第一章一話
少女は無数の本棚が並ぶ巨大な図書館に住んでいた。
服装はベージュのベストに、胸元の黒いリボンが特徴的な青白橡のワンピースと上品な色使いだ。
赤紫の髪は低い位置で二つ結びにし、前へと垂らしている。
齢は十代半ばから後半だろうか。ややつり上がった目尻と、憂いを帯びた淡い黄緑色の瞳。変化のない表情から大人びたクールな印象を受けるが、まだ幼さの残る顔立ちをしている。
「はぁ……」
少女は溜め息をつくと手に持っていた本をパタンと閉じた。────これで三冊目だ。三冊とも全て“おとぎ話”。
物心ついた時から本に囲まれてはいたものの、図書館に置いてある本を全て読みきろうと張り切るほど、少女は読書家ではなかった。
一冊を一日で読み切れるかどうか。多くて二冊。だが今日は三冊も読み切った。
勿論絵本や図鑑などではない。
慣れない作業で目が疲れてしまったのか、少女は後ろに置かれていた椅子に座り、机の上に突っ伏して目を閉じた。
────“私の物語は、人生は、何処で終わるのだろう”。
身体が成長し大きくなるにつれ、少女は自分の置かれた環境に疑問を抱くようになった。
現実と創作など比べるものでは無いが、物語の中では起承転結が決められており、忙しなく終わりへと向かう。加えて、登場人物の行動や言動には意味があり、理由がある。
────ならば私はどうだろうか?
少女は考えた。
物語のように起承転結などなくとも、自分が
何故自分は、
小説で何度か目にした展開みたいに、謎を解けば隠し扉でも現れるのではないか。
おとぎ話にあるように、いつか誰かが……迎えに来てくれるのではないか。
少女は本を通し、自分が外に出る瞬間を何度も想像した。だが現実では未だに、本に囲まれている。
本だけが常に傍にあり、本だけしか傍にない。
他にあるとすれば、左奥の小さな階段を下りた先……白いステンドグラスの前に置かれた、喋り続けるアーチ型の真空管アンティークラジオ。
ラジオの前にはタイプライターが置かれており、ひとりでにカタカタと動いている。
最初は誰かが丸椅子に座って作業しているみたいで不気味だと思っていた少女だったが、今となっては見慣れた光景だ。
以前までは声の主が誰でどこから放送されているのか、どんな仕組みでタイプライターが動いているのか、調べようとしていた時期もあった。
結果として、ラジオから流れる声は男性の声であるのは間違いないだろうけれど、言葉はノイズ混じりで聞き取れない。
タイプライターの打つ文字を読もうにも、用紙そのものがないので読む以前の問題。
キーボードに触ろうとすれば、拒むみたいにバチッと静電気のような痛みが走り、迂闊に触れない。
……少女は断念した。
────分からない。
ラジオやタイプライターだけではない。
いくら本を読んでも、調べても、自分のことは何も分からない。
「私は、本の中しか知らない」
ラジオから流れる声とタイプライターを打つ無機質な音だけが響く。
放っておけば夜には音が止むだろう。今までもそうだった。
気持ちが晴れないまま眠りにつこうとした少女だったが、今朝夢で見た老人の顔が瞼の裏に浮かんだ。
(“フェアリーテール”……おとぎ話?使命に、代価?んー……全然分からない。あれはただの夢?それとも私の……)
『単なる夢か記憶か。少女は考えた。自身がここに居る意味を、理由を、夢に問うように』
「……」
『引き続き夢の中の出来事を思い出そうとしたのも束の間、喋るラジオによって現実に戻され少女は顔を上げた』
「……?」
『幻聴だろうか。少女は怪訝そうな表情を浮かべ、椅子に座ったまま階段下のラジオを見つめた。これまでラジオから流れる声は聞こえても、言葉として届くことはなかったはずだ。それが突然にして言葉がハッキリと聞こえ、理解出来るようになった。気のせいではない。確かに、聞こえる。理解出来る』
「!?」
『椅子から立ち上がった少女はラジオの前まで走り出した』
「何なのこのナレーション……。私の行動を説明してる? 何処かで見られてる?」
『少女は辺りを見渡したが……』
「ナレーションはもういいから。ねぇ、誰か居るの? “少女”って……私のこと?」
『────そうだよ。ようやく言葉が届いたね。時は来たということだ』
「言葉が通じてるってことは私の声も聞こえてるの?」
『かもしれないね』
「聞こえてるじゃん」
『それはさておき……』
「さておかないでよ」
『後ろの赤い本を開いてごらん』
「! 本が、落ちてる? いつの間に……。何の本?」
『君の望む答えはその本の中にきっとある筈だ。読めるなら、読んでみるといい。ま、無理だろうけどね!ハッハッハッ!』
「ど、どう言う意味?」
『本を開けば分かるさ』
「言葉が分かるようになったはいいけど今度は意味が分からない……。まぁ、見てみるけど」
『少女はタイトルのない本を拾い、ゆっくりと開いた』
「またナレーション……」
『すると、中身を読む間もなく本が光りだし、少女は反射的に片目を瞑る』
「な、何これ……!?」
『ラジオから流れる声は言った。────“物語はもう始まっている。結末は君自身にかかっているよ。物語は君にとっての現実となり、現実は物語となるだろう”、と』
「ま、待って! 一つだけ教えて……!」
『何かな?』
「私は────」
───────誰?
『……“自分は何者か”。少女は返答を聞く間もなく本の中へと吸い込まれた。今度はお互いに言葉も声も届かないだろう。だが今はそれでいい。完結まで共に語り、綴ろう。君の“
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