*2「戯曲のアビスステラ」①
-前回のあらすじ-
貧民街で暮らすスピカは、星空の少女スターライトと出会った。
彼女が持ち去った"アビスステラのアーティファクト"を奪うため、ゲマノフを筆頭にze_taの執行者は動き出した。
逃避行の道中、スピカとスターライトはゲマノフに追い詰められる。
突如劇場に現れゲマノフとze_taの執行者たちを一掃した月ノ宮有朱もまた、
アビスステラ使いであった。
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-----Rising Sun-----
「さぁ!行くよ!!」
「スピカ…?」
「うん!スターライトが無事で良かった!」
「スピカは…大丈夫なの?」
「うん、なんとかね!全部が燃えている感じだ」
「アビスステラが…スピカに…」
スターライトの瞳に映るスピカは、
プロミネンスのような逆巻く赤髪と、ブラックフレアのコートに身を包んでいた。
その常世離れした姿に、戸惑いを隠せずにいた。
だが、スターライトの心配に反して、スピカはどこか心地良さそうな顔をしている。
「あまり感動をしない方がいい。お前はここで切り裂く。」
月ノ宮有朱がハサミを構える。
取手に棘が付いた無彩色の刃。
羽織っている着物と同色の刃は、その大きさを惑わす。
左手で逆手に持った刃は光に反射せず、交差する鈍い黒白が存在感を放っている。
自身の身体に等しいほど大きな刃。
しかし重さを感じるような素振りは見せず、慣れた道具を扱うような軽々しさが窺える。
「着物のお姉ちゃん!名前教えてよ!」
「私の名は、月ノ宮有朱。」
「アリス!私はスピカだよ!」
「そうか。すぐに忘れる。」
「やっぱり…どうしても戦わなきゃ、だめ?」
「その腑抜けた魂ごと切り裂く。」
「わかった、でもスピカはやられないよ!」
スピカも有朱に向けて御杖を構えた。
燃え尽きたあとの灰燼のような円柱。
内側には夜空に浮かぶ恒星のような瞬きと、赫い光が不規則に流れている。
有機物のような質感と科学的な光沢は、異質な存在感を放った。
スピカはこの御杖を身体の一部のように感じていた。
アビスステラが生み出したこの1メートル半の円柱は、スピカの鼓動と共振するような感覚がある。
「…。」
「え…」
御杖を構えたと同時に、
月ノ宮有朱は目の前に現れハサミを振りかぶっていた。
動きを認知することも無く目の前に現れた。
人の動きによって生じる音や風、そういった副次作用が無い。
始めからそうしていたような。
スピカが感じた違和感よりも、危険信号による身体の動作の方が速かった。
辛うじて御杖でハサミの斬撃を防ぐことが出来た。
「うわ!」
「流石は、"アビスステラ"か。」
「は、速い」
「遅い。」
二撃目の斬撃は防ぐことが出来ず、後方へと叩き飛ばされてしまった。
背中と激突した壁面はひび割れ抉れた。
普通であればスピカの肉体は無事では済まないような衝撃だ。
だが、スピカは御杖をステッキのように地につけ立ち上がった。
「いたた…」
(馬鹿やろう!死にたいのか!)
「火の玉くん!」
スピカに火の玉くんが語りかける。
火の玉くんこと不知火の声は、口を介さず思念のように放っている。
「スピカ…?誰と話しているの…?」
「妖魔か、白延燦。余計なことを。」
月ノ宮有朱は不知火に鋭い眼差しを向けた。
「妖魔…?はのざん…?」
「スターライトには火の玉くんが見えていないの?」
「う、うん…」
「この辺にいるんだよ!」
スピカは自身の右肩あたりを指した。
スターライトは指差した所へ目を凝らすも、やがて眉間に皺を寄せた。
「託宣を受けたとて。」
「うわ!来たッ!」
有朱が目の前に現れる。
動作の感じない移動。
空間に伝わる作用の無い挙動に心臓が跳ね上がる。
反射神経だけを頼りに振り返った斬撃を御杖で受け止める。
「どうして、こんなに速いんだ!」
(時間を止めてやがる)
「え、時間を?」
(ああ、エリート妖怪のおれにも瞬間移動を感知出来ないからな)
「そうなの?アリス!」
「滑稽な。」
「いない!いや、後ろッ!」
背後に回り込んで振りかぶっている有朱に、御杖で防御姿勢を取る。
「グわッ!!」
しかしハサミの斬撃はフェイントだった。
有朱はスピカの鳩尾に蹴りを入れた。
スピカは数メートル吹き飛ばされた。
劇場の椅子の背に足が絡まり、身体が反転した。
地面に叩きついた頭に、鈍い痛みが走る。
「スピカ…!!」
「ぐ、強い…」
「に、逃げよう…」
スターライトは瞳に涙を浮かべた。
「だめだよ、スターライト…ここで逃げてしまったら、これから先スターライトを守れない…!」
「私のことなんか…!スピカにこれ以上、傷ついてほしくない!」
スターライトが駆け寄り、スピカの肩に手を掛けた。
苦悶を堪える表情に心が痛む。
「その程度か。太陽の。」
有朱が近づいてくる。
スピカは有朱の行動に疑問に感じていた。
「ねえ、アリス!どうして手加減しているの?」
「…。」
「時間を止められるなら、いつでも殺せるはずだ!なのにそうしない、ホントはアリスだって戦いたくないんだ!」
「それはどうかな。」
「消えた!」
「スピカ、後ろ!」
後ろから迫り来るハサミを御杖で受け止める。
お互いの武器が衝突し、高い衝撃音が劇場に響く。
(おい!スピカッ!守ってないで攻めやがれ!)
