第3話

翌日からアサミは入院し、会えない日が続いた。

2,3日の入院と聞いていたのに、1週間たっても帰ってこなかった。

何か悪いものでも見つかったのだろうかと思って心配し始めたころに、アサミは帰ってきた。

ただ出会った頃のように部屋からこちらを見て寂し気に手を振るだけだ。

前のように門まで出てきてくれない。

入院後だし、大事をとっているのかもしれない、そう範夫は思ったが、翌日になっても、そのまた翌日になっても、アサミは部屋から手を振って来るだけだった。


一体何があったのだろう。


範夫は心配でたまらなかったが、家に入るわけにはいかない。

事情を聞こうとインターホンを鳴らしてもこんなお金持ちがこんな貧乏人の子供の話を聞いてくれるはずもない。

アサミと話がしたい、アサミと一緒に出掛けたい。

そんなことばかり考えていた。


そんな日々が一ヶ月続いたころ、いつもように最後にアサミの家に新聞を届けて、アサミの部屋の方を見ると、誰もいない。

とうとう手を振ってくれることさえ無くなったのかと悲しくて範夫はすぐに踵を返して、自転車に乗ろうとした。


「ノリオくん!」


振り返るとアサミが門の前まで来ていた。


「ごめん、なかなか話せなくて」

「体調大丈夫なのか?」

「大丈夫だよ」

「良かった。アサミに何かあったんじゃないかって心配だったよ」

「ごめん、もう大丈夫だから。いつものとこいこ?」

アサミにせがまれ、範夫は自転車の後ろにアサミを乗せると、原っぱへ向かった。

「やっぱりここは気持ちいいね」

アサミはごろんと横になった。

「病院の天井って真っ白なだけでつまらないんだもの」

「そっか」


「天国もこんな感じかな?」


「・・え?なんでそんなこと」

「天国もこんな原っぱでごろんと寝転べるよなところだったらいいなって思って」

「天国じゃなくて、ここで横になったらいい。いつでも連れてくるから」


範夫の言葉を無視してアサミは言葉をつづけた。


「もし、私は天国へ行ったとしても、また必ずノリオくんのところに戻って来る」


「アサミ・・・」

「人間かどうかわかんないけど、ちゃんと見つけてね。首筋に星があるから、これを目印にして」

そう言ってアサミは微笑んだ。


「アサミ・・・やっぱりもうこの世にいないんだな」

範夫は声を絞り出すように言った。

「自転車に乗せた時、とても人が乗っているとは思えなかった」

「・・・バレちゃったか」

困った顔をしたアサミの身体は少しずつ透けているように見える。

「アサミ、もういってしまうのか!?」

「・・・うん、そうみたい」


これが最後だ。

範夫は消えゆくアサミの手を握った。


「アサミ、俺・・・アサミのこと好きだ!」


ずっと言いたかったことを範夫は伝えた。

アサミの目は驚いたのか大きく見開いて、そして涙が溢れていく。


「私も・・・私も大好きだよ」


「絶対、絶対、生まれ変わったアサミを見つけるから」

「うん、絶対よ」

それが最後に聞いたアサミの声だった。

そして範夫の手には涙だけが残っていた。


□■□


「それから60年。あっという間だった」

おじいさんに頭を撫でられてマミは嬉しそうに尻尾を振っている。

「人の人生なんてわからないもんだ。どんな恋愛の悩みかわからないが、気持ちは早く伝えた方がいいぞ」

おじいさんは、そう言うと立ち上がった。

「マミ、帰ろうか」

マミはおじいさんの横にぴったりとついた。

「じゃあな」

マミがおじいさんの後ろを付いていく。

「あの!」

頼牙らいがは歩き始めたおじいさんを呼び止めた。

「なんじゃ?」

「その子の名前!マミって漢字で書いたりします?」

「・・・麻紐の麻に美しいでマミだ。じゃあな」

おじいさんとマミが歩き始めた。

マミの首のあたりに星印の模様が入っていた。

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じいさんと犬 月丘翠 @mochikawa_22

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