第17話 ある芸人の死
木崎はイライラしていた。長年続いた長寿レギュラー番組がこの春で打ち切りになるかもしれない。デビューした80年代に一斉を風靡し、90年代も若者を中心に人気。00年代も第一線で活躍していた。西のライバルも不祥事で消え、まさに無敵。そう思っていた。しかし、時間の流れには勝てない。万物は流転し、諸行無常、月日は百代の過客。若手芸人は畑で取れるから、次から次へ新しい芸能人が出ては消え出ては消えしているうちに自分が築いたテリトリーが徐々に侵食され、ついに最後の砦も風前のともし火だ。
「木崎さん、知ってます?昨日深夜にジョン・タイターって奴が今日死ぬ人の名前を発表して、そん中に木崎さんの名前があったんですよ。」
マネージャーの鈴木は木崎がイライラしている空気を全く読まず、世間話のつもりで振った。
「は?知らねえよそんなの。そんなことよりこないだの仕事なんだ?あんなの中堅芸人がやるもんだろ。俺にあんな話持ってくんじゃねーよ!」
「すみません、司会だとなかなかいいの無いっすねー。」
鈴木は悪びれる様子もなく、スマホいじりながら適当に回答する。
「全くどいつもこいつも舐めやがって。。」
木崎は苦虫を噛み潰したような顔で呟いた。
「木崎さん本番始まります。スタジオまでお願いします。」
今日はワイドショーのコメンテーターの仕事だった。ADが木崎を呼びに来た。
「やれやれ、いっちょ頑張るか。」
木崎はよっこいしょ、と腰を上げた。
「いやー、怖いですねー。なんせ的中率が驚異の九十パーセントなんですからね。」
キャスターはスクリーンをポインターで指差しながら話した。今ネットで絶賛騒然中のジョン・タイターの特集である。
「実は、今日の午前0時にも動画が配信されたんです。すぐ消されちゃうんですが、ネット上の有志がまとめサイトに転載してます。今日亡くなると言われている方はこの方たちなんですね〜。」
木崎は踏ん反り返って黙って聞いていた。そんな木崎にキャスターが話を振る。
「木崎さん、今日のリストに木崎さんの名前があるみたいなんですけど、最近体調悪いとかないですか?」
木崎はちょっと腹が立ったが、おどけて話し出した。
「ちょっ、待ってよ!俺、死ぬっていうの?冗談じゃないよ。見ての通り元気そのものだよ。タイターの連勝記録もここでストップだな。」
ワイドショーの収録を終え、木崎は別の収録に向かった。例の、打ち切り可能性のあるレギュラー番組である。今日は、若手芸人春の大運動会と銘打った企画である。木崎は司会であり、進行と若手いじりが主な役回りであるため、激しい運動はしない。
「みんな集まれ若手芸人春の大運動会~」
貸切った陸上競技場に木崎の声が響く。その掛け声に合わせラッパや芸人のガヤがこだまする。若手芸人たちが転んだり、足の引っ張り合いをしたり、ギャグを言って滑ったりするのを見ながら、木崎は上機嫌だった。たまに若手をどついたり、逆にいじられたりしながら、楽しく時間を過ごした。
「何人入るかな。紅白対抗電話ボックス詰め込み合戦!」
次の競技のタイトルコールを大声で行った。赤チーム白チームに別れて、電話ボックスの中に何人入れるか競うという糞どうでもいい企画である。
「いててて、もう無理もう無理」「誰や股間押し付けたの」
電話ボックスにギュウギュウ詰めになった若手芸人たちが適切なリアクションを取る。木崎は赤チームリーダーでもあるため、叱咤激励する。
「お前、もっと詰め込んで入れよ!上の方寝そべってまだ入れんだろ。」
入口付近にいる芸人の尻に蹴りを入れたり、押し込んだりした。すると、電話ボックスが反動で揺れだした。木崎はこの瞬間、笑いの神様が下りたと感じた。これだ!このまま揺らすぞ!電話ボックスはどんどん揺れだした。中にいる芸人たちも悪ふざけで揺らす。このまま倒れたら絶対ウケる!そう皆が確信していた。そして揺れが限界まで来た時、大きな音を立てて電話ボックスが倒れた。その下には、木崎の無残な死体が転がっていた。
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