十七通目 ただ一つの光

 サラサラ……サラサラ……。絶えず何かが流れる音。

 どん……どん……。一定間隔で何かが打ち付けられるような音。

 そのどちらもが、耳を覆うように塞いだ時のような、優しく……くぐもった音をしている。穏やかで、暖かな場所。目を瞑っているのか、視界を支配する暗闇すらも心地良い。

「夢……?」

 声は出ない。だが、確かにそう発音した。目を開ける。しかし、視界は真っ暗闇のままだ。瞬き。変わることはない。

「……?」

 いや、暗闇の中で誰かの喋り声がした。ぼんやり、ぼんやりと周囲が明るくなる。

「晩夏…?」

 は、暗闇で浮かび上がる人物に声をかけた。


「一人で遊んでるの?一緒に遊ぼう。」

 幼い少年が眩しい笑顔を浮かべ、壁際で蹲る少年に声を掛ける。

 ここは、自分のいた孤児院だ。客観的にその光景を見ている三伏は思い出す。この孤児院は、ギフトによって両親を失った子供が集まる場所であり、三伏も晩夏もその一人だった。お互い、両親の顔を覚えてはおらず、愛され、望まれた記憶も思い出せない。ただ大きな力に、大事なものを引き裂かれてしまったのだと、そのことだけを理解している。そして、その大きな力は自分達にも備わっている。その事が、引け目を感じさせ、それを周囲は察知し、疎む。愛嬌があり、コミュニケーション能力も高い三伏はまだマシだったが、常に暗い顔をしており、無表情で人との会話を苦手とする晩夏には、仲間外れの代表と言ってもいいほど顕著だった。

 そんな晩夏を、三伏は見つけ、声をかけた。窓から差し込む日に照らされ、キラキラと輝く金髪は。晩夏の人生にはじめて差し込んだ光だったことを、三伏は知らない。


「今日は冷える。此方に。」

 寒い冬の日。資源の乏しい孤児院の薄い毛布に包まった幼い三伏を、晩夏が呼ぶ。三伏は嬉しそうに晩夏の毛布に入り込み、冬を偲ぶ動物達のように、二人は、互いを抱きしめて眠りにつく。

 懐かしいな。夢とは言え、久々に聞く晩夏の優しい声に、三伏は目を細める。自分達の仲は決して悪くなかったはずだ。なのに何故、晩夏は自分を置いて、何も言わず、無断で、組織を裏切ったのか。もし、一言。たった一言でも。自分に理由を告げてくれれば、今も隣で笑い合えていたかもしれないのに。


「貴方達は本当に仲良しね。」

 優しかった学校の先生の声。晩夏と三伏には、六の年の差がある。三伏が小学校一年生の時、晩夏は六年生だ。だが、異能者として小中一貫校に通う彼等は。晩夏が卒業する日まで、手を繋ぎ、共に登下校をしていた。周囲から見ても、彼等はそれほど仲が良かった。


「ほら、お前が通ってた高校に受かったんだ。」

 中学の制服に身を包んだ三伏が、合格と書かれた紙を嬉しそうに晩夏へと見せる。おめでとう、と晩夏が柔らかな微笑みを見せる。

「制服、くれてもいいぞ。余らせてるだろ。」

 嬉しそうな三伏に、ズボンが余ると、晩夏が冷静に却下する。

「なっ、これから伸びるからな!なんなら、背ぐらい抜いてやる!」

 晩夏に対抗してはしゃぐ自分に、三伏はこんなこともあったなと思い出す。結局は、190cm近くまで大きく伸びた晩夏を三伏の背が追い抜かすことはなかった。


「お互い社会人になっただろ。……一緒に住まないか。」

 短大の卒業式の帰り。三伏が座っているのは、晩夏の運転する車の助手席。三伏はおずおずと晩夏に聞いた。晩夏の返答。何故か緊張している面持ちの三伏に対して、晩夏はあっさりと構わないと答えた。しかし、その晩夏の表情は、何処か嬉しそうで、三伏も嬉しくなったのを覚えている。

 晩夏に、肯定されれば嬉しい。否定されれば悲しい。晩夏と、兄弟のような強い絆で結ばれていたはずの三伏にとってはそれが全てだった。そう、三伏にとっては。晩夏は違った。だから現状がこんなことになっている。同じ気持ちだと信じていたのは、三伏だけだった。だが、違うなら、対話で幾らでもわかり合う機会はあったはずだ。違うのだと、ただ一言言ってくれれば。なのに。


 三伏の悲しみに呼応するように、暖かで穏やかな■■ゆめは終わりを告げ、三伏は■■現実に目覚めた。

 時計を見れば、朝の四時。起きるにはまだまだ早い。だが、二度寝の気分にもなれず、三伏はベッドから起き上がる。カーテンのすき間から、登るのが早い夏の太陽が、うっすらと夏空を照らしはじめているのが見える。

 三伏は棚の上に置かれた、伏せられた写真立てを手に取る。三伏の高校の卒業式。校門の前。卒業式の看板。先生にカメラを渡し、晩夏と共に写った一枚。三伏は自分以外誰もいない部屋で項垂れる。晩夏が帰ってこなくなった日から、何も変わっていない。何も進んでいない部屋。

「晩夏を知らないのは、俺もか。」

 悔しくて、歯を食いしばる。枯れた涙はもう流れなかった。


「晩夏は、俺が殺します。」

 オフィスにつくなり、三伏は宣言する。目の前で煙草を吸っていた早々がほう?と煽るように聞き返す。

「他の誰かに奪われ殺されたら、許せないと思うので。」

 何度も決意を固めた青い瞳が、鋭く輝く。


「花冷探すぞ!!!」

 三伏の話を聞いていなかった入梅が、向暑の腕を引き走り去る。オフィスのすぐ外でバタバタ!ドン!と大きな音が鳴り、余寒が転んでいませんかね…と確認のため外に出ていく。突然の騒音に、さっきまで真面目すぎる表情をしていた三伏はポカンとしている。

「外で入梅くん達と会いましたが、何かありましたー?」

 オフィスの扉がまたすぐに開き、入れ替わるように拝啓が入っている。転んでいませんでした。と報告する余寒も一緒だ。


「拝啓さん。」

 そんな拝啓に春風が近寄る。拝啓が静かに向き直る。

「花くん……花冷の居場所がわかりました。」

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