「そんなこと言っても、どうしたら!」
(星の力を使え!)
「星の力?」
(そうだ!今のお前はアビスステラにより、身体能力こそ向上したが、能力が発現していない)
「もしかして私にも時間を止めれるの!?」
(やってみなきゃわかんねー!だがこのままだと殺されるのを待っているだけだ!)
「どうすればいいの!?」
(わかんねー!!)
「役立たず!!」
(なんだとー!!)
「ちょッ…!タンマ!!」
スピカがそう言うと、有朱はハサミを下ろした。
やがて有朱は宙を舞うように後方へと跳んだ。
裾の長い羽織が風に揺れ、慣性に従い着地と同時に垂れ下がった。
「…。」
「あ、タンマしてくれた!ありがとう!ねえアリス!!星の力ってどうやって使うの!?」
それに対して、有朱は何も言わなかった。
「教えてよー!!」
「私は敵だ。」
「えー!スターライトは?知らない!?」
スターライトは俯きながら答えた。
「星の力…!駄目だよ。」
「スターライト、どうして駄目なの?」
「覚醒したら、もう君は元には。人間に戻れなくなってしまうんだよ」
「覚醒…」
「今ならまだ間に合う。アビスステラを吐き出して!」
「吐き出す…」
「スピカを争いに巻き込みたくない。アビスステラを…月ノ宮有朱に渡そう…」
スターライトの目は真剣だ。
彼女の芯がある瞳は揺らぐことなく、スピカを見つめている。
その表情から彼女の思慮が伝わった。
きっとスターライトも、スピカのことを守りたいんだ。
それはスピカも同じだ。
アビスステラは争いを呼ぶ、星の力。
スターライトは争いが起きて欲しくないから、アビスステラを持って逃げてた。
「渡したら駄目なんだよね、だってスターライトはここまで頑張って逃げたんでしょ?」
「でも、トワイライトに…ze_taの執行者たちに渡すよりは良いのかもしれない…」
「本当にそれで良いの?」
スピカの問いにスターライトは俯いたまま呼吸の音で返事をした。
「スターライトが何を背負っているのか、私にはまだわからない。けどひとつだけわかるよ、スターライトが1人で抱え込んでいるって」
「スピカ…」
「私じゃ頼りないかな?スターライトの背負ってるもの、スピカにも背負わせてよ」
スターライトは俯いたままだ。
「スターライト!!」
「本当に、いいの…?」
スターライトは顔を上げた。
涙に躊躇いが混じり苦しそうな表情を見せた。
「当たり前じゃん!それにもう引き返せないんでしょ?」
「そうだね。アビスステラに選ばれた以上、簡単には戻せないのかもしれない…」
「そうだよ、そんなこと食べたスピカが一番わかってるよ!」
「でも、もしかしたらまだ間に合うかも…!」
「あの時は衝動的に食べたけどさ、スピカは覚悟を決めたんだ。スターライトを守るって!だから進もう、スピカはスターライトと明日をみたい!」
スターライトは少し間を置き、決意を固めたようにスピカに視線を合わせた。
「…わかった。お願いスピカ、私を守って…!」
「うん!」
「手を…」
スターライトに促され、手を重ねた。
触れた手の指はほんのりと温かく、
風で靡いた髪からは微かな甘い香りが鼻腔を通り抜ける。
スピカの手と、スターライトの手が絡み。
心が重なり合う。
星のコアが星空の翼と共鳴する。
「来るか。」
月ノ宮有朱は静かに高揚していた。
アビスステラ使いと相対することは、これが初めてだったのだ。
彼女が生きてきた1000年以上の歳月。
これまでもアビスステラを手にした者は存在した。
しかしそのどれもが、星の力に耐えられることは出来なかった。
「スターライトが流れてくる…」
アビスステラに力が溢れ出す。
中核に在る星のコアが燃える。
身体の中心が熱くなる。
でもどこか心地よいようにも感じる。
これが、星の力。
全てを燃やし尽くす。
-Eternal Prominence-
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