魔パルトメントⅢ
里好
アパート
鍵を開け、無言でドアを開ける
「………………」
物が散乱している部屋のど真ん中に鎮座する
不釣り合いなソファに眠る女
女が下敷きにしている布の端を持ち上げ
ぐいっと引っ張る
だらしない下着姿で寝ていた女は、ドスンとソファからずり落ちる
「…痛っ…な~に…もう…」
腰をさすり、欠伸をしながら気怠そうに目を開ける
「…ああ、おかえり」
「………………」
女をどかし、空いたソファに横たわる
自分の声など、なにも聞いていない。
存在すら、匡輝にとってはゴミ以下だ。
その事に、一喜一憂することすら、とっくの昔に諦めている
女は引きつり笑いながら、目の前のテーブルに散らばったゴミを
片付け始める
何本ものビールの空き缶や、空になったワインのボトル
おつまみの食べかす…
「…あ」
テーブルの脚に落ちていた「それ」に気が付き、拾い上げる
「…ああ、これ…
男にフラれるたび、呼び出す後輩の
女の愚痴につき合うのは最初だけで、ほとんどの時間は
聞き流し、ただ酒を飲むだけだ
だが、昨夜はそんな桜介の態度にも癪に障り
女はくってかかった
「ちょっと~お!!桜ちゃん、聞いてんの?」
「んん~?聞いてない♪」
軽い調子で受け流し、手にした名刺を見つめてニヤニヤしている桜介
「…な~に?新しい女の子でも、ナンパしたの?」
「…ちょっとね~。関係ないでしょ、あんたには。」
「ふんっ…すみませんねえ💢」
桜介のつれない態度に苛立ち、ワインを飲み干し
ついに酔い潰れて眠ってしまった
「…桜ちゃんに彼女出来るかも…そしたら、呼び出すのも…
ちょっと遠慮しないとね…」
案外と寂しそうに独り言ちると
テーブルの端に桜介の忘れ物を置いて、女は洗面所に向かった
ソファに寝ていた匡輝は目を開けて、女が置いて行った名刺を見遣る
(…異次元コミュニケーションズ…?…小田
寝返りを打ち、再び寝入ろうとする匡輝
(………)
なぜだ…
得体の知れない感覚が纏わりつく
記憶の欠片か…デジャブのような………………
………………
(…はい、異次元コミュニケーションズ、小原です…はい…)
オフィス内で、いつも聞こえていた彼女の声…
真っ赤になって恥ずかしそうに見上げるあいつを抱き寄せ
何度もキスをして…
………
囁く声に、幸せそうに微笑み、抱きついてくる彼女と
幾度も身体を重ねた…
………………
…………
!!!
ハッとして、ガバっと起き上がると
もう一度、名刺を手に取り、じっくりと眺める
(…異次元コミュニケーションズ…まさか…)
「…匡輝? どしたの?」
洗面所から戻った女が、不思議そうに声を掛けてきた
「…?…ああ、それ。やっぱり匡輝も気になる?」
匡輝の手元を見て、女はクスッと笑う
「いや…、別に。そんなに大事なら、普通忘れないだろ」
「そうかなあ…」
ソファの前にしゃがみ込み、匡輝の手元を覗き込む女
匡輝は何気に、夢で抱いた女の姿を重ねてみるが…
やはり、何かが違うのだ
これまでは朧気だった感覚が、はっきりとした輪郭となって
訴えかけてくる
「…桜介には、俺から渡しておく」
匡輝は女と向きを変え、再び眠りにつく
女は背を向けたまま、ポツリと呟く
「…うん。今までありがとうって、伝えておいて…」
………………
…………
…
「よいしょっと」
キャリーケースと少しの荷物を抱え、女はドアを開ける
ガラガラとキャリーケースを引きながら廊下を進んでいくと、ちょうど
ウォーキングを終えて戻ってきた女性とすれ違う
女性は廊下の隅に避けながら、お互いに会釈する
女はそのままエレベーターホールに進んだが、ふと、
何かに気づいたかのように振り返る
ゆるやかにカールさせた髪を耳にかけ、今出てきた部屋の
隣の玄関に鍵を差し込んでいる彼女…
(あの人…匡輝の…夢のお姫様に…似ている?)
一瞬戸惑ったが、すぐに思い直し、ため息をついて歩を進める
外見なら…似てる人など、ゴマンといるわ
私だって、ずっと…
エレベーターの鏡に映る自分の姿に苦笑する
匡輝の理想像に、少しでも近づきたくて
この髪型だけは、ずっと維持してきたんだっけ…
肩まで伸びるウェーブを指先でくるくると弄ぶ
でも…
「結構、ケアとか面倒なのよね~…この際、バッサリ切ろうかな♪」
今度は、誰かの理想像の代わりではなく
私自身を愛してくれる人に出会えるように……
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