SSS級ダンジョン、おれだけ激甘設定のイージーモードな件
戯 一樹
第1話 ダンジョンに挑戦すると決めた日
父さんがリストラされたらしい。
「そんなわけだから、今月からお小遣いは無しね」
いつも通り眠い目を擦りながら、朝食を取っている最中の事だった。
おれと同じちゃぶ台でご飯を食べていた母さんが、なんの脈絡もなく爆弾発言を投下してきたのは。
「え、え、え? リストラ? 父さんが?」
「うん、リストラ。お父さんも昨日突然言われたんだって。だから今月いっぱいまで働くけど、来月からは無職になっちゃうらしいわ」
「ほ、ほんと?」
「ほんとよ。こんな笑えない冗談、朝から言うわけないじゃない」
言って、味噌汁を飲む母さん。
その眉間には深いシワが刻まれていて、母さんが言うように冗談を口にしている感じには全然見えなかった。
「ていうか桃介ももすけ、あんた、昨日も夜遅くまでゲームしてたでしょ? ダメよー。いくら大学生だからって自堕落に過ごしたら。何もサークルに入ってないんだったら、少しは勉強に励みなさい。でないと就職活動する時に苦労する事になるわよ。あんた、まだ二年生だから実感ないだろうけど、私の時なんて……」
「そ、それより母さん──」
なんだか長い説教が始まりそうな雰囲気になりそうだったので、慌てて話を変える。
というより、今は説教を聞いている場合じゃない。
「父さんはどうしたの? いつもならこの時間は一緒に朝ご飯を食べてるのに……」
「お父さんなら朝早くに出勤したわよ。引き継ぎしなくちゃいけないから、普段より早めに会社に行かなくちゃいけないんだって。リストラされた側だってのに律儀よねー」
「そ、そっか……」
思わず箸が止まる。元々朝はそんなに食欲がある方じゃないけど、今の話を聞いてさらに箸が進まなくなくなってしまった。
いや、父さんの事も気になるけど、それと同じくらいの懸念事項がまだある。
「……あのさ、さっきの話に戻るけど、今月から小遣い無しってどういう事?」
「どうもこうもそのまま意味よ。だってお父さんがリストラされたのよ? 一応蓄えもあるし、失業保険も出るからしばらくは大丈夫だけれど、いつ転職できるかもわからないし、今から節約しないとでしょ? 私も来月からパートに行く予定だけど、それでも生活費とかあんたの学費を考えたらけっこうギリギリなのよねー」
「って事は、父さんが転職できるまでは小遣い一切無し……?」
「それもわからないわ。だってお父さんが転職できたとしても、どれくらいの給料が出るのかわからないもの。もしかしたら今までよりもずっと少なくなるかもしれないし、そうなったら小遣いなんて払えなくなるかもね」
「えー……」
それじゃあ、これから先ずっと小遣いが貰えないかもって事じゃん……。
「しょうがないじゃない。だってお父さんがリストラされたって事実は変わらないし、生活していくのは少しでも切り詰めないといけないんだから。だいたい学費は払うつもりでいるんだから、自分の小遣いやスマホ台くらいは自分でなんとかしなさいよ。あんた、もう大学生なんだから」
「なんとかって、具体的には……?」
「バイトでもなんでもすればいいじゃない」
「バイトって……」
大学に行く以外は家にずっと引きこもってばかりいるおれが?
家族以外とはまともに話せる事もできなくて、今までバイトなんてした事もないコミュ障のこのおれが?
