3.……ライくん、死んだ?

 森の奥から慎重に姿を現したナンバー2は、二人の男を従えていた。リルちゃんたちを取り囲むチンピラたちと大差ない、現代風の服とファンタジー風の服を着重ねたごった煮集団な、魔法使いであろう男たちだ。

 さしづめ、ナンバー2に付き従う取り巻きか腰巾着ってとこか。

 突然現れた新顔にリルちゃんがまずとった行動は、レフくんの顔色を窺うことだった。

 レフくんは首を振る。おそらく、脅威的な魔法ランクではないということだろう。

 レフくんはライくんに援護されながら魔法を起動しっぱなしにしていた。それはこうした待ち伏せや援軍を警戒してのことなのだろう。同時に、そうした闖入者ちんにゅうしゃの戦力も見極めてしまう。集団戦においてレフくんのイニシアティブはやっぱ高い。

 レフくんの判断に少し余裕を得たのか、リルちゃんは構えを解かないままではあるが、ナンバー2っぽい男に正面から対峙した。

「あなたが彼らのリーダーか」

「違う、と言って信じてもらえるのかな?」

 軽く首を傾げ、苦笑なのか微笑なのか曖昧な、でもとりあえず憎ったらしいのは間違いない笑みを口の端に浮かべた。

 見た目通り人を食った性分なんだろうな。

 含みのある返答にリルちゃんは少し考える素振りを見せたが、話を進めることを選んだらしい。

「……こちらの要求は即時武器を納めてもらうことと、事の背後を説明してもらうことの二点だけだ。それが果たされるならば、我々はこれ以上の争いを望まない」

 リルちゃんの提案に、ナンバー2は面白くもなさそうにくつくつと喉の奥で嗤う。

「要求ばかりで欲張りなお嬢さんだ。それを呑んでこちらはどんな得があるのかな?」

「これ以上、無駄に命を捨てなくて済む」

 きっぱりと、リルちゃんは言い切った。『従わねば殺す』と。

 脅しや強がりではなく必ずそういう結果になるという確信に満ちた声と表情に、ナンバー2以外の男たちはわずかにたじろいだ様子だ。

 わかるよ、こんな美少女が放つような凄みじゃないもんな。これが何十年とけみした魔法使いの気迫なんだろうな。

 まあ、実際にはリルちゃんは一人も殺してないのがご愛敬かな。でも言い換えれば『これ以上やるなら本気を出すぞ』とも聞こえるな。鞘から剣を抜いたリルちゃんの剣閃はさぞかし鋭いだろうな。

 ナンバー2もつまらないハッタリを引っ込めて、真顔でリルちゃんに向き直った。

「ふむ……出来かねる、と言ったら?」

 リルちゃんは有無を言わさず動いた。

 だが、敵も周到だった。

 リルちゃんが動いたと誰もが思った瞬間、ナンバー2の眼前の空間が歪んだ。右隣に立つ男が魔法を使っていた。

 リルちゃんの魔法はベクトル加速。加速元のベクトル、つまり“動き”がないとそもそも加速できない。どうしても初動は普通の人間のそれなのだ。であれば、しっかり注意して準備していれば対応できる。リルちゃんの魔法を熟知した戦法だ。

 加えてここは木や茂みが多い森の中。リルちゃんといえどそれらをすべて避けて相手に近づくのは至難の業なのだろう。下手をすれば加速した自分の運動量で木の枝に串刺しだ。

 森で待ち構えていたのもそれが狙いなんだろうな。

 ほんの一瞬、リルちゃんの姿が揺らいだ。動きを加速したものの異常に気付いてすぐに停止したのだろう。すごい反応だ。

「空気の壁か」

 リルちゃんが呟く。

 なるほど、魔法であそこだけ空気の密度を上げたのか。突撃すれば気圧変化による自律神経の混乱や密度によっては激突の衝撃でケガじゃすまなかったかも。さすがリルちゃん、伊達に歴戦の騎士じゃないな。

「一目で看破されましたか」

「昔見たことがある。だが、星三以下では範囲が限定的なはず。回り込めばいいだけのこと、そんな時間稼ぎは――」

「これだけ稼げれば十分でしたから」

 ナンバー2の頭上に魔法球が展開した。

 いつの間に……と思ったが、いつの間にか左手がスラックスのポケットに入っている。恐らく、あらかじめ起動画面を開いたままポケットにスマホを仕込み、リルちゃんが仕掛けてきた瞬間にスマホを片手で操作したのだろう。その一瞬を稼ぐための空気の壁だったのだ。

 リルちゃんに向けた右手に魔法球から零れた光の破片が集まり、赤く染まっていく。

 あんな大掛かりな魔力の動き、初めて見た……三羽カのシンゴくんも魔法を使うとき魔法球が赤くなってた。シンゴくんの魔法は火炎弾。だとしたらこのナンバー2っぽいのもそうなのだろう。だが、その規模が違う。

「さて、貴女はどうするのでしょうね?」

 ナンバー2の余裕ぶった態度も不敵だ。

 これもしかして、結構やばい魔法?

 俺はリルちゃんの合図にすぐ反応できるよう構えた。

「信号弾だ!」

 リルちゃんが叫んだ。

 は? 信号弾?

「おや、バレましたか」

 ナンバー2があっさりと認める。

 リルちゃんに向けていた魔力で輝く掌を上空に掲げた。瞬間、解き放たれた魔力が『ひゅるる……』と笛のような音を立てて梢を抜け、木々の頭の上に抜けていった。

 うん、すっごく信号弾だな。信号弾の魔法? じゃあすごい炎の魔法は? え、つまりあの大仰な魔力とかは全部はったり?

 そっか、リルちゃんが叫んだのは後ろの二人にじゃない。俺にまだ出るなと言いたかったんだ。

 言い換えれば、まだ気を抜くなってことで――。

 ナンバー2の魔法にその場の全員が気を取られた。それはほんの瞬きほどの時間だったかもしれない。

 だが、思いがけない不意打ちには十分な時間だった。

 ライガーマギカライくんのそば、五メートルほど離れた場所から、小さな影が飛び出してきた。

 突然のことで俺もはっきりとは視認できなかったが、ナイフを持った小男のようだった。それが加速したリルちゃんみたいな速度で木々の合間を縫ってライガーマギカライくんへ急襲を掛ける。

 だが、さすがに五メートルは遠い。どれ速度かは知らんが一秒以上は掛かった。その間に、ライガーマギカライくんはそちらへ獅子顔の盾ライオットシールドを構えた。

 盾が小男のナイフを弾くのと、小男が飛び出した方向とは逆の茂みが膨れ上がるのはほとんど同時だった。

 弾けた茂みから出てきたのは、ライガーマギカライくんより一回りはでかい巨漢。すでに肘を引いて拳を繰り出す構えに入っていた。

 ライガーマギカライくんのマスクがそちらを振り返りきる前に、唸る拳がライガーマギカライくんの背中を捉え、ボールのように警戒に打ち飛ばした。

「ライくん!」

 リルちゃんの悲鳴が木霊こだまする。

 バキベキと立ち木を砕く音が遠ざかっていく。

 え、人の身体って木を砕きながら飛んでいけんの?

 ……ライくん、死んだ?

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