第3話 9.あれ、俺なんかやっちゃいました?

「なんなんだ、あいつら……」

 思わず、そんな風に呻いていた。

 だってさ、どう見ても生き物にしか見えないのにとてもじゃないが生き物とは思えない生態をしてんだもん。いや、生態とも呼べないか。まるで、RPGのザコモンスみたいだ。

 不可解な存在に俺が混乱してると、見越したようにリルちゃんが歩み寄ってきた。軽く息を乱して汗ばんでる額が色っぺぇ。

「これはわたしの経験上なんだが、奴らを生物だと思わないほうがいい。ああいう存在だ。常識なんて存在しない、そもそも存在しているのかも怪しい」

界異物かいぶつは、魔法使いにしか見えず、魔法使いにしか干渉できないんです。つまり、異世界人には存在していないも同然の存在です」

 リルちゃんの説明に、すでに息を整えたレフくんが補足する。だんだん、この人たちのテンポがわかってきたな。

 っていうか、魔法使いにしか見えなくて魔法使いにしか干渉しないって?

 殴った感触は確かに生き物のそれだった、と思う。死ぬほど生き物殴ったこと、いままでなかったからわからんが。

「あんなにしっかり存在してたのに?」

「魔法使いが異世界人に奇異な目で見られる理由の一つだよ。彼らからすれば、命懸けで戦うわたし達は錯乱したように暴れているだけなんだ」

「なんか、半分しか存在してないみたいな奴らだな」

「言い得て妙ですね。“だから世界線を異にする化け物”なんでしょうね」

 なんかレフくんにきれいにまとめられた感。

「襲ってくるからぶっ殺す、それでいいんだよ――」

 わぁ、もっときれいにまとめられちゃったよ。緑メッシュくん短絡的ぃ。

 怖くて口には出せないけど。

 心の中でバカにしてたら、続くライくんの言葉にグイっとゲーマーメンタルを持っていかれた。

「――経験値も入るんだしむしろボーナスだろ」

「経験値? そういやレベルってあったな。じゃあレベルアップできるってこと?」

「スマホを見てください」

 レフくんに促されてスマホの画面を見る。

「ほんとだ……」

 DLvデュエルレベルが『2』になってる。

「じゃあ俺、さらに強くなったってこと?」

 そしてまだまだ強くなるってか。最強じゃん。

 あ、でも、力や素早さが上がるからってそのぶん筋肉盛りムキになるのはやだな。今の細身が気に入ってるし。

「おそらく、マリヤさんはこう考えているのでしょう。『レベルが上がると攻撃力や防御力といったステータスが強化される』と」

「……違うの?」

「違います」

「力とか素早さも?」

「上がりません」

 レフくんは無慈悲に俺の歓喜を全否定してくれた。そらもう清々しいくらいにきっぱりと。

 魔法といいレベルアップといい、この世界は俺の期待を何度裏切れば気が済むんだよ!

「えー、じゃあレベルアップって何の意味があんだよ。って、MLvマジックレベルはもう『11』じゃん。なんで? そもそも、MLvとDLvって何? なんで二つもあんの?」

「質問が多すぎて一言で説明するのは難しいのですが――」

 リルちゃんとライくんは呼吸を整えながらなにかを打ち合わせしている。レフくんは俺にレベルのレクチャーだ。

 そういや、三人は普通に息を切らしてるのに、俺だけなんともなかったな。全然苦しくない。これも強化魔法の力なんだろうか。まだLv1なのに。あ、もう2か。ん? 魔法のレベルは11の方? まあなんにしろ、なんか破格すぎね?

