笑わせ太郎と笑う加代

怪々夢(ケケム)

第1話

 相手を気に入れば、カップル成立。もっといい相手を目指すなら、断りを入れてトーナメント上位者とのお見合いを繰り返す。それが、『お見合いトーナメント』なのだ。

 トーナメントはホテルのラウンジを借り切って開催されていた。トーナメントはその過酷さから、お見試合とも呼ばれ、出場者は、己の技の全てと、プライドをかけて戦う。

 僕は一回戦で一言も発せず、早々に脱落。勝ち残りのお見合いを眺めるだけの傍観者になっていた。

 その僕が、敗者復活者として選ばれるなんて。しかも相手は決勝進出者の広井加代さんだ。加代さんは豊満な胸がこぼれ落ちそうなをドレスを着て、モナリザの様な微笑を湛えている。

「いやぁ、広井さんは本当にお綺麗ですね?モデルみたいに綺麗だから、僕、緊張しちゃって」

「でも整形ですよ?」

 広井さんはこともなげに言う。空気も揺らさずに。

「えっ?整形ですか?その巨乳も整形なんですか?」

「胸は本物です。高村さん、胸ばかり見ていたんですか?」

「いえ、見てないです。ただあまり大きかったので」

「じゃあ、見てるじゃないですか?」

 いやぁ、面目ないです。お胸を拝見しておりました。

「整形はお嫌いですか?」

 僕はハンカチで汗を抑えながら、改めて広井さんの顔を見た。長い黒髪を胸の前まで下ろしている。大きいけど、涼しげな目が真っ直ぐにこちらを見ている。どうして嫌いと言えようか。

「好きです。でもどうして整形に踏み切ったのですか?」

「プロフィール画像を間違えてしまったのです。モデルのナナミさんの写真で登録してしまったので、それに合わせて整形しました」

 だったら画像の方を修正するよね?と言う当たり前の疑問は封印した。

「ご家族の方は、整形について何か言われませんでしたか?」

「はい、弟が、前の姉ちゃんの方が好きだったと言って、騒ぎまして」

「まぁ、そうでしょう」

「ええ、弟が、私に恋愛感情を抱いてるなんて初めて知りました」

 えっ?そっち?この話題はこれ以上踏み込むのが怖いな。きっと弟くんもこの巨乳に人生を狂わされたんだな。

「ご両親は?お父様は何か仰いませんでしたか?」

「私の父は、美容外科の専門医なの。これも父の作品。私は母から産まれたけど、ある意味、父からも産まれたの」

 上手いこと言うなぁ。話に引き込まれてしまう。会話のペースを完全に握られている。

 周りを見ると、広井さんに見とれている男達に混じって、一回戦の相手、八橋雪が冷ややかな表情でこちらを見ている。

 そうだ。同じ失敗を繰り返す訳にはいかない。頑張らねば。つい鼻息が荒くなる。それに、もう既に、広井さんのことを好きな自分がいる。

「一週間前の話なんですけど、夜中に小腹が空いて、冷凍たこ焼きをチンしたんですよ。冷凍たこ焼きって、中々解凍出来ないじゃないですか?それで、ちょっと多めにタイマーをセットしたら、たこ焼きが焦げて炭みたいになって、部屋中が煙で凄いことに。慌てて窓開けて、玄関も開けて、そのままじゃ風呂にも入れないから、煙が落ち着くのを部屋でじっと待っていたと言う。未だに電子レンジが焦げ臭いから、毎日ファブリーズを吹きかけているんですよ」

 広井さんはくすりともせず、「大変でしたね」とだけ言って、こめかみの辺りを手で押さえている。

 ちらりと八橋を見ると、親指を下に向け、ブーイングしている。そうだった。この女にも同じ話をして滑ったのだった。


 私はこめかみを刺激した。こめかみを押しながら、深呼吸すると、笑いを堪えることが出来る。最近開発した技だ。

 この高村太郎と言う男、頭おかしいんじゃないか?何で一回戦で滑ったネタを、私に披露する?思わず、笑ってしまいそうになるではないか。

 私は整形をして、美貌を手に入れた。でも手術自体は失敗だった。筋肉が引きつって上手く笑えない。笑うと顔に激痛が走るのだ。

 でもいいじゃないか?笑う事に何の意味がある?笑っても心は満たされない。

 トーナメントに参加したのは、つまらない男を見つけるため、勝ち進むつもりなんて無かった。それでも決勝に進出したのは、顔が良すぎるのね。

 私は元来、笑い上戸である。私の友達は、よく笑う私が好きだと言う。演技をしてきたつもりはない。ただ、役割を果たそうとしてきた気がする。笑えなくなって、初めてその事に気付いた。よく笑う広井加代。それは本当の私ではない。

