ちいさな魔法使い

misteller

第1話 魔法に魅入られた少女

 フィオレンティナ王国では魔法は美しい象徴とされ、その秀麗さは様々な恵みを人々に与えていた。

 時に傷を癒やし、時に心を躍らせ、時に希望を見出していた。

 神に与えられた力は王国をさらなる繁栄へと導いた。


 しかし、その力には神の気まぐれが存在する。

 それは魔力の有無がこの世に誕生した時点で決められてしまうということ。

 つまり、魔力は神に選ばれた者への天稟であり、無き者は永久に魔法を使うことはできない。


 これは絶対であり、「不可能」である。


 こうして、魔法を使うことができる種族を「アルティナ」、魔法を使うことができない種族を「ローレン」と呼び、それぞれ「持つ者」と「持たざる者」と分けられる宿命にある。


 ここで一つ提案をしよう。

 もし、持たざる者が魔法を使える術を持っていたとしたら、君はその力をどのように使うだろうか。


 魔法を使って何かを浮かせてみたいか。

 風を起こして空を飛びたいか。

 手から魔法を起こして自分自身に陶酔したいか。

 それとも誰かに力を見せつけたいか。


 我々のような「持たざる者」には、魔法はあまりにも濁って見えてしまう。

 これは単純な嫉妬だ。


 しかし、それは仕方がないことである。魔法は美しいのだから。




「魔法は美しいか…………って、結局問いかけただけじゃん……」


 私は、マジックランプを点けた薄暗い自室のベッドの上で一冊の本を読んでいた。この本は魔法の美学について書かれていて、当たり障りのない内容にたった今後悔しているところだった。

 魔法が大好きな私は家から少し離れたちいさな図書館に寄る際、毎度のごとく魔法に関連した書籍を借りて持ち帰っていた。そして、一つのランプがぼんやりと部屋を照らす中で、こっそりと布団にくるまりながら毎晩遅くまで読書に夢中になっているのが私の日常だ。ただ、一般で流通している本は正直言って中身のない評論文ばかりで目当ての本はあまりない。どうやらローレン人にとって魔法は高嶺の花であって、魔法を使いたいと言う感情は湧かないらしい。マリアード学園の大図書館という王立図書館ならきっと魔法使いになるための書物があると思うけど、きっとローレン人には宝の持ち腐れでしかない。それでも私には高価なダイヤモンド鉱石よりも価値がある。だって私は、魔法を愛するローレンだから。


 そして、ついに明日はその王立図書館がある「マリアード学園」へ入学する。


 「マリアード学園」は、長い歴史と変遷を経て、私が住むフィオレンティナ王国で唯一魔法を学ぶことができる教育機関として名を馳せている。

 そんな魔法を学べる学園に入学するために必死で勉学に励んで、ようやく手にした学園の切符。でも、一つ納得がいかないことがある。マリアード学園では、商業的分野の「未来学部」と魔法的分野の「魔法学部」の二学部があり、「魔法学部」に入るためには「アルティナ」であるという条件をクリアしなければならない。つまり、私の「魔法学部」への所属権はないということ。だから、「未来学部」で妥協するしかなかった。あの本に書かれていたように、魔力の有無はこの世に誕生した時点ですでに決まってしまい、これは絶対である。でも、それは前例がないだけで、きっと可能性はある。私はその僅かでもある可能性に懸けて、マリアード学園で魔法を学びたい。私は魔法に魅入られてしまったから。

 私はふと一輪の花に目を移した。陶器の花瓶に咲いたポピーの花だ。この花は私にとって大切で、まるで家族のような師匠が大好きだった花で、私も同じく大好きな花。師匠は私に魔法の美しさを教えてくれた恩師で、家族のように育ててくれた。マリアード学園に入学すると決めた大きな一因は、師匠の母校だったからでもある。私を救ってくれた師匠が通っていた母校なら、きっと大きな価値があるはずだ。心優しく真面目で、私のことをよく見てくれている師匠のように、私も偉大な魔法使いになりたい。


「師匠、空から見守ってくれてるかな」


 もし、人が亡くなったら空に還ると言われている。だから、きっと師匠も空から私の勇姿を見守っているはずだ。

 私は本を閉じてマジックランプを消し、私は布団に入り込む。布団は温かくて、明日の入学に対する緊張も自然と緩み、深い眠りへと落ちていく。


 私には約束があった。今は会うことすらできないけど、私にとっては一生の約束。

 「魔法使いになりたい」という夢だ。


 私は明日からその夢を叶えるために、学園へ入学する。そうして、不可能を可能にしてみせる。



 そう意気込んで次に目を開けると、そこは辺りが白で覆い尽くされた目に痛いほど眩しい世界だった。


「眩しっ……」


 少しずつ目が光に慣れてきてから辺りを見回してみるも、あまりの空間の白さに現実味を感じなかった。


「ここは、どこ?」


 考えても何もわからなかった。


「私……死んだの?」


 まるで天国にでもきたかのような無の世界。


「死後の世界って、何にもないのかな」


 私は本に書かれていた言葉を思い出しながらこの白い世界について考えていた。白色は光の三原色の赤、青、緑によって見える色で、だけど白は私たちだけ目を通してそう見えているだけで本当の白は存在しないからこの色も白ではなく……


 私は考えることを放棄した。きっと待っていれば何かが起こるはずだと自分に言い聞かせてその場で待ち続けた。すると、体内時計で数分経ったくらいでその機会は訪れた。それは耳にかすかに聞こえる誰かの声だった。霧がかった視界のようにぼやけた声は少しずつその音が明確になっていき、この言葉を聞き取ることができた。


「まほう……い……な……の?」


 その言葉はさっき部屋で聞いた声と同じように聞こえた。しかし、その声がした途端に足元のバランスが崩れ、気がつけばそこは暗闇の中だった。まるで水に溺れるかのように息が苦しく体も思うように動かせなかった。上を見上げると暗闇の中に少しだけ白い光が星ほどの輝きで私の目に映っている。私は踠いて光の方へと手を伸ばした。それでもその光は小さくなっていき、私はその光に手が届かなかった。すると、暗闇の世界の彼方からちいさな聞き覚えのある声が聞こえた。


「君はきっと、素敵な魔法使いになれるよ」

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