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「少ないですが、良かったらどうぞ」



それから仕事や家のことを理由に何となく避けてしまって、次に奏叶さんと会ったのは、Queensとの定例会議の日だった。実に三週間ぶりで、こんなに長く会わなかったのも久々だ。


その間、奏叶さんは同じ企画の社員と出張だったらしく、お土産を弊社のスタッフにまで渡している。


奏叶さんの様子は普通そのもので、変にぎくしゃくしているのもやっぱり私ばかり。最初に感じた優劣関係はどこまでも影響しているらしい。


「……なに」


お土産の菓子に群がり、可愛いと言ってお礼を述べる可愛い同僚達を遠くから見ていれば、いつの間にあの場を抜け出したのか、奏叶さんに見付かってしまう。


「いえ、気が利く人だなと思って」

「取引先とは友好な関係を築くべきだろ」

「リスクヘッジを徹底されていることに感服しますね」

「自己犠牲を厭わず失敗しない選択肢を選び続ける方が感心しますけどね」

「敬語が嫌味に聞こえますね」

「どうも」

「じゃあ、私戻ります」


会釈をしてその場をやり切ろうとした。けれど、奏叶さんが私の前に立ちはだかるので失敗に終わる。


「……何かあった?」


あの場を抜け出した意図を感じるのは必然。背の高い人に見下ろされ、きゅっと身を縮めて視線を逸らした。


何か、なんて。逃げた理由など言えるはずがない。


「別になんでもないです。失礼します」


だから私は、一度リセットすることにした。


対人関係は適度な距離を保つことが大事だ。

私は多分、踏み込みすぎている。怖いと思った。いつしか怖さを忘れて手を伸ばしていた。星には手が届かないからいい。見上げると分かる星座も、近付き過ぎると分からない。


クロージングにも適切な時期を見極めなければならない。


「待て」


すれ違うその瞬間、手を取られた。


「お前はそれでいいかもしれないけれど、こっちは何でもなくねえよ」


彼は珍しく感情の機微を吐露する。


「ごめんなさい。本当に何でもないです。奏叶さんに甘えていたけれど、送迎ももう大丈夫です。よくよく考えたら奏叶さんの時間に見合う対価があの夜の一件だとすれば、嫌がらなかった私のせいでもあるんですよね」


ローテーションの末席を汚しているのならば、すぐに離してくれるのだと思った。


「随分勝手に決めてくれるよな」

「だって、そうじゃないですか」

「じゃあ俺にも付き合え」

「……付き合う?」

「お前じゃないと駄目な検証だよ」


──……私じゃないと駄目な検証?


どんな人を選ぼうと、奏叶さんの自由だ。

私は検証相手。彼にとって私は性欲の捌け口で、利害関係の一致で結ばれているはずだ。深入りは厳禁で、彼のプライベートの侵害なんて、面倒かつ迷惑極まりない。


「……奏叶さん、ひとつ、聞いてもいいですか」

「なに」


なのに、なぜ私は、そんな彼の不自由を望もうとするのだろう。


「ローテーションであれば、私、何番目ですか?」

「急にどうした」

「……素朴な疑問です」


俯くと、奏叶さんは「……なんのローテ?」と、答えを探し始めた。問題の難易度を少しでも下げるべく、ヒントを探す。


「奏叶さんの周囲に居る女性たち?」


オブラートに包めず直接的なワードを差し出すと、「はあ?」と、奏叶さんもまた疑問を眉間に乗せた。これ以上隠し通すのは難しそうなので、カフェエリアに移動した。


「……実は先日、奏叶さんが爆美女を侍らせているところを目撃しまして、五人程度の女性でローテーションを組まれているんだろうな、という想像まで発展しました」


問い詰めたいのは私なのに、私の方が不安なのはどうしてだろう。


「美女?誰?」


奏叶さんの頭上にクエスチョンが見えた。


「ご自分が良くご存じなのでは?……ていうか、私、関係ないし」


すんと鼻を鳴らして目を逸らせば「待て」と、奏叶さんは諦める私を止めた。口を尖らせる私の目の前で、彼は1足す1の答えを探す。


「いつのことか分からないけれど、夜、呼び出された時であれば姉だよ」


難問だったはずなのに、奏叶さんはイージーな回答を寄越す。


「……姉?」


あの美女が、奏叶さんの身内?


「背が高くて髪が腰まである女だろ」


擦り合わされた言葉は、私の記憶と一致していた。


「あ……そのひと、です」

「あいつ既婚者。旦那が出張の日、奢るから付き合えって飲みに連れ出されてるだけ。他は?」

「な、なにも」

「つか、見掛けたなら声かけろよ。姉と飲むよりあやみと飲む方が余っ程健康的だわ」


お姉さん、なんだ……。

兄弟がいない私にとって、その考えに至るにはならなくて、感情の結び目が柔らかくなるのを感じた。


「……ごめんなさい」


消えそうな謝罪を告げると、頭がほんの少しだけ重たくなった。それが奏叶さんの手だと気づいたのは早かった。

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