好きだったのに

ゆかり@色々

「あの人が好きだっただけ」


「嘘でしょ、そんな……」



 画面に映るメッセージ。黒い文字で綴られたそれは、私の心をいとも容易く、破壊した。途端に湧き上がる絶望感と嫌悪感、胃からせり上がってくる嘔吐物。なんとか抑え込んで、メッセージの前後をスクロールして確かめる。嘘である事を求めて、指を滑らせる。…しかし、それは嘘などではなくて、なんなら真実であると主張してくる。目が釘付けになる。乾くはずの網膜がどんどん濡れていく。急いで、その原因を拭う。歯を食いしばって嘔吐物を我慢する。あまりの情報に脳が焼き切れるのを感じる。はやく、はやく、これから目を離さなきゃ。分かっているのに、離す事が出来ない。身体の力が抜けた。後ろにあったベッドが身体を受け止めれば、拭いきれなかった涙を零しながらひたすらに喘ぐ。

 

 11/4。私の尊敬していた人は、私をストーキングしていた罪で捕まった。


 その人とは、とあるSNSで出会った。私は、しがない物書きの卵で、独学で学んだ文章をそのSNSに載せていた。最初は、全く見られる事なく、友達くらいにしか評価されていなかった。それでも、書くのは楽しくてちょっとずつ載せていった。そうしたら、ある時載せた文章が大バズり。あっという間に、フォロワーが増えていって評価もたくさんついていった。書籍化されてる有名な作家さんからも、フォローされる様になってありがたい事にコメントまで貰った。しがない物書きの卵から、あれよあれよとそのSNSで有名な物書きへと進化してしまった。とんでもない嬉しい事だ。しかし、私はあまりにも、あまりにも突然有名になってしまった故に、スランプに陥ってしまった。…怖かった。バズった文章より低いクオリティーの文章をこれから書いてしまったら、どうしよう。こんなにコメント貰ってるのに、次が大したことなかったら。1発屋で終わってしまったら。ずっとそんな事がぐるぐる頭回って、1文字も書けなくなっていって、気づいたら友達から心配されるくらい、やつれていた。やめてしまおうかと思った。

 そんな時だった。SNSで、その人からDMを貰ったのは。その人は、書籍化こそしていないが、とある投稿サイトで物凄い人気のある物書きさんだった。筆が早くて、それなのにとてもクオリティーが高い、凄い人だった。そのDMには、事細かに私の文章に対する言葉が並べられていて、良いところも悪いところも書いてあった。無闇に褒めてる訳ではない、純粋な批評。深く深く読み込んでいて、私の他の文章についても書いてあった。それは、やめてしまおうかと思っていた自分の心を簡単に照らした。こんなに読んでくれる人が居てくれるなら。悪いところも挙げてくれる人が居るなら。書き続けようと思った。そもそも、尊敬していた人。そんな事されたら、心酔するのは当たり前だった。目がハートになる。この人に着いていこう。私は、強く、強く、そう思った。

 そこからのその人とのやり取りは、夢の様だった。おはようからおやすみまで、共有しあった。その人が投稿しようとしている作品を誰よりも、そう、誰よりも早く読んで、私の技術を信用して、アドバイスを求めてきてくれた。その人の素晴らしい文章に、私の文章が混じり合っていく。あぁ、思い出すだけで恍惚。たまらない瞬間。その為に、たくさんたくさん勉強した。心配してくれた友人は、スランプから抜け出した私を見て喜んでいた。1発屋で終わらせないと言ったら、頑張ってねって言ってくれた。嬉しかった。だけども、そんな言葉よりその人の存在の方がよっぽどモチベーションになった。嬉しいなんて感情じゃ足りない。私は貴方の為に生きている。頑張っている。それはあまりにも甘美で、あまりにも危険で、あまりにも退廃的な悦びだった。腰に届くぞくぞくとした刺激。何回使ったか、もう覚えていない。

 毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日話して、アドバイスして、私の作品も嬉々として読んで、アドバイスをくれる。そうこうしていく内に、その人は分かりやすく、私に夢中になっていった。本当は、ただ作品が好きなだけだった短所はあるが十分面白い作品だった、そうぽつぽつと通話で話す貴方は、とても素敵だった。少し、艶っぽくて恥ずかしそうで、有名な物書きさんをここまで堕とした、自分の才能に自分の性格にすっかり酔っていった。簡単に言うと、天狗になっていった。少し、そう、少し意地悪をしたくなった。そうしても良い、と心の中で天狗になっていった。おはようからおやすみまで共有してたのを、おはようだけ言ったり逆に抜かしたり、会話途中におやすみなしに寝たり、そういうちょっとした意地悪をする様になった。作品へのアドバイスも、辛辣気味にしたり忙しさを理由に断ったりしていた。でも、自分の文章が混じり合っていく快感だけは味わいたくて、断った作品を時間が出来たと言って、きちんとアドバイスしていた。その時の反応は、とてもかわいかった。「寂しかった」「やっぱり、みるくの文章は良いね」とか。最高の気持ちだった。文章だけじゃなく、その人の大事なところまで、私が混ざり込んでいく。ぐちゃぐちゃに混ざり合っていく。貴方は、もう私から逃げられない。それが強く、強く、実感出来て、この時のでも何回も使った。それほど、よかった。

 様子がおかしくなったのは、そういうやり取りになってから、少し経った時だった。妙に、テンションが高くて、それは私が戸惑う程だった。通話での声も、とても弾んだもので、幼子がおもちゃを見つけてはしゃいでいる様な声だった。どうしたのか、と聞いても、のらりくらりとかわされる。作品自体は、いつも通りだった為、何か特別良い事があったのかと思い、そこそこ心配するだけにしておいた。それが、間違いだった。その人は、私についての呟きをしだした。ただの惚気や会話ならともかく、割と関係が分かる様な、所謂匂わせ呟きだった。流石に焦った。私は、バズった作品を持っていて、その後も一定のファンが居る物書きだ。なるべく、自我を出さない様に、作品に関する呟きしかしていないのも相まって、バレたらめんどくさい事になる。幸い、察した人は居ても、深くは踏み込んでいなかった。今の内に、と軽く注意をした。そしたら、嬉々として「こうしないとみるくに近づくやつが出るでしょ?」と感謝して欲しいと言わんばかりに言ってきた。冗談じゃない、困ると伝えても、どこ吹く風。


 そこで、ようやく、ようやく。私は、自らの過ちに気づいた。私、が貴方を怪物にしてしまった。こわして、しまった。貴方が私に快楽を恍惚を教える様に、私は貴方に愛を教えてしまった。…憎しみ方を教えてしまった。目の前に居る、画面越しの貴方は出会った頃から変質してしまった。私が心酔した、心を照らしてくれた貴方はもう居なかった。遅すぎる気づきは、もうどうする事も出来なかった。私は、貴方を結局道具としか思ってなかった。好きだったのに、いつの間にか、いつの間にか自分を気持ち良くする道具としてしか利用してなかった。そう思っている内にも、貴方は早口で何かをまくし立てる。好きだから、盗られたくなかった、あんな扱いされて辛かった、自然と耳が音を声として届け、脳が言葉に変換する。自らの過ちを責め立てる様に、ひたすらに。あぁ、私は、私はなんてことをやらかしたのだろう。がらがら声になりつつある貴方を、拒む様に通話を、切った。



 結局、貴方は元には戻らなかった。悲しみに喘ぎながら、涙でどんどん濡れていく網膜。私の家まで特定して、私の部屋を見つめていたらしい。「もうすぐ、一緒になれるよ」「待っててね」そんな言葉が記された画面を焼き切れた脳内でシャットダウンする。絶望感と嫌悪感が湧き上がってくる。その全てが、自分に向かっていく。自業自得。その4文字が駆け巡る。一周回ってマシになった嘔吐感に、ベッドから身体を起こす。貴方が見ていたという、この部屋が見える場所を見つめる。そうして、一言だけ、ぽつりと呟いた。





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