一条月華その2③

 二限が始まる直前、アキちゃんからメッセージが一つ。


阿東あとうから聞いてた話が役に立ったよ! ありがとなっ!』


 ものすごく上機嫌だが、自分の慕うお嬢様から大量の下着を提供されそうになったことは、気にしていないのだろうか? いや、気にしていたのはサイズか……。

 ということは、もしもサイズが合えば履いたと? それとも、頭にかぶる?

 中々に特殊な趣味を……いやいや、そんなこと些細なことじゃないか。


 どんな性癖があったとしても、アキちゃんは俺の真友ガチマブだ。

 満面の笑みで受け入れるし、ご両親には黙っておこう。

 それよりも、考えるべきは次の休み時間だな。


 アキちゃんから聞いた話によると、月華げっかの休み時間の行動パターンは主に二つ。

 一つ目が、俺にアキちゃんからのいじめを目撃させること。

 二つ目が、教室から出てきた俺と直接コンタクトをとること。


 ただし、二つ目の行動パターンに入るのには法則があり、一つ目の条件を満たした場合のみ、二つ目の行動パターンへ変化するそうだ。

 そういえば、昨日はバッチリいじめの現場を確認してしまっていたな。

 なので、今日は絶対にいじめの現場を目撃しない。二つ目の行動パターンに入られたら、アキちゃんと月華げっかの仲を深めるのは難しくなってしまうからな。


 というわけで、二限の休み時間になったので教室を出て、トイレへと向かおう。

 教室にいると宇宙そらに想定外のトラブルを発生させられる可能性があるし、廊下に出てアキちゃん達を探そうとしたら、いじめの現場を強制的に見せられるからな。

 安全な場所は、トイレ以外どこにも……


誠也あきなり、ちょっと待って!」


 と、そこで背後から声が一つ。宇宙そらである。ものすごく嫌な予感がする。


「どうした?」

「ちょっと私と話をしようよ。今後のこととか!」

「分かった。けど、その前にトイレへ――」

「そんなの後! 我慢できるでしょ」


 おい、ちょっと待て。まさかの宇宙そらからの足止めだ。


「あのね、次の休み時間だけど、一条いちじょうさんの様子を見に行かない? もしかしたら、また黒瀬くろせにいじめられてるかもしれないじゃん?」

「いやぁ~、今日は大丈夫じゃないかな?」


 おパンツが真っ黒で、俺に見られたら困るみたいだし。


誠也あきなり、そういう楽観視はよくないよ? 私達が目撃すれば、黒瀬くろせのいじめも今日くらいはおさまるかもしれないしさ、一条いちじょうさんを助けるためにも探しに行こうよ」


 正義感が奇跡を起こして、正解を引き当ててやがる……。

 俺が現場を目撃すれば、アキちゃんは今日のいじめをやめることができる。

 しかし、その後に……いや、待てよ。


「だとしたら、動く意味が出てくるかもしれないな」

「でしょ?」


 先程の休み時間もそうだったが、月華げっかはいじめの現場を目撃してもらえないと、自分がどんないじめをされるかばかり考えてしまう可能性がある。

 そうして、俺のことしか考えていないとなると、アキちゃんが目に入らない。

 だが、逆に俺がいじめを目撃し、月華げっかの望むリアクションをすれば、それはアキちゃんの手柄になる可能性がある。

 つまり、アキちゃんは月華げっかの好感度を得られるというわけだ。

 よし。それでいこう。

 わざといじめの現場を俺が見ることで、アキちゃんの評価を――


あきら、脱ぎなさい』


 その時、俺が装着したワイヤレスイヤホンから月華げっかの声が響いた。

 この女は、なぜアキちゃんに脱衣を要求しているのだ?


『ですが、月華げっか様……』

『先程の授業中に考えたのですの。わたくしは、どうしても誠也様を悩殺したいですわ。ですが、今の下着ではそれは不可能に近い。……そこで、思いつきましたの! わたくしあきらの下着を交換すればいいと!』


 この女、いよいよ頭がおかしくなったのか? いや、元からだ。


『ダメですって! そもそも、サイズが合いませんよ!』

『ごちゃごちゃ言わずに早くなさい! 下だけなら問題ないでしょう!』


 性別という問題は、気にしていないのだろうか?


『あっ!』

『ふむ……。白の清楚な感じですわね』


 どうやら、アキちゃんは月華げっかによってズボンを脱がされたらしい。

 というか、白の清楚な感じだと?

 つまり、アキちゃんは…………ブリーフ派か!

 てっきりトランクスだと思っていたのだが、ブリーフか……。


月華げっか様、やめて下さい! 俺、恥ずかしいです……』

『何を恥ずかしがることがあるのです』


 恥ずかしがることしかないわ。

 女子から問答無用で脱がされて下着を凝視されるなんて、恥ずかしいに決まってるだろ。


『さ、早くそれを渡しなさい。それとも、わたくし自ら脱がせましょうか?』

『…………自分で脱ぎます』


 アキちゃんが、声を震わせながらそう言った。

 ワイヤレスイヤホンから聞こえる衣擦れの音。

 今、アキちゃんは慕っている女性の前で、ブリーフを脱いでいる。

 なんということだ……。


『ふぅ……。これで、次の休み時間に誠也あきなり様に下着を披露しても問題ありませんね』


 問題しかねぇわ。

 なんで、ブリーフ着用のお嬢様を見なきゃならんねん。


『さ、アナタもはきなさいな。無着用など、一条いちじょう家の恥でしてよ』

『…………はい』


 ブリーフを着用するのは恥じゃないんかい。どうなってんだよ、一条いちじょう家。


「じゃあ、決まりだね! 次の休み時間は一条いちじょうさんの様子を見に行こっ! やっぱり、すごく心配だしさ……。何かひどい目にあってないといいんだけど……」


 むしろ、ひどい目に現在進行であっているのは、アキちゃんです。


「いや、やめておかないか? 色々と衝撃的な光景が広がる可能性が……」

「ダーメ! さっき、悪くないって言ってたでしょ? 男なら、二言はなしだよ!」


 まずいぞ……。このままでは、次の休み時間にブリーフお嬢様を見る羽目になる。

 しかも、女性ものの黒の下着を着用したアキちゃんとも出会う羽目になる。

 いったい、どうすれば……ん? アキちゃんからメッセージだ。


『絶対に、今日は俺と月華げっか様の所には来ないでくれ。本当に、お願い……』


 切羽が詰まりすぎてて、困っちまうぜ。


誠也あきなり、どうしたの?」

「ああ、気にしないでくれ。ちょっと親から連絡が来ただけだから」


 えーっと、アキちゃんは月華げっかの下着をはいているわけだし……


『はみ出てない?』

『……死ね』


 やっぱり、アキちゃんは照れ屋さんだな。

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