幕間 櫛田巫柑の独り嘆き

 今日は本当に、散々な一日でした。

 

 真夜中に、変な気配がするから見て来いって叩き起こされて。

 眠い目をこすりながら行ったら、ほんとに厄介なことになってて。

 振るいたくもない暴力を振るって、痛い思いと怖い思いもして。

 色仕掛けした年下の男の子に、鼻で笑われて、無様に振られて。

 力もいっぱい使っちゃったから、多分、明日からモヤシ生活ですし。


 挙句の果てに、お仕事の結果は失敗。

 きっと私はこの後、神様に怒られてしまうのです。


 ……あれ、よくよく考えたら、もう日付変わってました。

 これが私の一日の始まり?


 こんな可哀そうなことって、あっていいんですか?

 また涙が出てきてしまいました。


「もう、いやですぅ……巫女なんてやめたいぃぃ……」


 勝手に溢れてくる涙を拭き拭き、夜道を歩いていた時でした。


「こんばんは。櫛田さん」


 げ。この声は。


 悪い意味で聞き覚えのある声がして、私は思わず顔を上げました。


「どうしたのさ。酷い顔じゃないか」

「……あなたには関係ありません。なんでもないので、どっか行ってくださいぃ」

「なんでもないってことはないだろ。そんなの見ちまったら、ほっとけないよ」

「うるさいですぅ……ちょっとお仕事に失敗しただけですからぁ」


 黒髪に黒目、おまけに上下真っ黒な服。

 中学生が格好いいと信じて疑わないような姿で、暗闇の中にいる彼のことが、私は好きではありません。


 よりにもよってこんな時に出会うなんて。

 私、巫女なのに、神も仏もないとか思っちゃいそうです。


「仕事、か。もしかして、さっき生まれた変な気配絡みか?」

「…………気付いてて見に来たくせに」

「は? なんだって?」

「なんでもありませんよぉ」


 この人が偶然、しかもド深夜に、こんなところにいるわけありません。

 白々しい態度には腹が立ちますが、ここは我慢です。私は大人の女性なので。


「この件は神社がなんとかしますのでぇ。部外者は関わらないでくださいねぇ」


 さっきの男の子と、その傍らにいた「アレ」。

 力をもたない彼には、見えなかったんでしょう。


 あのおぞましい姿が。

 人ならざるものの脅威に喰い尽くされようとしている、自分の姿が。


 「アレ」が、他の誰かに影響を及ぼす前に、処理をする。

 それが、私のお仕事です。


「わかったよ。余計なことはしない。約束する」


 肩をすくめた後、私が好きではない、いや、大嫌いな彼は続けます。


「ただ、俺にできることがあったら言ってくれ。力を貸すよ」

「……なんでですかぁ?」

「知りたいんだ。あんたの絶望を」


 ほら、こういうところ。

 寒くもないのに鳥肌が立ちそうになります。


「俺、救える人は、全部救うって決めてるからさ。櫛田さんだって……」

「どーも。ただ、神様ならもう、間に合ってますので結構ですぅ」

「そっか。じゃあ、無理にとは言わないよ」


 この人は、本当に油断なりません。

 善意という靴を履いて、土足で人の心に踏み込んでくるから。


「それじゃ、さよなら。良い夜を」

「残念ながら、あなたに会っちゃったので、もう無理ですぅ」


 すれ違う直前、彼が首から下げているロザリオが銀色に光りました。


 あの人の名前は、葉隠はがくれ常世とこよ

 この街で、八字教という宗教の教祖を務めている、ろくでもない人なのです。

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