第24話 確認

結局、ビリというありがたくもなんともない称号をいただいたのは私だった。



現在私は1階の自動販売機に向かうために、夕日でオレンジに染まる廊下を歩いている。なぜか、そわそわした様子の稜汰君と一緒に。



1人で全員分の飲み物を持つのは大変だろうからと付き合ってくれているんだけど、どうにも気まずい。薫君以外の男子と2人きりで歩くことなんて、私の乏しい人生経験上初めてのことである。



ちなみに真澄君も一緒に来ると言ってくれたけど、まだ水やりは終わってないし、何より保君が薫君を指差して「この何も喋らねぇ奴と俺を置いていくんじゃねぇ」と引き留めたため、真澄君は水やり部隊として残ることになった。その際、薫君はほんの少し顔をしかめていた。



遠くから聞こえてくる吹奏楽部の演奏に「あ、これ、好きな映画の主題曲だ」と耳を傾けながら歩くだけで十分楽しいけど、隣に稜汰君がいるとなると、また少し緊張してくる。



……何か、喋った方がいいのかな。



駄目だ。

話題も度胸も無い。



自動販売機への道のりが長く感じられる。そんなことないのに。



「なぁ」

「はい!!」



会話は結構苦手分野に入るけど今のままの雰囲気は何となく辛かったので、少しばかり彼に感謝しつつ返事をした。



「さっき鮎川先輩が言ってたことなんだけど」



ど、どれだろう。白蓮の話?虫の話?それとも横領の話?あとは何を話してたっけ。


あ。



「幼馴染の話?」



ポロリと口から出た。でも相当あの時は慌ててたし、この話にはもしかしたら触れられたくなかったかもしれない。



「あ、ごめんね、違うの、えっと、」

「そう、その話」



何とか誤魔化そうとした私の言葉を遮り、稜汰君は気まずげに頷いた。



「ちょっと聞きたいんだけど」

「うん」



なんだろう。まさか保君との仲が発展するかどうかの話題ではないだろうなと内心ドキドキしながら相槌を打つ。



「薫とあけびは、恋愛関係に発展するのか?」

「そっち!?」

「え、どっち?」

「あ、いや、勘違いだった!ごめんなさい!」



不思議そうに私を見下ろした彼に、慌てて謝る。



ああ、あまりにも質問の内容が予想を凌駕していたから、びっくりした。



稜汰君は「ちょっと聞き方が違ったな」とピアスを弄りながら続ける。



「た、じゃなくて、その、犬のストラップくれた子のこと、あけびはまだ……えーと、好きなんだよな?」



質問というよりも確認のような彼の付加疑問文。頷くに頷けないので思わず足を止める。複雑そうな表情を浮かべる稜汰君も、同じように立ち止まった。



なんか……嫌だ。



1度しか会ったことがないし顔もうろ覚え、更には初恋を引きずっているだけの私がたもつ君を好きだと言っていいのかは正直分からない。



いや、好きだけど。



彼とは今朝もこの話をしたとはいえ、そう何度も自分の恋愛事情を他人に話すのはそもそもちょっと、というか大分抵抗がある。


それに、意図が読めない。どうして?って聞けたらいいんだけど刺々しく伝わったら嫌だし、不穏な空気になっても困る。これ言うしかない感じですか。



「薫君と付き合うとかいう、恐れ多いことはしないよ。そりゃあ初恋を引きずってはいるけど、そういうのは関係無しで。……そろそろ初恋から卒業しなきゃ駄目なのかな」



考えながら言葉を選びつつ説明すると、稜汰君はピアスを弄っていた手をピタリと止めて私の肩を掴んだ。



「Davvero!?」

「え、な、何!?なんて!?」



言葉の意味も肩に触れる手も何もかもが理解出来なくて。天井を見たり彼の手を見たり視線を彷徨わせる私は、ただ、稜汰君の顔だけはなんだか見れなくて首辺りで目線を固定した。



「あ、Mi scusi、じゃなくて、ごめんな!えーと、それ、本当?」



すぐに肩は解放され、ただただ頷く。



私の心臓が今もの凄く活発に働いてる原因は、彼のよく分からない勢いだけではないと思う。



溜め息を吐いた稜汰君は私に背を向けて、のろのろと歩き出した。



「あー、変なこと聞いてごめんな。行こうか。みんな待ってるし」

「あの、稜汰君」



若干汗をかいてる手をぎゅっと握り締める。「んー?」と何やら気の抜けた返事をする彼の背中に、勇気を出して質問を投げかけた。



「初恋の人、あ、私のね。えーと、彼のこと、もしかして知ってる?」



朝、何か言いかけてた気がしたし。



根拠とかは全くないけど、なんとなく、聞きたかった。聞かなきゃいけない気がした。



ピタリと足を止めた稜汰君は、ゆっくりと振り返った。ヒマワリ色の髪の毛に夕日のオレンジが混じる。彼は少しだけ眉尻を下げて、困ったように微笑んだ。



「知らないよ」



期待していたわけじゃない。



むしろ思った通りの答えだったのに、肩を落とすどころか、なぜか私の胸は一瞬だけ高鳴った。

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