第11話 レオナルド、ミサキの先手に歓喜する

寮の前をほのかに照らす外灯の下、

俺は寮に入って行くミサキの背中を見つめながら、今しがたの出来事を振り返る。


カリカリ・・・・トントン・・・

ドサッ・・・ペラッ・・カリカリ・・・

ペンと紙をめくる音だけの静かな執務室。

最近ご無沙汰だった残業・・・・。

俺とルーカスだけの執務室。

ミサキはいない。

ミサキのいない執務室は味気ない・・・・

はあ〜〜〜〜〜っ!

はあ〜〜〜〜〜っ!

何度かのため気・・・・

「おい、さっさと仕事をしろ!」

ルーカスが書類を乱暴に机に置き、俺を睨みつける。

「なあ、ミサキは俺のことをどう思っているだろうか?」

俺は、そんな不機嫌なルーカスを気にすることなく、

ミサキについての意見を求める。(アドバイスをくれ!)

「はあ〜〜〜〜〜っ!」

長(なっが)いいため気で返された。

「お前、ほんと仕事しろ!仕事!」

それどころか仕事をせかされる。

お前は鬼か!!(声には出さず、脳内で吠えておく)

ルーカスからは、アドバイスどころか返事ももらえぬまま・・・

なんとか急ぎの仕事を終わらせる。

執務室を出たところで、

「おいっ!飯に付き合ってやる!」

ルーカスがそんなことを言い出した。

特にルーカスと食事などしたくなった俺は断ろうとしたのだが・・・

「ミサキについて相談に乗ってやってもいいぞ!」

ルーカスの言葉に乗せられて、街の巡回をしつつ定番の店に行くことにした。

ルーカスがニヤニヤしながら俺を見ている。

なんとなく、上から目線が気に触る!!

目的地(店)近くの曲がり角、前にいた人物が急に方向転換して俺の胸に飛び込んできた。

ドンッ!!

「いブッ!痛い!!」

軽い衝撃と聞き覚えのある声。

とっさに謝りながらも、ぶつかった人物を確認する。

やはり・・ミサキの声だった(俺がミサキの声を聞き逃すはずがない!)

俺の腕の中、ミサキの頬は赤くなっていた。

俺の胸に顔を打ちつけた衝撃で頬が赤くなってしまったのか・・・とあせったが、

どうやらそうではないらしい。

ミサキから、かすかにアルコールの匂いがする。

赤い頬のミサキも愛らしい・・・・・

ミサキは、ぶつかったのが俺であることに気がついていない。

俺に抱きしめられるようにキャッチされた姿勢のまま、鼻を触っている。

俺にぶつかって鼻を打ったのか、鼻先が少し赤くなってしまっている。

彼女の様子をしっかり見たくて屈もうとした時、

彼女の視線が俺の胸から上に向けられ、

「っっ・・・えっ!!」

驚きの声をあげた。

なぜか固まってしまったミサキ。

「申し訳ない、大丈夫か?・・・ミサキ??」

そんな彼女に声をかける。

俺の姿をみて、驚いた様子の彼女だったが、

「それより、ミサキは、どうしたんだ?」

俺の問いかけに、

『マルクと一緒に食事に来たこと』、

その『マルクが酒を飲みすぎて動けないこと』、

『マルクを連れて帰りたいこと』

を話始めた。

マルクは俺が団長を務める第3騎士団の騎士の一人だ。

そして、ミサキが異世界から来たことを知る数少ない人物でもある。

その上、ミサキと25歳と年が近い。

ミサキから『マルク』の名前が出るたびに、無性にイライラする。

彼女の話を聞けば聞くほど、

ミサキはマルクと食事をしたのか・・・・。

ミサキと個人的に食事をするのは、俺だけではないのか・・・・。

イライラが募り、怒りの感情に変化しそうだ。

『ミサキ、俺だけをみてくれ!』

『俺だけのミサキになってくれ!』

『ミサキに触れるは俺だけであって欲しい!』

伝えたくても、伝え方がわからない・・・

日々募っていく俺の思い・・・などという・・綺麗なものではない。

禍々しい俺の欲望。


その欲望に蓋をして、彼女の前では、格好をつけたい俺がいる。

この怒りに近い苛立ちを・・・欲望を・・・

彼女に悟られるなど・・・耐えられない・・・

俺はこわばる表情を置き去りにし、眉間に力を込める。


マルクのことはルーカスに任せる。

チッ・・・去り際、ルーカスが俺にだけ聞こえるように舌打ちした。

ルーカスが店の中に入ったのを見たミサキは、安心した様子だった。

『マルクがそんなに心配か!?』

心の中で怒り似た思いを叫びながら、

「ミサキ、なんでマルクと一緒だったんだ?」

俺の問いかけに

「えっと・・・ちょっと・・いろいろあって・・流れで・・・」

混乱しているのか、彼女の説明は要領を得ていない。

混乱した状態の彼女を見たことで、俺は冷静になっていく。

暗くなった空を見上げ、息をはく。

落ち込んでしまった様子の彼女に向かって手を伸ばす。

(俺の手を取ってくれ・・・そんな願いをこめて・・・)

