1ビットの矛盾

重力加速度

原点

 0と1。有機物と無機物。信頼と裏切り。出会いと別れ。生きることと死ぬこと。

 この世界には、相反する事柄が多く存在する。


 この世界には二つの国がある。

 一つは魔法の国。この国の住民が呪文を唱えれば、炎や水を始めとする万物を操ることが出来た。

 もう一つは情報の国。この国の住民がプログラムを実行すれば、それこそ万物を操ることが出来た。


 リオールは情報の国で生まれ育った。幼い頃からコンピュータが大好きで、特に人工知能に夢中だった。そんなリオールが十歳になった頃、この世界には「魔法」という概念が存在することを知った。少年リオールは好奇心旺盛だった。魔法と情報技術の違いを知りたくて、単身で魔法の国に留学したのである。

 留学は二週間のホームステイだった。リオールは魔法の国のホームステイ先で、同い年の少年と出会う。少年の名前はサイラスと言った。リオールの青い目や黒い髪とは対照的に、サイラスは赤い目と栗色の髪の毛を持っている。見た目も何もかも違う人間同士で、初めはぎくしゃくしていたものの、留学最終日になる頃にはすっかり親友となっていた。名残惜しい別れのきわ、リオールはサイラスに声をかけた。

「今度は、俺の国にも遊びに来てよ。俺が色んな場所に連れて行く」

「うん、約束だよ」

 そう約束を交わして、二人はお別れした。それから二人は一年に一回、それぞれの国を訪れ、一緒に遊ぶようになる。生まれ育った場所が違っても、会う回数が少なくても、二人はお互いが心の許せる友だと確信していた。

 時は流れ、十数年が経過した。二人はすっかり大人になった。サイラスは地元の魔法学校の教師になり、リオールは人工知能の研究者になった。

 ある日、サイラスの元に一通の手紙が来る。宛名を見ると、情報科学研究所とあった。リオールが所属する研究所の名前である。

「一体、僕に何の用だろう?」

 サイラスはペーパーナイフで封を切った。中には二通の手紙が入っている。サイラスはペーパーナイフと封筒を脇に挟み、一枚目の手紙を開いた。

きたる情報シンポジウムの日に、サイラス殿も是非起こしください。我が国が開発した、新たな技術の結晶をお見せいたします。……招待状か、何で僕に来たんだろう?」

 不思議に思いながら二枚目を手に取る。すると、馴染み深い文体が目に飛び込んできた。

「サイラス、元気にしてるか? 今度俺の開発した人工知能の研究発表があるんだ。招待状を用意したから、是非来て欲しい。予定が空いているなら教えてくれ。またいつもの駅で会おう。リオール」

 サイラスの顔がぱっとほころぶ。リオールは遂に夢を叶えたのだ。その事実だけで、サイラスは心臓が跳ねそうになった。サイラスは玄関から急ぎ足で書斎に向かい、お気に入りの万年筆と紙を用意した。長雨のせいか、紙はやや湿気ている。サイラスは紙をそおっと撫でながら、魔法をかけて乾かした。紙の調子が戻ったのを確認すると、すぐに万年筆を走らせた。書きたいことを逃さず書くために。本当はお手紙魔法で肉声を向こうに伝えることもできるのだが、今回は書くスピードの方が速かったようだ。返事を書いた後、サイラスは天井を見上げてぼんやりと考えた。

「人工知能……どんなのなんだろう……」

 その時遠くで雷が鳴ったが、サイラスは全く気にも留めなかった。

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