 私は一生笑わないと決めた。一生、一笑もしないと決めた。『おっとっと』なのに高村は私を笑わせようと必死だ。それが私のツボにハマってしまう。計算外だった。一回戦での高村のお見合いを見た時は、理想的な男だと思ったのに。笑わないで済むと。

 高村はぽっちゃり系で、ハンカチでしきりに汗を吹いている。笑い話をする時の癖で、団子っ鼻を引くつかせる。ああ、また、鼻を引くつかせた。面白い事を言う気だな?勘弁してよ。

「僕、お笑い芸人の泥団子ピカピカが好きなんですよ。ちょっとギャグやってもいいですか?」

 高村は顔を真っ赤にさせている。そりゃそうだろう。ホテルのラウンジにギャグは不釣り合いだ。しかも泥団子ピカピカ?私の推し芸人じゃん。元、だけど。

 高村は両手の指を組み合わせて、大きなげんこつを作ると、そのげんこつをゆらゆらと揺らした。

「四十六億年前の地球!」

 こいつぅ、オリジナルギャグじゃねぇか、泥団子ピカピカ関係ねぇじゃか。


 十一月だと言うのに、ホテルはすでにクリスマス装飾がなされていた。僕がギャグを披露した時、空調が効いていた筈のホテルの気温が下がり、観客達はジャケットを羽織ったり、シャツのボタンを閉めたりしていた。

『誰か止めろ、このままじゃ死人が出るぞ』

『居た堪れない。まるで私が滑ったかの様』

『かつてここまで悲惨なお見合いがあっただろうか?シェイクスピアでもこの悲劇は描けまい』等の声が聞こえてくる。

 僕はこの日のために用意してきたメモを見た。もう話のネタは尽きてた。しかしメモの最後に『以上のことを津軽弁で話す』とあった。そうかしまった。訛りを入れるのを忘れていたのだ。そりゃウケないよね。今から自然な形で訛れないだろうか?

 そう決意した時、メモが風に吹かれてヒラヒラと舞い落ちた。拾い上げるウェイター。ウェイターは、オーダーを復唱する時みたいに通る声で読み上げた。

「以上のことを津軽弁で話す」


 ウェイターが高村のメモを読み上げた時、私は、いや、この場にいる誰もが戦慄した。

 まさか、今から津軽弁で話し始めるのか?いや、流石にそんな突拍子もないことは出来ないだろう。皆が訛りに備え身構えた。

「はぁ、ウェイターさん、メモ読み上げちゃ駄目だべよ。今からぁ、ネタ披露すてぇ、爆笑王に俺はなるっす」

 何弁?津軽弁なの?高村は真剣な表情だった。訛りとのギャップがあって、最高に面白い。

「あんのぉ、一週間前の話だけんど、小腹が空いて、冷凍たこ焼きをレンジでチンしよったけんど、多めにタイマーセットしたら、焦がしちまって、」

 高村の奴、今までの流れを訛りを入れて、一からやり直すつもりだ。私は、ついに限界を迎え、笑い出してしまった。

「何で急に訛り出したんですか?いい加減にして下さい、面白過ぎます。高村さん、どうしたんですか?さっきからずっと面白いじゃないですか?」

 高村の表情には驚きと喜びが見て取れる。

「え?僕が面白い?本当ですか?」

「本当です。高村さん、面白いです。申し訳ないのですが、貴方とはお付き合いできません。私はこのトーナメントを辞退します」

「何故ですか?僕が嫌なら、次の相手とお見合いすれば良い」

「私は整形に失敗して、もう笑う事ができないんです。だから、面白くない人を探していました。だけど、このトーナメントにそんな人いませんでした。だから辞退します」

「そんなこと言っても、僕なんかが決勝に行っても仕方ないです」

「高村さん、あなたは口下手かも知れない。だけど、人を笑わせようとするあなたの努力に感動しました。決勝に進むに相応しいと思います」

 会場から拍手が起こった。あの八橋までもが手を叩いている。

「広井さん、僕は今の広井さんを否定するつもりはありません。ですが、もう一度笑える様に治療されてはいかがですか?最後に見せた、おめぇさの笑顔は、ほんまに、めんこかったさぁ。また心から、笑える様になりんしゃい」

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笑わせ太郎と笑う加代 怪々夢(ケケム) @kekemu

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