だが、彼女は差し出した俺の手をみつめたままだ・・・。

俺のイライラした感情が・・・怒りが・・・・

彼女を怖がらせた・・・怯えさせてしまったのだろうか・・・・

俺の心を掠めた『不安』・・・

彼女に怖がられる『恐怖』・・・

『ミサキ、ごめん』

『怖がらせてごめん』

心の中で精一杯謝りながら、俺は彼女の頭を撫でていた。


彼女のいつもの笑顔がみたい。

彼女の頭をゆっくりと撫でる。


「あの、大丈夫です。ここから、寮まで近いので自分で帰れます」

俺を見上げて気丈に言い放った彼女。

ミサキ、君は可愛いんだ!自覚してくれ!!

どこで、連れ去られてもおかしくないほど、魅力的なんだ!

君は弱い!!俺に護らせてくれ!!

そんな俺の心に秘めたる強い思いが

「ミサキ、女性の夜のひとり歩きは危険だ。昼間でもミサキにはひとりで出歩いても欲しくない。自分が弱い、か弱い女性であることを自覚しなさい」

説教くさい言葉として噴出してしまった。

声を荒げなかったことだかが・・・・せめてもの救いだ。

「・・・・・・」

沈黙のあと、

「団長はいつも優しいですよね」

ミサキが俺には程遠い『優しい』という言葉を言った。

あげくの果てに『俺がモテそうだと!!』

誰だ!!そんな嘘の情報を彼女に吹き込んだ奴は!!

あり得ないことを言い続ける彼女に

「俺がモテないことを揶揄って(からかって)いるのか?」

強い口調で言ってしまう。

強い口調から、俺の怒りを感じてしまったのか

「違いますちゅう!!」

噛んだ状態で言い返してきた彼女。

そんな彼女を愛おしく思う・・・・

だが、この『俺がモテそう』などという馬鹿な情報は

彼女に記憶から消してしまいたい!!

俺も彼女を一歩も引かない言い合いが続く・・・・

『ミサキがマルクと付き合っていないこと』に

あからさまに・・・ホッとした、俺。

『ミサキはマルクから俺のことを聞こうとしてた』

それを聞いた瞬間

「俺が怖いからか?」

ミサキを問い詰めてしまっていた。

(ああ、「やってしまった」・・もうダメだ・・・彼女に嫌われてしまった・・・

もしも・・・・もしも、彼女が俺を嫌がり部署変えを希望してしまったら・・・・

俺は死ぬ・・・)

頭では『これ以上はダメだ!』『彼女を追い詰めるな!』

わかっている・・・警告音が鳴り響いている。

それなのに、心が・・・気持ちが・・・

気持ちに流されるようにミサキを追い詰めている。

そして俺は決定的な言葉を言い放った。

「じゃあ、何を聞きたかったんだ!」

言ってはいけない・・・これ以上、追い詰めるな!

無情にも最後に

「ミサキ!!」

彼女の名前を叫んでいた。

絶望・・・・もう、彼女は俺に微笑んでくれないだろう・・・・


だが、彼女は発した言葉は

「私は団長が好きなの!!」

あり得ないものだった。

俺の心は絶望から歓喜へと一転した。

信じなれない・・・思いもしなかった・・・

だが、俺が欲しかった言葉・・・

もう一度・・・今すぐ・・・彼女から聞きたい。

俺は彼女に一歩また一歩、近づいて行く。

彼女があとずさるのが見える。

だが、ミサキ・・・逃がさない。

本能的に身体が動いた。

俺は両腕を寮壁に叩きつけるようにして、ミサキの全身を囲った。


「えっと・・・・その・・・。団長、近いっ・・・!」

真っ赤な顔のミサキ・・・

逃がさない!!心で叫んだはずが、

「ああ、逃げられなくないからな。」

自然と口をついて出ていた。

そんな・・・らしくない俺・・・

そして、俺と壁に挟まれて狼狽えている真っ赤な顔のミサキ・・・・

ミサキが好きだ・・・・

ミサキも俺を・・・俺の思いに・・・・

嬉しすぎた!!

