クラスのアイドルが幼なじみであることをまだ誰も知らない。

杏介

アイツと俺との立場の差

プロローグ 手の届かない、身近な彼女。

 桜が咲く春を迎え、今年から県内でも有数の進学校、西にし高校に進学を果たしてから早一ヶ月。


 新学期特有の浮かれたムードは徐々に落ち着きを取り戻しつつあり、俺を含めた新一年生も校内の環境に慣れつつある今日この頃。


 俺が在籍する1年2組ではすでにクラスメイトの勢力図、俗に言うクラスカーストが築かれている。


 中でも、特に頭角を現しているのは──間違いなくアイツ、三月みつき冬香ふゆかだろう。


「冬香ってほんと肌綺麗だよねぇ〜⋯⋯何をどうすればそうなるん?」


「え。別に特別なことはしてないよ? ただ早寝早起き、朝昼夜で健康的な食生活、こまめに運動もして体を温めれば誰でもこうなると思うけど⋯⋯」


「うへぇ、さすがは冬香、完璧超人すぎるぅ」


「え、ええ〜? もぉ、沙耶さやちゃんってば大袈裟すぎるよぉ〜」


 始業前、教室での休み時間中、窓際のスペースで雑談をする4人の女子グループは2組の中核を担う心臓とも呼ぶべき立ち位置にある。


 その中で最も存在が際立つアイツ、三月冬香は2組の誰もが認めるカーストトップ、誰が口にしたか『クラスのアイドル』。


 背中にスゥッと這う茶色がかった長い髪におっとりした面立ち、争いとは一切無縁であると主張するかのように線が細く、華奢な骨格。


 柔らかな言葉遣いと人間性でクラスの男子全員の心を鷲掴みにし、最近だと2組のみならず他のクラスでも三月冬香の噂が流れてしまうほどの影響力。


 教師からの評判もとても上々で、正に在るべき生徒の模範に相応しい『才女』として、今一学年で最も注目を集めている美少女だ──と。


「⋯⋯昔はあんなんだったくせに」


 周りはそう持ち上げるが、俺だけは知っている。


 本来のアイツはドジで、泣き虫で、何でもかんでも甘えたがりで──全然特別なんかじゃない、誰とも大差変わらないただの子供だってことを。


「⋯⋯。ふふ」


「? 冬香、今誰に手ぇ振ったの?」


「へっ? あ、う、ううんっ、なんでもないよっ」


 遠くから様子を見つめる俺に気付き、ひらひらと手を振って反応してみせた冬香は慌てふためいて姿勢を正していた。


「⋯⋯たく、あのバカ」


 相変わらず軽率で危機感が足りてない。


 この場で俺との関係性がバレたら周りからどう反応されるか、容易に想像はつく。


 詰め寄られ、問い詰められ、冬香との仲を取り持ってもらおうと、俺をいいように扱うのだろう。


 そんなのは当然ゴメンだ。俺は、高校では地味に無難に平凡に、悠々自適なスクールライフを満喫すると決めているのだ。


 だから俺は決心した。ここでは極力、冬香とは関わらないように過ごしていこうと。


 それが俺のためであり、アイツのためでもあるから。


「ほんと、なんも変わってねえ⋯⋯ふあ、ねむ」


 眠気に誘われ、俺は机に突っ伏して目を瞑る。


 誰も知らない、知らせてはならない。


 俺と、アイツの関係性。



 ──クラスのアイドルが幼なじみであることを、まだ誰も知らない。



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