横倒しの重力地場

ちびまるフォイ

天地無用

目が覚めたら壁に張り付いていた。


「ど……どうなってるんだ……?」


ベッドや家具も壁に吸い寄せられているようだ。

壁に立つと床がそびえ立っている。


「重力が横になってる?」


夢でも見ているんじゃないかと思ったが、

横倒しの重力に引っ張られ壁に落ちてきた電子レンジを見て

ああこれは夢じゃないとわかった。


「あっぶねぇ!!」


ハッキリと死を実感した。

あいまいな夢の中で走馬灯を見ることはないだろう。


「外はどうなってるんだろう」


玄関は頭上にあるので届かない。

足元の窓をそっと開けて、外の様子を見ようとした。

これが間違いだった。


「うわっ!」


家の壁というストッパーが失われ、道に沿って落ちてゆく。

まるでスカイダイビング。


もっとも落ちていく先は地平線だが。


「やばいやばい!! これ変なところに衝突したら死ぬ!」


密集している住宅街ならいざしらず。

この限界集落のようなスッカスカの場所では、

落ちていく最中に捕まる場所など無い。


地平線に向かって落ちていって、

どこかの商業ビルにでも激突したら飛び降り自殺同様に死ぬ。


ひしゃげたトマトみたいな自分の姿が脳裏に浮かぶ。


「た、助けてーー!!」


投げ縄の一つでも持ってくればよかった。

そうすれば道路に生えている電柱にでも巻き付けて固定できたろうに。


今はパジャマでなんの道具も持ってきていないストロングスタイル。


この先に待っているのは運良くどこかで止まるか。

もしくは落下の末にトマトになるか。


「お、落ちるーー!!」


落下速度は加速度的に増えていって、もう息すらできない。

目を開けることできずただ祈るばかり。


そのとき、急に体が網に引っかかって急ブレーキ。


「と……止まった?」


顔を上げると、道幅いっぱいに網が張られていた。

まるで追い込んだ魚をまとめて取るような仕掛け。


網から体を起こすとやってきたのは銃を持った軍人。


「ヘイ、ユー。貴様どこから来た?」


「え……ど、どこなんでしょう。

 自分でもどれだけ落ちてここに来たのかわからなくて」


「ここは、〇〇国だ。そしてこれは国境網。

 貴様はパスポートも出さずに国を越えようとしていた」


「こ、国境!?」


「パスポートと、国境税を払うんだ。

 さもなくば体に新しい穴ぼこができる」


「いやいやいや、この服装を見てわかるでしょう!?

 本当に何も持ってないんですって!」


「答えはノー、というわけか」


「いや悪意はないってところを汲み取ってください!!」


「悪意なき国境侵犯する逆賊に鉄槌を!! ジャスティス!!!」


「ちょちょちょちょ!! 撃つなーー!」


銃口を突きつけられたとき、部下らしき人がやってきた。


「ボス! ボス! 大変です!」


「なんだ。今、犯罪者を裁くところだったのに!」


「それどころじゃないです。早く避難してください!」


「避難? この武装と、これだけの軍がいて。

 いったい何に恐れる必要があるんだ?」


「海が!! 海が落ちてくるんです!!」


「ワッツ!?」


上を見上げた。

いったいどこから落ちてきたのだろう。


重力により引き寄せられた海があらゆる頭上のものを巻き込みながら、

まっすぐこちらに落ちてくるが遠巻きに見えた。


「オーマイガー……」


津波なんてチャチなものではない。

海の水量がそのまま横滑りしてきている。


あまりの迫力に誰もが動けなくなった。


「い、いまだ!!」


どうせここにいても撃ち殺されるか。

もしくは海に飲まれて死ぬしか無い。


横目で見つけた道路のマンホールを開けて横に滑り込む。


その瞬間、落ちてきた海にすべてが飲まれたのが見えた。

マンホールの入口からは滝のように流れる海水だけが見える。


「危なかった……」


マンホールの梯子に引っかかりながら奥へと進んでいく。


てっきり下水につながっているのかと思ったが、

明らかに人じゃない生物が作り上げた形跡が残っている。


地球上で見たことの無い文字。

人間の文明が追いつけない形の掘り方。


入口こそどこにでもあるマンホールで偽装されていたが、

ここは明らかに異星人たちの住処だったはず。


そんな異星人だか地底人だかも、

今は横倒しになった重力により何処かへ落ちたのだろう。


「これは……?」


その先に進んでいると青白く光る大きな棒があった。

台座らしきものがあり、その横に倒れている。


本来は台座に固定されていたのだろう。

なにかの衝撃で倒れてしまったようだ。


「台座になにか描かれている。この棒は……重力か?」


台座には説明書をかねた絵が描かれていた。


棒を真っ直ぐ立てた絵。

そして垂直に重力が働いている様子。


棒が横倒しになっているということは。


「これが倒れてしまったから、地球の重力が横になったのか」


意図せず自分が地球の救済者になるかもしれない。

早く重力を戻さないと、海が地球を一周して何もかも飲み込むかもしれない。


青い地球に陸がなくなるより先に重力を起こさなくては。


「重いな……。よいしょっと!」


大きな柱ともいえる重力棒を台座に立てる。

重力の変化は感じない。


ここは重力の影響を受けない場所なのかもしれない。


「よし、横倒しになった重力がもとに戻ったぞ。

 これまで通り垂直の重力になるはずだ」


神聖な重力の祭壇を後にする。

マンホールから外に出れば自分は英雄だ。


地球の重力を立て直した人間として、

きっと世界から永遠に表彰され続けることになるだろう。


「さあ、英雄の凱旋だーー!」


マンホールを開けた。

開けた瞬間、重力の保護が外れて体が浮き上がる。


「うわっ! なんだ!? 空に! 空に落ちる!!」


体が地面から離れていく。

地面に生えていたあらゆる建造物が空に吸い込まれる。


一体何が起きたのか。

自分はたしかに重力棒を垂直に……。


「あっ」


ひとつだけ心当たりがあった。

横倒しになった重力棒を立てたときだった。




「もしかして、上下逆だった……?」




やがて体はまもなくオゾン層を突っ切るところまで落ちていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

横倒しの重力地場 ちびまるフォイ @firestorage

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