滅んだ世界の花々と動かない回転木馬
桜森よなが
マナとキコ
人類が私と私の親友――キコを除いて滅んでから一年が経っていた。
私はキコと二人で、この荒廃した世界をずっと旅していた。
「きれいね」
と世界を覆いつくす花畑を見ながら、キコは言った。
「あたし、皆が生きていた頃から、ずっと思っていたの、人間なんかいない方が、世界は絶対美しいって」
「ちょっと、わかるかも」
「マナなら、わかってくれるって思ったわ」
と花が咲くようにキコが笑う。
でも、一見、ただ綺麗なこの景色も、よく見ると、醜い人間の死体が花に隠れるようにして大量にあることに気づいてしまう。
ああ、こんなにじっくり見なければよかった。そうすれば、美しいものだけ見て生きていくことができたのに。
「ねぇ、ところで、キコ、あれ、なんだろ?」
と私がはるか先を指差すと、キコは目を細めて、顔を前に出して、
「どれどれ……ああ、あれ、たぶん、遊園地だよ」
少し早足でそこへ向かうと、たしかに遊園地みたいだ。看板があって、そこに〇〇遊園地と書いてある。〇〇の部分は、文字が剥げて、なんて書いてあるか、読み取れないけど。
「入ろう、ここに」
とキコが私の手を取って、遊園地の中へ入っていく。
中は当たり前だけど誰もいなかった。
動かないジェットコースターやコーヒーカップや観覧車やメリーゴーランドが私たちの前に現れる。
私たちの足は自然と観覧車の方へ向かっていた。
当然だけど、乗ることはできない。
私が観覧車の一番上の方を見ていると、キコも顔を上に向けながら言う。
「ねぇ、皆が生きている頃にさ、恋人ができて、この遊園地に彼氏と行っていたら、夜、この観覧車に乗って、いいムードになって、夜景を見ながらキスとか、したのかな?」
「さぁ、わかんない、でも、私はしないと思う」
なんだか、キコに彼氏がいると思うと、嫌な気分になった。
別に、キコにキスしたいとか、深くつながりたいとかは思わないのに。
ただ、ずっと一緒にいたいと思った、傍にいると幸せだった。
友達、よりも上な気がするけど、でも、恋人と言われると、それも違う気がする。
なんなんだろう、私にとってキコは。
キコにとっても、私って何なんだろう。
私たちは、次にメリーゴーランドへ向かった。
そして、回らない動物たちの中の一体である白馬に、私と彼女は一緒に乗った。
「ちっちゃいころ、白馬の王子様がいつかあたしのもとに来るって思ってた」
「私も白馬の王子様に憧れてた頃がある」
「今は?」
「今は憧れてない、キコは?」
「あたしも、憧れてない」
「そっか」
「ねぇ、マナ、もし生きている男がここにいたら、どうする?」
「いないよ」
「もしいたら、だよ」
「うーん」
「もし、その男が美形で、マナのすごいタイプだったらどうする? それで向こうもマナのこと好きだったら、どうする?」
「うーん、どうしよう……どうもしない、かな」
「なんで、恋人が欲しくないの?」
「うん、私、彼氏いらない、キコがいれば、それでいい」
「そっか、あたしも、マナさえいればもうなにもいらないかな」
それからも、私たちは、この寂れた遊園地で、ずっと遊んだ。
永久に続くんじゃないのかってくらい、ここに二人でいた。
でも、永遠なんてあるわけがない。
全ては、いつか朽ちていくのだ。
どれくらい遊んでいただろう。
もう覚えていないくらいの時間をここで過ごした。
数えきれない夜を越えて、何度目かわからない朝の景色を見ていると、さびついた観覧車が、ガラガラッと崩れ落ちていくのが遠目で見えた。
メリーゴーランドの白馬たちもドサドサッと地面に落ちて、まるで生きていた動物たちがついさっき死んでしまったかのようだった。
ぶわっと強い風が吹くと、花々が一斉に飛んだ。
いや、散っているのだ、どんどん、どんどん……。
ああ、あれだけきれいだった花畑が、もはや花畑とは呼べないような光景になってしまっている。
ああ、でも、なんて、なんて美しいのでしょう、あんなに色鮮やかに咲いていた花々が、その花弁を散らして、ひらひらと空を舞っていくのは。
「きれい、ね……」
頭がなんだかぼーっとしていく中、そう言うと、隣にいたキコが眠そうな目をして、
「うん……ほんと、すごく、ね……」
彼女が今、私と同じ感動を味わってくれていることが、これ以上ないくらい、嬉しくて、幸せで、だからもう何もいらないって思った。
私は薄れていく視界の中、彼女と肩を寄せ合って、散っていく花々を最後の一つになるまで、見届けた……。
滅んだ世界の花々と動かない回転木馬 桜森よなが @yoshinosomei
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