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「最近カナト、全然来ねえなあ。うちの飯もあやみに会うのも飽きちまったのかな」


 とはいえ。勢いと自信を味方に付けようとしても、奏叶さんにその気がないなら仕方ない。閉店間際、お客さんは誰もいなくてのんびり過ごしていれば父が肩を落とした。


「カナトが来ないからもう閉めちまお」


 父の行動原理にも関わっているなんて、倉木奏叶というひとは結城家に懐かれる、という特性でも持っているのか。だとすればすごい特技だ。


「私と会うのも会わないのも、全部奏叶さんの自由で勝手なんだから、別に良いじゃない」

「良くねえよ。あやみの朝帰りも減ったし」


 父として、娘の朝帰りの減少を嘆くのはいかがなものだろう。


「……まさかお父さんも恋してるの?」


 頭に過ぎる可能性を告げると「んなわけ。カナトだから許してるし、特別だって話だよ」と、父は笑う。随分懐いているらしい。たまに奏叶さんが家にご飯を食べに来た時は甘酒アイスを確定で出していた。


「随分奏叶さんに甘いのね」


 暖簾を下げに向かう父の背中に呟く。


「だってあいつ、あやみが泊まる度に毎回家に断りの電話入れてたんだぜ?高校生かっつうの」


 さらり、日常を追加された情報に戸惑う。


「え……?」と、顔を持ち上げた。開け放たれた出入口から、父の姿が見え隠れする。


「カナトな、あやみが泊まりの時も帰宅が遅くなる時も、どっちにしろ律儀に電話入れんのよ。お宅のお嬢さん、俺ん家に泊まるんで明日帰宅させますってな。最初はなんのイタズラか誘拐かと思ったわけよ」


 父はさも当然のように告げて、暖簾を店内に置くと戸を閉めた。またたく間に脳内は疑問で占領される。


「……な、なんで……?」

「カナトなりの誠意を見せてたんじゃねえの?」


 言われてみれば覚えがある。奏叶さんは毎回、誰かに電話をしていた。砕けた口調だったけれど、あれはお父さんだったの……?


「何があったか知らねえけど、俺は良い男だと思うけどな、カナト」


 意味が無いから、どうせ実らないから。


 咲かないで欲しいと願って日光に浴びさせずに大事にしていた蕾はもう限界で、今にも花咲きそうだ。


 スマホに人差し指を乗せてスライドさせた。奏叶さんとのトークルームを出し《会いたい》と文字を乗せては消した。今度の《会いたい》には文末にハテナを付けて、また消した。もう一度「会いたいなあ」と、口に出しては指に気持ちを乗せる。


 勢い……。

 幼い頃苦手だった大縄跳びも、飛び込むまでに勇気が必要だけど、飛び込んで仕舞えばあとは飛ぶだけ。


 その壁を飛び越えるべく、えいやっ!と送信させた。

 するとどうだろう。直ぐに既読が表示されて、ドキドキと鼓動はより一等早鐘を鳴らす。


 スマホをじいっと見つめる。けれど奏叶さんからの反応は一向に無くて、五分、十分、ブルーライトを浴びるけれど全く無反応。


「(完全に脈ナシだ……!!)」


「お父さん、飲もう……」

「おー、梅酒作るから待ってろ」


 放置された会いたいを失恋と結びつけ、それを受け入れた私はスマホを裏返して父と晩酌することにした。


 今日の小鉢の余りを摘んで梅酒を一杯飲み干した頃、店に来客があった。


「すみません、今日はもう…」

「おー、いらっしゃい」


 言いかけた声は父の威勢の良い声に負けた。


「よ」


 奏叶さんだ。


「え……。なんで」

「会いたいって言ったら、すぐに来るって言ったろ」


 その当たり前を、当たり前にできる人が稀有だってことを私は知っている。


 この人はいつも突然私の前に現れて、その時の感情を全部丸ごとさらう人だ。


「ちょうど残りが少しあるから食べろ。今日の小鉢はあやみが作ったきんぴらとおひたしなんだ」

「いただきます」

「よし。あやみ、よろしく。父はもう退勤だ」


 私がするんだ……!?今の絶対お父さんがふるまう流れだったよね!?


