2.「お仕事って、大変なんだね」
「ドロラ・ノクスルクス、です……」
「マリヤ・モトム、三十六歳、童貞です」
「……さんじゅうろく……」
露骨に嫌悪の表情を浮かべて後退りされた。
やめて、そんな顔で見られて癖になっちゃったらどうするの。
「ドロラちゃんも魔法使いなんだよね」
「貴方みたいな胡散臭い人に個人情報をぺらぺらと喋りたくありません」
ぷいっとそっぽを向かれる。この娘、このアクション多いな。癖なんだろうか。
スマホ持ってたし、魔法球出てたし、魔法使いであることは間違いないんだから隠す意味も分からんが……あぁ、単純に俺を警戒してるのかな。
今、俺たちは周囲の安全をある程度確認した通路に座っていた。
お互い、向かい合う壁に背を向けての会話だ。
少し
まあ、界異物への警戒もあるんだろうが、俺に対してって意味合いもあるんだろうな。たぶん。
「うむ、良い情報リテラシーだと思います。じゃあ、ここはどこだか教えてくれる?」
「え、ここがどこだかもわからずにあんなところで死んでたんですか? どうして生き返ったんですか」
言外に『そのまま死ねばよかったのに』というニュアンスが感じ取れたが気にしない。
……気のせいだよね?
「生き返りたくて生き返ったわけじゃないしなぁ。いや、死んでいたかったわけでもないけど。生き返ったらあそこに転がってたんだよ」
「おかげでこっちは死にかけました。あなたにコケて」
「ああ、最初の衝撃は君に蹴っ飛ばされた痛みか……」
復帰直後で強化魔法掛かってなかったから普通に痛かった。
「謝ってください。あなたのせいでミノタウロスに殺されかけました」
「えー、蹴られた俺が謝るの? ごめんなさい」
なんかこの娘、えらくアタリが強いな。声も仕草も顔も可愛いから許すけど。
「わかればいいんです……ここは『バッカモンの洞』の二階層です」
「馬鹿者?」
「はい、最初にここを発見した魔法使いが広さを確認するために『バッカモーン』と叫んだのが由来とか」
「思った以上に馬鹿馬鹿しいな」
「名前なんて記号ですし、覚えやすければ何でもいいですよ」
言って、ドロラちゃん――言い難いな、この名前。ドロちゃん? ドラちゃん……は、ちょっと危ういか。
ドロちゃんはそのまま黙り込んでしまった。え、彼女のことなんにも聞けてないけどもう終わり?
背を丸めて横座りする彼女は、深く俯いてるせいでその表情が窺えない。
まあ、えらい嫌われてるみたいだし、とっととここを出てサヨナラするのがいいか。
「で、ドロちゃんはこれからどうするの?」
「……荷物も落としてしまいましたし、パーティも全滅。一度帰るしかないんですが……」
ちらりと俺を見る。
「あなたを頼って地上まで送って貰いたいと頼むのが嫌で嫌で……」
「ねえどうしてそんなに俺を嫌うの。俺、絶対君には危害加えないよ?」
さすがに聞かざるを得ない。
「気を悪くしたらごめんなさい。別にあなただから嫌なんじゃなくて、私は男性自体が苦手なもので……危害を加えないとは仰いますが、私にとっては貴方に触れられるだけでも十分に危害なんです。そのあたりの『程度』の温度差は重々意識してください」
「えー、うん、はい……まあ、そゆことなら仕方ないね。気を付ける。そういうわけでさ、俺もここを出たいし、君に案内してもらえると助かるから、護衛するよ」
「……こういう話の流れになっていて恐縮ですが、あなた、強いんですか?」
「んー、そうだな」
思いついて、ちょちょいとスマホを操作する。
それから自分の頭の上を指差して、
「グラスアプリで見てみて?」
怪訝そうにしながらもドロちゃんは言われたとおり、俺に向けてスマホを掲げた。
「……星一じゃないですか」
「でもねぇ――」
言いながら軽く腕を振る。背後の壁に当たった拳は、砂岩系の脆い石材で出来た壁をいい感じにへこませた。巨大なハンマーでもこれだけのことはなかなか出来ないだろう。
「これもんなんだよ」
ドロちゃんのただでさえ大きな目がまん丸に見開かれている。ちょっと気分いいな。
彼女は自分が驚いていることに気付いたのかすぐに体裁を整えると、軽く喉を鳴らした。
「それでその魔法にはどんな厳しい条件があるんですか? それとも大きな代償があるとか……」