「MLvは魔法を使うと経験値が溜まる魔法経験レベルです。上がると魔法精度と魔法強度が強化されていきます。魔法精度と強度に関しては今は『魔法の強さ』くらいに覚えておいてください。強化の具合や度合いは人それぞれなので一概にこうとは言えませんが、上げれば強くなれるのは間違いありません」

「なるほど、DLvは?」

「こちらはいわば戦闘経験レベルで、他の魔法使いと戦い勝利することで上がります。例外的に界異物を倒すことでも上がりますが、効率は遥かに劣ります」

「他の魔法使いと戦う、か……勝利ってのは、殺すってことか?」

「はい」

 俺の気まずい質問に、レフくんは下手な気遣いもなく淡々と同意してくれた。有難いやらもうちょっと人情が欲しいやら。

「それにしても、既にMLvが11ですか……」

 界異物やらレベルアップやらでちょい混乱してた俺は、そんなレフくんの呟きを聞き流してた。

「マジかー……最初に会った魔法使いたちが言ってたよ。この異世界の魔法使いは現実世界への生き返りを賭けて殺しあうんだって」

「それは少し違うな」

 なんとなく神妙になってたところに、爽やかなリルちゃんの声が割って入った。待ってました!

「生き返りの条件はいまだにわかっていないんだ」

「そうなの?」

「ああ、異世界中の魔法使いすべてを殺してたった一人生き残った魔法使いが生き返られる、というのは、大昔からある可能性の一つに過ぎない」

「始ケン者の一人、剣者が信じているってのは確かに信憑性あるけどな」

 珍しくライくんが俺に声をかけてきた。めっちゃしょっぱい顔だが。

「他には世界のどこかに眠るアイテムを見つけたら、どこかのダンジョンの最奥に、すべての魔法使いとフレンドになったらなどなど、山のようにあるぞ」

 どれもこれも根拠のない噂なのだろう、リルちゃんはバカバカしいと言わんばかりに苦笑しながら言った。

「この異世界には現在およそ三万五千の魔法使いが存在します。しかも刻々と転生してきているのです。それらすべてをどうこするというのは、そもそも条件として破綻していますよ」

「ま、あの女神がそもそも蘇らせてくれる気がない可能性もあるけどな」

「そんな悪い人には見えなかったけどね」

 ぽつりと、リルちゃんの可憐な唇から衝撃発言が零れた。

『会ったの!?」か!?」んですか!?」

 男三人が異口同音に驚いた。

「え? 会っていないのか? 女神様」

「声だけでしたね……」

「なんか、対応に差を感じる」

「あの駄女神だめがみ……」

 どうでもいい衝撃の事実が判明したところで、気になる点が。

「なあ、おまえらさっきから『生き返り』って言ってるけど、死んだの?」

 一息ついた俺たちは再び目的地まで歩き出し、俺はすぐに気になったところを尋ねていた。

 前を歩く三人が振り返り、怪訝そうな顔をした。

 あれ、俺なんかやっちゃいました?

「モトムさんは、覚えていないのか?」

「え、リルちゃんとの将来の約束を?」

「それはわたしに覚えがないな。そうじゃなくて、自分が死んだときのことを」

「ああ、サラリーマンに殺された時か……」

「そうではなくて、この異世界に転生する前、現実世界で死亡した時のことです」

「……え、それって覚えてるもんなの? キツくない……?」

 聞くまでもないことだった。

「ああ……」

 濃い陰を落としたリルちゃんの面持ちに後悔する。

「キツいな」

 すぐに気丈な微笑に変わったが、弱々しい。隣からライくんの舌打ちが聞こえた。

「ジブさん、急ぎましょうか」

「ん、ああ、そうだな、すまない」

 レフくんに促され、リルちゃんが踵を返す。

 その凛とした背中が、逆に痛ましく見えた。

 謝るのは俺の方だよ、リルちゃん。

 俺に背を向けて歩き出したリルちゃんに、謝るタイミングを失した俺はしょんぼりと着いていくのだった。

 なんとなく終わってしまったが、結構気になる話だよな、さっきの。

 魔法使いはみんな、現実世界で一度死んでいる。そしてどうして死んだのか覚えている。

 ここにいるってことは、俺もきっと死んだんだろう。

 でも、さっぱり覚えてない。

 死んだことすら知らなかった。

 どういうことだろうな……?

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