 そんな愚痴を心に押し込めて立ち上がろうとする。曲がりなりにもわたしは飲食店の娘だ。


「まだ、座って」


 けれども奏叶さんに腕を引かれて断念した。よろよろと腰を下ろす。店と家をつなぐ扉が閉まる音が聞こえると、奏叶さんはつかんでいたその手を離した。


「返事が来ないから、振られたと思いました」

「返事?しなかったっけ」

「届いてません」

「返事よりも早く行こうってのが勝ったんだよ。あやみ、それ何杯目?」

「三杯目です」

「もう止め。それより、平気だった?」


 おそらく類と内尾さんのことを聞かれたんだろうって、冷静に考えたら分かる。分かるのに、私はその計算式に当てはめようとしなかった。


「平気じゃないです。奏叶さんに会えないから、さびしくて泣きそうでした」


 だって、私の願望に答えてくれたのだ。その、気のゆるみから思わず本音がこぼれてしまう。


「……かわいすぎか」奏叶さんは小声で何かつぶやくので「え?」と耳を傾ける。


「自制しないと、週10で会いに行きそうだからこれでも堪えてるんだよ」

「週10?えっと……それは難しいのでは」

「余裕でしょ。平日毎日あやみの送迎でクリアする。してもいい?」


 本気なのか、冗談なのかわからず「帰りの時間が合わないのでは?」と言えば「残業は抜けるし、定時の時は待ってる」と当然の如く論破された。あれ?奏叶さんって、こんな人だった?


「送迎できなくても何かと理由付けてあやみの会社にいけば会えるし、ここに来れば嫌でも会えるし、出張も毎晩帰ってくればいいだけだし、ただ海外出張の時はどうしようもないな。あやみが有給取ってくれたら連れていくけど」

「ま、まってください、もう大丈夫です。奏叶さん、涼しい顔してすごいことお考えですね?」

「俺言わなかったっけ。あやみに嫌われたくないから、カッコつけてるだけだって」


 それは、類と内尾さんの現場を押さえた日のことだ。なあなあになったけれど、確かに聞かされた。


 あれ、でも……奏叶さんは有馬のことが好きなんだよね?

 私にカッコつける意味ある?


 脳内で浮かんでは消える言葉たち。それらにほんの少し生じたずれに違和感。


「奏叶さん」

「なに」


 私に足りないものは、勢い。またの名を自信と呼ぶ、奏叶さんにもらうもの。


「奏叶さんは、有馬のことが好きなんですよね?」

「……なんで夏希?」

「え、だって、失恋したって最初に会ったとき言いましたよね」

「あれは別の話。なんで夏希なわけ」

「え??」


 その言葉にこちらがポカンとする。

 有馬じゃない?

 そうなの……?


「でも、好きな人がいるのは事実ですよね。水篠さんも、奏叶さんに好きな人がいるって言ってたし……」


 けれども、奏叶さんには好きな人がいるという事実が根底にある。


「まさか水篠に俺の事を聞いてた?」


 図星をつかれて口をとざす。ここまで来たら、全部、言ってしまえ!と、GOサインが出される。



「聞き……ました」


 緊張はしても怖くはなかった。

 断られたとしても、私の気持ちは変わらないと分かっていたからだろう。


 奏叶さんは脱力して壁に凭れると「また逃げられたかと思ったー……」とため息とともにつぶやいた。


「どういう意味ですか?」


 不穏な言葉に首を傾げると、奏叶さんは至近距離で私を見下ろす。


「俺、何回お前に失恋するんだって意味」

「…………え?」


 届いた言葉に思わず目を見開く。

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