君だけが例外

三郎

第1話:僕はレズビアン

 彼——鈴木すずき麗音れおんとは幼馴染だった。保育園からずっと一緒で、幼い頃から仲が良かった。


「かいちゃん、おおきくなったらぼくとけっこんしてください」


 初めてのプロポーズは小学校に上がる少し前。恋も愛も知らない幼い僕はそれを受け入れて、小指を結んで彼と約束をした。


 だけど、小学生になって話題が恋の話で持ちきりになり始めた頃に気づく。僕は彼よりも、クラスメイトの女の子の方が好きかもしれないと。そしてその頃には一人称や趣味についても突っ込まれるようになっていた。


「海ちゃんは女の子なのにどうしてなの?」


「えっ。だめなの?」


「変だよ。男の子みたい」


 変だと言ったのは、当時好きだった女の子だった。担任や親さえも直した方が良いと言ったが、麗音と兄だけはそのままで良いと言ってくれて、麗音はクラスメイトや担任を説得してくれた。その結果、僕の一人称についてとやかく言う人は居なくなった。


「ありがとう。麗音」


「どういたしまして」


「……あのさ」


「ん?」


 僕は彼に女の子が好きかもしれないという話を打ち明けようとした。だけど、幼い頃の約束を考えると言葉に詰まってしまう。彼は「話せないなら無理して言わなくて良いよ」と笑った。


「……麗音、僕のこと好き?」


「えっ。う、うん。好きだよ」


「それは……恋してるって意味?」


「恋……なのかな。まだよく分からないや」


「そっか……」


「……もしかして海は、誰かに恋してるの?」


「……恋って、相手が女の子でも、良いと思う?」


 打ち明けると、彼は一瞬目を丸くした。だけど否定はせず、分からないから一緒に調べようと提案してくれた。


「お母さん、パソコン借りて良い?」


「良いけど……何調べるの?」


「えっと……恋」


「恋?」


「女の子が女の子を好きになっても良いのかって、海ちゃんが」


 今考えるとこれはアウティングなのだけど、幸いにも、この時彼の母親は否定することも茶化すこともなく真摯に受け止めてくれた。そして、代わりに検索してくれた。


「お。良さそうなサイト出てきた。ほれ、海ちゃん。読める?」


「レズ……ビアン?」


「女性を好きになる女性のこと」


「僕はこれなの?」


「それはおばちゃんには分からないな。海ちゃんが決めることだから」


「僕が?」


「うん。自分が何者なのかは、人が決めることじゃない。じっくり考えて、悩んで、君が決めなさい。私が言えるのは、大体の女の子は男の子を好きになるけど、たまに女の子を好きになる人もいるってことだけ。でもそれは別に病気とかじゃなくて、そういう個性ってだけ」


「個性……」


「個性ってわかる?」


「うん。なんとなく。……ありがとうおばちゃん。麗音も」


「……どういたしまして」


 この時麗音が複雑そうな顔をしていた理由を知ったのは、中学生になって半年くらい経ったある日の帰り道。クラスメイトの女の子に対する恋心を彼に打ち明けた時のことだった。


「……そっか。告白するの?」


「うん。伝える」


「……そうか」


「うん」


「……海」


「うん?」


「……俺、海のことが好き」


 その瞬間、時が止まった気がした。振り返ると彼は俯いたまま立ち止まっていた。


「……それは、友達として? それとも恋してるって意味?」


 俯いたまま、彼は「恋だと思う」と答えた。そして両手で顔を覆って、ごめんと謝った。何故謝るのかと問うと、彼は震える声で答えた。「俺は君の恋を応援出来ない」と。


「……良いよ。応援してくれなくても」


「君が良くても俺が嫌なんだよ……! 俺は君が好きで、幸せになってほしいって、心から願っているのに……! ねえ、海……俺は……俺は、土俵にすら立てないのかな……」


 消え入りそうな声で投げかけられた彼の問いに、僕ははっきりと答えた。自分は多分、男の人を好きになれないと思うと。男性であり、自分に恋心を抱いている彼にそれを言うのは心苦しくて仕方なかった。だけど僕は、中途半端に期待させる方が酷だと判断した。


「……でも、ありがとう。あの日、僕の恋を否定しないでくれて」


 そうお礼を言うと、彼は首を横に振った。あの時一緒に調べようと提案したのは、それが恋ではないという確実な証拠が出てくることを期待したからなのだと自分を責めた。母親に話したのもそういう理由だと。彼の母親はそれを察して代わりに調べてくれたのだろうか。


「……それでも、否定しなかったのは事実だし、君に救われたのも事実だ。だから……これからも、僕と友達でいてくれないかな。麗音」


 そう言って手を差し出す。彼は躊躇いがちに、その手を取ってくれた。そして息を震わせながら深呼吸をして、顔を上げて言った。「ちゃんとフッてくれて、ありがとう」と。

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