「そういうわけだから、あとは自分でなんとかしなさいよ」
いつの間に食べ終えていたのか、空いた自分の食器を持って流し場に行く母さん。
その背中を見ながら、おれは相変わらず止まったままの自分の箸を見つめつつ、溜め息をこぼした。
バイトって言われても、コミュ障のおれに接客業なんて当然無理だし、それ以前に人付き合い自体がめちゃくちゃ厳しい。
いや、いずれは就職しなくちゃいけないんだから、バイト経験もない大学生がうだうだ言っていても仕方ないって事は重々わかってはいるけれど、それでも人付き合いだけは嫌なのだ。
せめて学生でいられる内は、人付き合いなんて考えなくてもいい、お気楽な生活を送っていたい。
でもだからって、小遣い無しのままというのも正直キツい。
なぜならおれは、生粋のゲーマーだから。
来月にも新作のゲーム……それもずっと待ち望んでいた大作がいよいよ発売されるというのに、今月から小遣いが無くなるとなると、今の所持金だけでは買える見込みはない。
せめて何か売れそうな物があったらよかったのだけど、あいにくと積んだままのゲーム以外は他に売れそうな物なんてなかった。
「でも、積みゲーはなあ。まだプレイしてもいないやつを売るのはさすがに……」
なんてぶつぶつ呟いている時だった。
横にあるテレビから、「三億円」というワードが聞こえてきたのは。
『先週、とある冒険者が◯◯県◆■市のダンジョンにて発見された宝剣ですが、なんと先日、三億円の値段で買い取った方が現れました!』
少し大袈裟なくらいに興奮した様子でニュースを告げる男性リポーター。
そのリポーターの話を聞きながら、
「ダンジョン、か……」
と、おれはオウム返しに呟いた。
ダンジョン。
それは文字通り、RPGなどのファンタジーな世界によく出てくる洞窟や地下神殿……様々なモンスターや罠が出てくる、あのダンジョンだ。
そのダンジョンがある日忽然と日本にだけ出現するようになってから、かれこれ十数年以上の月日が経とうとしていた。
一体何が原因で──どういった経緯でダンジョンが現れるようになったかは、未だにわかっていない。
ただ現時点でわかっているのは、どこからともなく突如として出現するという事と、先述の通り、ダンジョンの中はRPGみたいに色々なモンスターや罠が出てくるという事だけだ。
偉い学者さんによると、ダンジョンの中はこことは別次元の世界──つまり異世界に繋がっているんじゃないかという説もあるけど、真偽の方は十数年以上経った今でも不確かなままだ。
そんなダンジョンではあるけれど、当初は二十程度だったのに対し、今では二百近くまで数を増やしている。
それも、現在進行形で。
そうなってくると、国もすべて管理できるはずもなく、一部のダンジョン以外は出入り自由という事になっている。
もちろんモンスターや罠が当たり前のように存在している場所なので、命の危険に関しては一切保証できないというスタンスではあるけれど、それでもダンジョンに潜る冒険者達は後を絶たない。
というのも、ダンジョンの中には財宝やモンスターの毛皮や角といった、換金所やオークションに出せば大金に化けるかもしれない代物が眠っているからだ。
もっとも、そういう大金になり得るかもしれない物は、大抵の場合最深部か、高ランク(ダンジョンによって難易度がランク付けされている)のダンジョンにしかないので、よほど運がいいか熟練者でもないとなかなか大金なんて手に入らないわけなんだけれども。
それこそ、さっきの三億円も値が付くような代物なんて稀も稀だ。だから朝のニュースでも取り上げられるほど話題になったのだと思う。
でも億万長者を夢見る人にとっては、まさに飛び付きたくなるような話ではある。少なくとも宝くじに頼るよりはよっぽど可能性はあるだろう。その代わり命を引き換えにする覚悟はいるけれど。
とはいえ。
「ダンジョン、かー」
ぼんやりテレビを眺めながらボソッと呟く。今はもう違うニュースに切り替わってしまったけれど、それでもしばらくはテレビから目を離せなかった。
ダンジョン探索。
バイトができない(強迫観念的な意味合いも込めて)おれにしてみれば、唯一自分にもできそうな事ではある。いや、今までダンジョンに潜った事もなければ、運動神経もないヒョロヒョロのゲーオタが何を寝ぼけた事を言っているんだと思われるかもしれないけれど、それでも人と関わりながら仕事をするくらいなら幾分マシだ。
たとえ、それで危険を伴う行為だったとしても。
「よし。さっそく情報収集だ……!」
善は急げとばかりに、さっきまで全然箸が進まなかったご飯を勢いよくかき込む。
「んぐ!? ゲホゲホゲホゲホ!」
「もー。何やってんのよ、あんたは。はい、お茶」
……とりあえず、いったん落ち着いてご飯を食べてからの方がいいかも。
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