蔦屋と写楽
坂本 光陽
第1話 素人絵師①
酒は好きであるが、酔いが回ると舌が馬鹿になるのか、微妙な味がわからなくなる。普段なら深酒はしないのだが、今夜は飲まずにはいられなかった。
お江戸の夜は元より暗いのだが、八丁堀のそれは一際暗く感じられる。まるで星ひとつ見当たらない真っ暗闇のようだ。いくら情熱を傾けてみても、工夫を凝らして検討を重ねてみても、
「まるっきり納得がいかねぇな」
蔦屋重三郎とは言うまでもなく、
だが、「寛政の改革」は蔦屋の人生を一変させた。風俗取り締まりの出版規制によって、蔦屋の手掛けた
幕府のやり口は
「しゃらくせい、今に見てやがれ。世間をあっと言わせてみせるぜ」
「あっと言わせるのはいいが、真っ当なやり方で頼むよ」一緒に飲んでいた年配の男が口を開いた。「お上と喧嘩しても、一銭の得にもならない。人間、真っ当なのが一番だ」
「おっ、又さん、何だい、そいつは説教かい」
「説教じゃない。世の
又さんとは又座衛門こと、国学者・歌人の加藤
「気に入らねぇな。大いに気に入らねぇ」
蔦屋が杯を壁に向かって投げつけようとしたので、又座衛門は慌てて制止する。
「そろそろ、お開きにしようか。ほら、親父さんが迷惑そうな顔つきだ」
ところが、蔦屋はゴロリと座敷に横たわり、そのまま寝込んでしまった。見かけ以上に酔いが回っていたようだ。いくら身体をゆすっても起きやしない。おぶって帰ろうにも、高齢で腰痛もちの又座衛門には無理な相談だ。
又座衛門が途方に暮れていると、折よく
「申し訳ない、加藤殿。どうにも外せない用事があったもので……」
「斎藤さん、何をしていたんだい。蔦屋さんは、ほら、この通りだ」
斎藤と呼ばれた男は、又座衛門から見たら息子のような年頃だが、毅然とした佇まいから、一見して士分の身であることがわかる。
斎藤十郎兵衛。この時、三二歳。阿波藩主
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