「特にないよ。むしろ一度起動したらずっと起動しっぱ。強化対象も筋力だけじゃなくて身体機能全般だし、なんなら神経系まで強化されてるみたい。めっちゃ目がよく見える」
だのに、さっきはドロちゃんのスカートの中は見えなかったんだよな、真っ暗で。もしかしてあれ、暗がりで見えなかったんじゃなくて規制の闇だったのか? どうでもいいけど。
「うぅ……ん~……」
ドロちゃんはイマイチ納得できていないご様子。
星一という事実と今見た結果と俺の補足がどうしても腑に落ちないという感じだ。
「ほら、確認してみてよ」
スマホで魔法効果画面を表示してドロちゃんに差し出す。
ドロちゃんはスマホを受け取らないまま、画面を読み上げる。
「魔法名は『キョウカ』……説明は……『キョウカされます。』……? なんの冗談ですか」
「俺もそう思う」
「あとですね、マリヤさん」
「はい、なんでしょう」
「スマホを他人に、それも魔法使いに気安く差し出さないほうがいいですよ」
「え、俺はあんまりプライバシーとか気にしないけど?」
「そうではなくてですね、女神様の説明聞いてなかったんですか?」
「聞いてないんだなこれが」
「道理で……魔法使いはスマホが身体から五メートル程度離れると死にます。壊されても死にます」
「……ほほう? もしかして、残機無視の完全死とか?」
「いえ、普通に一ライフ減るだけですけど……私がここで貴方のスマホをひったくって向こうに投げるだけで貴方は死んじゃうんですよ」
「んー、ドロちゃんはしないでしょ?」
「……しないですけど」
上目遣いに口を尖らせるドロちゃん可愛いんだけど。
当然の心中を察しただけなのに、何故かドロちゃんは悔しそうに不貞腐れている。
確かに初耳で驚いたけど、ドロちゃん程度の力じゃ俺からスマホを奪い取るなんて出来っこないし。
しかしスマホは大事と思ってたけど、命と同じくらい大事なものになっていたとは。
「ねえ、これ、落として壊したらどうなるの?」
「え、まあ、落として壊して死んだ人の話は聞いたことないですけど……死ぬんじゃないですか?」
「そっか」
「うーん、それはそれとして、見れば見るほど胡散臭いですね、貴方……」
グラスアプリで俺の頭上を見たり、俺のスマホを覗き込んだりしながら呟くドロちゃん。
「俺もそう思う」
本心を口にすると、ドロちゃんは不信感を瞼に乗せたようなジト目で俺を見てきた。さもありなん。
「いやでも、ほんとにこれだけだからなぁ……他にも十分くらいなら余裕で息止められたりするけど?」
「いえ、もう結構です……十分間貴方を見続けるのも酷ですし」
俺の顔、酷なのか。
「まあ、いいでしょう」
嘆息と共に肩を落とすドロちゃん。
なんかすっごい諦められた。
「ではわたしが案内役、あなたが護衛役ということでお願いします。報酬は後日、『ラプラスの
「クエスト……ふーん、それが君のお勤め先か」
「……何か?」
「聞き覚えがある気もするけど、『ラプラスの瞼』ってどんなトコ?」
「え、知らないんですか?」
ドロちゃんは少し考える素振りをしてから、
「外に出れば嫌でもわかると思うので、説明はいらないと思います。じゃあ、話がまとまったということで」
すっくと立ち上がると、スカートの塵を叩き落し、
「行きましょうか」
まだ座ったままの俺を一瞥してスタスタと歩き出した。
慌てて俺も立ち上がる。
「いやいや待って待って、行くのはいいんだけどさっき荷物失くしたって、ドロちゃんは道覚えてんの? こういう時は闇雲に動かない方が――」
「ご心配なく」
上半身だけで振り返り、懐から紙片の束を取り出して見せてきたドロちゃん。
「マップは肌身離さず持つのが基本です」
「おおう……」
なんかカッコいい……。
そういうことなら俺はドロちゃんについていくだけでいいんだな。
臭うスウェットの腰位置を直してから、その小さな背中の後を追――。
「あ、そうです」
俺が一歩も歩き出さない内に、ドロちゃんが肩越しに振り返る。
「あの、マリヤさん」
「もっと気安くモッちょんでいいぜ?」
「マリヤさん」
「はい」
強くなった語気に押されてすごすご引き下がる。端からそんなふうに呼んで欲しいとは微塵も思っていないがここまで拒否られるのはちょい悲しいぞ。
ちなみに『ちょん』は普通に『ちゃん』を噛んだんだ。秘密だぞ?
