5
「おー、今日は泊まりじゃないのか」
帰宅は閉店時間とほぼ同じで、暖簾を下げる父は私を見るなり不本意な事を聞かせる。
「さすがに外泊ばかり出来ないよ」
そう言って、力が抜けた身体をカウンターに凭れかけた。
「どうした。腹減ったか」
項垂れた私を見て、父は楽しそうにする。
「今日、類が会社に来たの」
「おー、あの赤の他人か」
「また過呼吸になったんだけど、たまたま、奏叶さんが一緒にいてくれて」
「カナト?ああ、共同開発してるっつったか」
「また助けられたなあ、って」
ポツポツと今日の出来事を話せば、父は豪快に笑った。「なによ」と眉根を寄せた。
「なんで拗ねるんだよ。喜べば良いじゃねえか。ありがとー、助かった、ハート。これで万事解決、おまけにカナトもあやみに惚れて一件落着」
「そんなうまくいくわけないでしょ」
「あのな、あやみの笑顔は一目惚れの原因第一位だからな?」
駄目だ。今日の父は娘贔屓が顕著。とどのつまり話が通じない。
「そもそも、奏叶さんは好きな人がいるんですよー」
「好きな人ね。嫁、または彼女じゃないなら関係ないね」
更に父は遠慮が無い。
「どうして?」
しかし私も気になることなので、つい耳が大きくなる。
「カナトとカナトの好きな女のことに、あやみは関係ないでしょうよ」
「そうだけど。……奏叶さんと好きな人の仲を拗れさせたくないんだよ」
「あやちゃんは優しいねえ。お母さんそっくりだ」
その人は見知らぬ何者でもなく有馬だということは、いくら父でも言えない。
「つか、待て。赤の他人が会社に来たって言った?あやみ、お前相手してねえだろうな」
「知らない人のフリした」
「はあ……無視だよ無視。それか事務所通して話せって、父ちゃんの名刺渡せ」
「似たようなこと奏叶さんも言ってたよ」
「カナト、気が合うなあ」
父はそう言ってエプロンを外すと、部屋に入った。
(結局、私は奏叶さんにとって、何番目なんだろう)
……そういえば、聞くの忘れちゃった……。
あの日の誤解はお姉さんということで解れたけれど、それでも、他に別の女性がいることはどうしても聞けなかった。
やっぱり六番目なのかな……。
有馬の失恋の後、一度恋愛したくせに、やっぱり有馬の事が忘れられないという奏叶さんは、恋多き人に変わりはないだろう。
あの話を聞いたのも、もう随分前の話。
「(奏叶さんは、有馬のこと、忘れられたのかなあ)」
ふにふにとくちびるを摘んだ。
昼間移された奏叶さんの温もりはまだ私のくちびるに残されていた。
インスタを見れば、奏叶さんと関係がありそうな女の人、見つかるかな……。
連絡手段がほとんどだという奏叶さんのプライベートが、もしも女の人との匂わせ投稿だらけであれば病む恐れがある。
「(むしろ、深入りしない理由になっていいかも?)」
試しに想像してみる。枢木さんのSNSだったら私も繋がる可能性はある。枢木さんの痕跡を辿ると奏叶さんに行き着く可能性がある。有馬経由であればもっと早い。なのに、有馬を挟みたくないってどんな矛盾だろう。
だいたい、有馬に頼めばハンカチの返却だって早かったのに、私は何故それをしなかったのか。
そんな取り留めのない悩みが浮かんでは消えて、別のことを考えようとすれば一番に思い出すのは、久しぶりに感じた他人の唇の熱で。抱き枕をぎゅうと抱きしめては、胸が苦しくて、宿る熱は熱い。
「(見るだけ、いいかなあ)」
勢い、というのは怖いもので、わたしはSNSの旅に出た。有馬の友人一覧に奏叶さんと思われるアカウントを発見した。鍵付きであればあきらめもついたけれど、だれでも自由に見てもよいらしい。投稿は数点あって、海外生活らしき投稿が多く見受けられた。ストーリーが上がっていた。足跡を残すようで恐ろしいけれど、深夜テンションが勝利した。
残り一時間程度で有効期限が切れる彼のリアルタイムなプライベートはベッドらしき写真だった。小さな文字が添えられていた。
〈あったか〉
それは一人ではなく、彼が誰かと一緒であることを示唆していた。
「(……だれだろう……)」
疑問、そして、痛感する。奏叶さんが自分のプライベートに置く女性は、私じゃない。
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