを包み込んだ。そして、風に乗るように窓の外へとふわふわと向かっていき、その姿は見えなくなった。

 「相変わらずすごい魔力のコントロールだな。」

 「僕ももっと鍛錬しないとなぁ。」

 呑気な兄二人はそんなことを言いながら空いたままの窓を眺めていた。

 「私、なんだか眠くなってきたわ。二人とも申し訳ないけど今日はここでお別れ・・・」

  そう言い終える前に私の意識は遠のき、再び眠りについた。

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