会いたいの代名詞
1
雨はいつか止むもので、夜はいつか明けるもので、恋はいつか終わるもの。そう考えると、永遠なんてものはどこにもないのかもしれない。
そうは分かっていても、私の恋愛は永遠に更新されないのではないか、そんな悩みを何度か繰り返した結果。
「今日から私は、仕事に全振りで生きていく」
仕事帰りの飲み会にて宣誓するほど私は荒んでいた。
「もう、諦めがはやーい!あやみそれでいいの!?絶対損するよ!」
同僚の
お酒は人の感情を昂らせるのが上手だ。
「恋の傷は上書きするしかない?私は仕事で上書きできる女になる」
普段は胸の内側に閉じ込めるべき言葉も、こんな風に簡単に零すのだから。揺れる視界の中、掲げたグラスは居酒屋の照明を浴びて、トロフィーのようにきらきらと輝いていた。
「楽な上書き方法なんてないんだって。出来たら楽なんだって」
「そうだよね〜寝たら忘れるってことがあればいいのにね」
「たぶんね、人って恋愛を上手に上書きできないようになってるんだよ。だって簡単に忘れられたら、その時の恋を大事にしないと思うもん。だから、その時の恋を大事にするようになったんじゃないのかな」
彩葉の言葉が、昂る感情に浸潤する。
お酒は人を語らせる。
「いいこと言うねえ、彩葉」
「ね、だから恋愛するしかないんだよ。友達の結婚式で良い男捕まえて来いって言ったじゃん〜?どうなのよ」
「それは……」
彩葉の言葉に苦笑いで返事をした。友達の結婚式。即ち有馬の結婚式で思い当たる人は一人だけいるけれど、私は、彼との一夜を誰にも明かすことなく心に秘めていた。
愛のためにすべてを捨てられるといつか言えるのなら、運命の神様に宛ててお礼の手紙を書こう。私は元彼のために自分の尊厳諸共全てを捨てられなかった。だからきっと、運命とやらにまだ出会っていないのだ。早く会わせて下さい。出来れば早急に。私が腐れる前に。
「え……あやみ、まさかまだ引き摺ってるの?」
「そういうわけじゃ……あ、でもそういえば、類から二か月くらい前に連絡がきたんだよね」
類のことは思い出したくないし、もう二度と彼とは関わりたくない。しかし自分一人では避けようがない事態が少なからずあるのもまた悩ましい現実だ。
「え?そうなの?」
類の話をすると、彩葉は過剰に心配してくれる。
「うん。あ、でも“もう連絡しないで”ってすぐにメッセージ送ったし、それ以降音沙汰ないから平気」
「そっか……話してくれてありがとう」
優しくて、気が利いて、可愛い彩葉は私の結婚について一番心配してくれていた。結婚すると話してからも、結婚がだめになったあの日も。
祝儀は受け取れなかった。だから参列者へ祝儀の返却をした際、私は彩葉へ一番に会いに行った。
『私に遠慮なんかしないで。今から大変になるでしょ?足しにしてよ』
そんなふうに彩葉は私に優しい言葉をくれたのだ。まだ、私のことで気を揉ませているのかもしれない。
「仕事も順調だし、男性不信もそのうち新しい恋愛が出来るようになったら自然と治るよね」
自分に言い聞かせるみたいに意気込んで、もう一度ジョッキを掲げた。
根拠なく私を遠ざけようとするひと、意図的に私を否定する人。私を大切にしない人に自分の時間を使うより、そんなことより、今日のご飯や仕事終わりのお酒のことを考えた方が治安が良い。
「あやみ、そろそろお父さんも心配するだろうし、帰ろうか?」
「ええ?やだよ、まだ彩葉と一緒にいるー!」
「明日が休みならいいのにねえ。飲み行った次の日は昼勤希望を通して欲しいよね」
「社長に言おう。飲み会申請したら次の日昼勤可能」
「最高だ」
ふわふわとした思考回路であっても、もう、みっともなく喚いたりしない。もしももう一度奏叶さんに会うことがあれば、『おまえ、まだ吹っ切れてないのかよ』と笑われてしまう恐れがあるからだ。あの憎たらしいほどうつくしく、ニヒルな笑顔で。
有馬の結婚式から三ヶ月が経過した。季節は冬。
少し前まで私のなかにあった、私はこんな状況なのに、どうして世界は滅びないんだ?という不思議でたまらなかった、危険因子という名前の泥水は、私の中ですっかりと濾過されて、私は誰を恨むことなく、仕事に忙殺されていた。
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