バグ

七瀬モカᕱ⑅ᕱ

 初めてのキスの相手は、女の子だった。高校生の頃に、その子の恋愛相談に乗っていた時の出来事だった。私は一瞬、何が起こったのかわからなかったけど...


「キスしちゃったっ!」


 彼女のその一言で、数秒前の出来事に輪郭がついてはっきりしはじめる。頬が熱い。まるで火を吹いているみたいに。そんな私とは反対にキスした本人は、いたずらっ子みたいにヘラヘラと笑っていた。


「ちょっとどうしてくれんの......さっきの、初めてだったんだけど.....」


 私は精一杯の怒りを込めて彼女の方を見た。彼女はケラケラ笑いながら、楽しそうにはしゃいでいた。ファーストキスは甘酸っぱいだとか、ロマンチックだとか。そんなのは全部嘘だと思った。相手の感情をぐちゃぐちゃにする。私の中の恋愛感情は、あの日以来バグを起こしている。


 キス事件から数年経って、私たちはお酒が飲める年齢になった。そんなある日、その彼女からメッセージが来た。


『次の土日、予定空いてるー?』

『空いてるよ』

『やった、ご飯いこー!』

 

 可愛らしいスタンプと一緒に送られてきたそれは私の心をざわつかせるには十分だった。私が、『いいよ』と返信するより先に次々と決めていく。もう完全にあっちのペースだ。

 思えば、高校の頃もそうだった。先頭に立って周りをぐいぐい引っ張っていく。そんな彼女の姿はまるでドラマの主人公のようで、私も少しだけ憧れていた時期があった。


『わかった。昼からなら大丈夫だから、それでよろしく』


 私がそう返信するとすぐ既読がついて、可愛らしいスタンプが送られてきた。それに続いて通知音が何回かなっていたけれど、メッセージに既読は付けなかった。


 だって私は知っているから。数週間前にSNSのストーリーに大きな文字で【彼氏ができました】なんて書いてたことを。


「あ〜......」


 キスとかその先にあることは、相手に対する最大限の好きの伝え方だとずっと思ってきた。でも、彼女にとっては違ったらしい。それがなんだか、たまらなく悔しい。


ああ、そうか。


「好きなんだ....取られたくないんだ....」


 初キスのあとから妙に意識してしまったのも、他の子と仲良さそうに話しているのにモヤモヤしたのも。全部全部『好き』からくるものだったのか。でも今私の好きな人には、好きな人がいて......。


「あーだめだ。頭へんになりそう」


 あのキラキラした笑顔を知っているのだって、よく遊びに誘われるのだって私だった。彼女がどうだったのかわからないけれど、キスをされたのだってきっと私の方が先のはずだ。いつだって、何かあると一番に声をかけられるのは私のはずだったのに。


「負けたくないな.....」


 一番をその人に取られたのなら、また取り返せばいい。簡単な話だった。周りから見れば気持ちが悪いと思われるかもしれない。でもその気にさせたのはむこうだし..その気にさせておいて恋人を作って、私の気持ちをまたぐちゃぐちゃにしたのだってむこうの方だ。


「いつか絶対振り向かせてやるんだから」


 私はそう決意して、溜めていた通知に返信を打った。

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