好きな人・・・愛しい彼女の体温を感じる・・・・

ミサキに触れてみたい・・・

許されるだろうか・・・・

そんな俺の葛藤の最中(さなか)、

ミサキは瞳を閉じ、「私は団長が好きです」

ミサキから新たな爆弾が落とされた!

ミサキ・・・君は、俺を殺すつもりなのか!!

悶え死にそうだ!!

君は一体どうしたいんだ!!

悶絶しながらも、冷静な俺が歓喜する俺に問いかける

『ミサキは俺のどこが好きなのか?』

『本当にミサキは「俺を好きだ」と言ったのか?』

ああ、ミサキ『俺の何処が好きなのか・・教えてくれ』

脳内だけの叫びのはずが、気がつけば・・・・

「・・・が・・・俺のことを・・・」

「誰が・・・・」

「俺の何処が?・・・なぜ?」

知りたいことをそのままミサキに呟いてしまっていた。

真っ赤な顔で恥ずかしがるミサキ・・・・

心なしか瞳も潤んでいる・・・

瞳をウルウルさせた彼女が・・・妙に色っぽい。

可愛いのに色っぽい・・・・この小悪魔が!!

俺の理性は試されていた・・・

なんとか欲望に打ち勝とうと・・・・思いながらも、

彼女の表情をしっかりと俺の目に収めたい!!

この瞬間の彼女を!!

無意識に俺の指は彼女の髪に触れ、彼女の顔がよくみえるように耳にかける。

彼女の視線が俺の目を見ている。

彼女にどうしても触れたくて・・・

先日触れた彼女の頬の感触が忘れられない・・・

彼女の頬を指先で撫でる・・・怖がらせないように・・・

優しく・・・優しく・・・・

意図せず、俺の指先が彼女の耳に触れた!

瞬間、彼女が「ひゅっ!!」

艶を含んだ声を発した。

もう一度、今の彼女の声が聞きたい!

「俺に触れられるのは嫌じゃないんだな」

「むしろ・・すき・・です」

ミサキは・・・俺の理性に亀裂を入れた。

俺は・・・ミサキに吸い寄せられるように・・・

額に唇を押し当てた・・・

驚きで目を見開く彼女が・・・愛しすぎて・・・・

言葉にできず・・・・

彼女に顔を近づけ・・・彼女の頬にも唇を押し当てる。


その後のことは・・・己の熱に浮かされて・・・あまり覚えていない・・・・。

気がつけば・・・ミサキを後ろから抱きしめていた。

逃げようとしているのか?

だが・・・ミサキが嫌がっていない・・それが分かる!

そして、俺はミサキをしっかりと抱きしめるために腕に力を込める。

ミサキがますます赤くなり・・・耳も真っ赤に染まっている。

ミサキが赤くなるたびに『好きだ!』と言われているように感じる!

そんなどうしょうもない俺・・・・

だが・・・・俺を翻弄するのは・・君だけだ!・・・ミサキ!

ミサキが可愛くて・・・少し困った姿も見てみたくて・・

「なぜ、逃げる!俺が好きだと言ったのは嘘だったのか?」

「まあ、いい。ミサキを見ていれば、嫌がっても、怖がっていないのもわかるからな」

彼女に囁く・・・・

彼女はさらに赤くなる・・・・

そんな彼女に俺は

「ミサキ、耳まで真っ赤だ」

そう、告げた・・・。


名残惜しく感じながらも、

ぎゅっ・・・と抱きしめてから・・腕を解く。

彼女が離れた・・・その隙間に夜の冷んやりとした空気が入ってくる。

こちらを振りかえった彼女が・・・

愛しくて・・・・たまらなくて・・・・

己の思いのままに彼女に近づき・・・

「ミサキ、先を越されてしまったが、今度は俺が気持ちを伝えるよ」

温かい・・真っ赤に染まった・・・彼女の頬に俺の印を付けたくて・・・・

唇を強く押しつけた。



少しやりすぎたな・・・

彼女を前にすると、いつもの自分ではいられない!

彼女を前にすると・・・理性が働かない・・・

だが・・・・・・

突然のミサキの攻撃(告白)に理性が崩壊しなかったことを褒めるべきだろう。

ミサキの部屋に灯りがともった・・・

「おやすみ・・・ミサキ」

俺は、歓喜に酔いしれながら・・・ミサキのいる寮を後にした。

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