カフェ


1階


カフェの入口近くのカウンターに座り、匡輝はコーヒーを飲みながら

時間を気にしている


そろそろ15時…


いくらなんでも、カフェにいる何人もいる女の中で

特定の人物を探し当てるのは無理だ


だが、その時刻に入店する客の中から、それとなく観察するくらいなら…


そう目論んでいたのだ


その時


首から社員証を吊り下げ、透明のポーチを手に

ひとりの女が自動ドアを開け、レジに進みオーダーしている


匡輝の後ろを通り過ぎ、窓越しのカウンターテーブルに腰かけると

ゆるやかにカールさせた髪を耳にかけ

カップをふうふうと冷ましながらコーヒーを飲み始める


ポーチからスマホを取り足すと、画面を見始めた


その姿を捉えた匡輝は、よく確認するまでもなく

見とれたまま、固まっていた


…間違いない…


何がそうなのか、明確な理由など何もない

だが、心の奥底に眠る何かが、そう語りかけていた





いつもの場所に座った途端、着信に気が付いて

スマホを取り出すと、桜介からのLINEだった


(稀依ちゃん、今日店にプレゼントを用意したよ。

そろそろ届くと思うから、楽しみにしててね♪)


「…?」


不思議に思いながらも、桜介らしいジョークかな、とほくそ笑んで

ホットコーヒーをふうふうと冷ましながら、ちびちび飲んでいた


その時


「あの…」


「…!…」


背後から、声をかけられた


「突然すみません。異次元コミュニケーションズの小田稀依さん、でしょうか?」


「…//////」















店で知らない誰かに声を掛けられる事くらい、何でもない事だ

先日の桜介のように、気軽に会話をすることもある

まして今は、明らかに自分の名前を呼び、何か用事があって

話しかけている。相手は仕事の関係者かもしれないし…


何でもない事なのに…


尋常じゃないほど胸が高鳴り、動揺している稀依

声を発する事も出来ないまま、恐る恐る振り返る


(…えっ…あの…たまに見かける人…だよね…?)



呼びかけた声に、びくっとする稀依

少し震えたまま振り向く彼女に、匡輝はやや躊躇いながら

ぎこちなく、すまなそうな表情を浮かべる


「…急に声をかけてすみません。実は、桜介の知り合いでして…

今日は店が忙しくて、貴女との約束に間に合わないと…」


恐る恐る振り向いた稀依は、匡輝の話を聞いている内

ポカンとして、次第に真っ赤に頬を染めていく


(桜介さんからの贈り物って……それに、この声…まさか…)


「…あの?」


呆然としたままの稀依の様子を窺う匡輝


「! あ…っ…////」


ハッとして、慌てて取り繕う稀依だが、声をかけた瞬間よりも

さらに固まり、言葉が続かない


(だ…だってだって…)


「…あ、あれ……ごめんなさい💦何でだろ??」


何故か分からない

胸の奥がきゅーっとなり、涙が溢れて止まらない


きっと目の前の彼は、こんなに挙動不審な自分を

呆れ返ってるに違いない……

脳内パニック寸前で、自分の体が何かに操られてるかのように

身動き出来ない


そして、そんな自分の姿を

どこか客観的に見ている稀依自身の何かも感じていた


必死に呼吸を整えて、泣くのを堪える稀依を

じっと見つめ、バツが悪そうに頭を搔く匡輝


(桜介にすっぽかされたのが、そんなに嫌だったのか…?)


稀依の涙に狼狽えて、次の一手を躊躇う

そんな、らしくない自分自身が歯痒くて仕方ないのだ


「あの…」


「!…あ、あのっ…すみません、困らせてしまって…💦

…びっくりしたからかな?なんで涙が出たのか…💦もう…私ったら💦💦💦」


ハッとして、慌てて取り繕う稀依


「…大丈夫?」


「あ、はい!桜介さんとは…たまに会った時にお話しするくらいで

約束していたわけではないですし…あ、でも、親切にお知らせくださって

ありがとうございます!」


恥ずかしそうにお辞儀をする稀依


もっと他にも、聞きたいことがたくさんあり過ぎるのだが

生憎、今は時間が無い


「…すまない、それじゃ、俺は…」


手短に挨拶して、踵を返そうとした…だが…


「…あの…?」


「…( ゚∀ ゚)ハッ! あ、ご、ごめんなさい…」


いつの間にか匡輝のジャージの裾を掴んでいた稀依は

慌ててその手を離して、アワアワしている


「…よく、この店に来るのかな?」


「!…え、あ、はい…」


匡輝の言葉に驚きながら、何とか応じる稀依


「…そうか。じゃ、また来るよ。君に会いに…」


「!……はい…あ、そうだ…これ…///」


まさかの言葉に驚き、なんとか返事をして

名刺を手渡すと、深々とお辞儀をして、その場から逃げるように

駆け出して行く稀依


その姿を見送りながら、自分自身の事を何ひとつ伝えていない失態に気が付く。

…あ、しかも、今日に限って、スマホを持ってたにも関わらず…

そして気が付けば、カフェという非常にパブリックな場所で

何やってんだ、俺…(苦笑)


気恥ずかしさに耐えきれず、頭をポリポリと掻きながら

店を出て、いつものようにエントランスに向かう


乗り込んだタクシーの車内で、彼女から手渡された名刺を眺めて

密かにほくそ笑む


…異次元コミュニケーションズ…って

あ、同じ13階の西棟なんだ…へえ…





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