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「おめでとう」
見上げる。彼の視線は変わらず会場を映している。彼の興味は今もなお、何処へ向けられているのか分からないのに、一体、何を祝ったのか。
「ブーケ。今更だけど、受け取れて良かったな」
初めて会う彼は、私がブーケトスに参加しようとしなかった、その理由を知らない。
「……私が貰うべきじゃなかった気もしますけれど」
「なんで?」
「私、彼氏にフラれたばかりなんですよね」
たとえばそこにどんなドラマが隠されていようとも、いくら時間が経過してもなお私の彩度は落ちたままだろうとも、いまや「あんなこと」というたった五文字で形容されてしまおうとも、とどのつまり、それだけのはなし。
「彼氏にフラれたならちょうどいいんじゃないの」
隣の人は身軽だ。私がお腹の中にどれだけ重たい泥水を抱えているか知らない。
「良くないです。おかげで今、男性不信なんですよ。次の恋愛に踏み込めない私が貰っても、ねえ?」
笑い話にされているのは知っている。ただ、私がそんな状況に陥っているのは誰も知らない。
「フラれた理由は?」
彼の興味が会場からこちらに向けられた気がした。
一種の興味。または、暇つぶしと捉える。
「……教えません」
恋人が私に興味を無くした理由はいくつかあった。そのどれもが私に落ち度はなくて、理不尽なものばかりだった。押し込まれた感情は出口を知らず圧迫され続けているし、それは私の情報を彼に開示する理由にはならない。
「どうして」
彼の口端は楽しそうに上がった。
「言ってもどうせあなたからの共感は得られない」
だから、可愛くない返事をする。
「あんた、めんどうだな」
「初めて言われました」
「どうも」
私への興味は消失したのだろう、彼はスマホをさわった。興味を持たれないことが心地よい。手持ち無沙汰になるといっとう睡魔が襲う。欠伸を口の中でころした。
「……寝ていいですか」
「どうぞ」
お言葉に甘えてまぶたを下ろした。どうせ、 眠れる気配は無いけれど、それでも、気は休まるだろう。
「…………はっ!?」
勢いよく目を開けた。視界は何故か天井を映すので驚いた。それから私を見下ろす、知らないけれど、見知った顔が至近距離に現れて二度おどろく。
「起きた?」
奏叶さんだ。
「起き……えっ、起きまし……え?」
「おはよう」
「おは……?」
キョロキョロと周囲を見渡す。先程と同じベンチと内装。しかし先程と違って彼のネクタイは緩んでおり、スーツは着崩されている。それに明らかに人の気配が皆無で、まるで異世界に放り込まれたような心地だ。
「ああ、つかれたー……」
しかし、現実世界は異世界でもなんでもなく、単純に時間が経過しただけだろう。
「ご、ごめんなさい、重かったですよね」
「超重かった」
「ご、ごご、ごめんなさい……!何か、お詫びを」
「それよりスタッフが迷惑してるから出よう」
「迷惑……?」
頭に疑問符を乗せると、その人は私にスマホの画面を見せた。時刻はしっかりと結婚式の終了時間を経過しており、思わず血の気が引いた。
「え……!?私、そんなに寝たんですか!?」
「全然起きないから死んだかと思った」
ゆるい笑みを乗せて立ち上がったその人は大きく背伸びをした。
「あの、二次会に行かなくて良かったんですか?」
「行きたくてもあんたが起きないから行けなかった」
「ご、ごごご、ごめんなさい……!!」
土下座する勢いで謝罪すると「付き合えよ」とその人は静かにつぶやくので「付き合う?」と首を傾げた。
「二次会。俺とふたりで」
妖艶な微笑みを浮かべるその人は、静かに私を誘惑する。
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