「その……」
ドロちゃんが口籠る。
ふむ、これは……。
「デレるのか」
「いえ、私の半径二メートル以内に近づかないで下さいね。でも視認可能な状態を維持しつつ三メートル以上離れないんで欲しいんです」
「注文多いな……しかも俺の可動範囲一メートルしかなくない?」
「
「俺、生まれつきのニートなんだけどさ」
「そりゃ、生まれた瞬間から仕事してる人はそうそういないでしょうけど……」
「お仕事って、大変なんだね」
条件が厳しすぎることへの皮肉です。
「……いい大人の言い草とは思えませんね」
「俺、悪い大人だし」
「その子供じみた言いようは大人とすら思えませんが……」
「まあ、小学二十九年生という説もある」
「そうですか」
あっさりと流されて会話が止まる。
イマイチ皮肉は伝わってなかった気がする。そういう天然なとこも可愛いね。
いやあ、やっぱり誰かとお喋りするのは楽しいなぁ。三時間ぶりくらいかな。それほどでもなかったな。
三時間前までは、リルちゃんとレフくんとあとライくんの四人で森の中を歩いてたんだよな。ずいぶん昔のように感じるぜ。
一応、破天はやったけど、リルちゃん、あの後無事かなぁ。今、どうしてるのかなぁ。結構、楽しかったなぁ……。
そういや、俺、破天を殺したんだよな、多分……人殺しか、あんま実感ねーな……。
あ、あと一応改めて言っておくけど、俺はあくまで知らない多人数に囲まれるのが苦手なだけで、むしろ誰かとつるむのは好きなんだぞ?
コミュスキルが高いとは言わんが。ちょっと調子に乗りやすい自覚はある。それで周囲をよく引かせている。だが反省はしていない。
「そういえば――」
不意にドロちゃんが声を掛けてきた。この娘も男嫌いという割には結構喋るな。
「さっきのお守りの仕掛け、よく気付きましたね」
「強化魔法で嗅覚も鋭くなってるからね」
「犬みたいですね」
「そういうトコなぁ……」
可愛い顔して可愛い声でそういうコト言うんだよなぁ。
振り返って『私、変なこと言いました?』みたいな顔されてもなぁ。あざといの? 天然なの? 微妙だ……。
「ところでマリヤさんは魔法使いになってどれくらいなんですか? 十年くらい?」
「三日」
「……五年と三日?」
「いや、三日。一昨昨日、なんかなってた」
「え、三十六ってガチ年齢? いやそうじゃなくて……み、三日の割には随分落ち着いているんですね」
「え? 落ち着かないことなんてある?」
「い、いやいや!」
ドロちゃんがいきなり立ち止まって振り返った。俺も慌てて立ち止まる。
危ない危ない、二メートル以内に入っちゃうとこだった。
「普通、死んだと思ったのに急にこんなところに送り込まれたら途方にくれませんか!? 私、三か月くらい落ち込んでましたよ!? 私の同僚だってみんなそんな感じで……!」
「えー、落ち込む理由がないしなぁ。別に生きててやりたいことがあったわけじゃないし、死んだ記憶すらないし」
「死んだ記憶が、無いんですか? 忘れてるだけじゃなくて?」
「忘れたことすら忘れてるのかもしれんけど、ぶっちゃけどうでもよくね? 今は生きてるんだし、楽しいし」
「……魔法使いに、楽しいことなんてありませんよ……」
え、やだ、なんか空気が重くなってきたんだけど。よし、話題を変えよう。
「ところでドロちゃんはこんなところに何しに――」
聞いてる途中でドロちゃんは拒絶するように踵を返した。
それから力強く踏み込んだドロちゃんの背が縮む。
違う! 落ちてんだ!
「びゃっ!? あああぁぁぁ――」
悲鳴の尾が、四角く口を開けた床の闇の中に吸い込まれていく。
勿論俺は、その尾を掴むように床の穴に飛び込んでいた。
見殺すわけにはいかないし、あの娘いないと俺もダンジョンから出れないしね。
さあて、今度はダンジョン探索系で自分探しの始まりだ。
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