十五通目 正義の味方

「ここにも手掛かりはありませんねー。」

 拝啓が、たった今出てきた店名が書かれた紙に横線を引く。これは、春風から受け取った花冷のよく行くという場所のリスト。最後に花冷が目撃された場所を探すべく、拝啓は菊花を連れ、街を歩いていた。次に行きましょう。拝啓が地図とリストを照らし合わせながら話す。通り掛かったタクシーを停め、拝啓と菊花が乗り込んだ。

「菊花くんは、花冷くんと仲が良いですかー?」

 運転手に行き先を告げた拝啓が、移動中の雑談として菊花に話しかける。少しの間。普通です。仕事があれば会話はします。淡々とした返答。そうですか。菊花と同じように拝啓の返答も淡々としていた。

「おれはね、菊花くん。キミがもっと色々な人と仲良くなってくれればいいなと思います。」

それが拝啓さんの望みなら。菊花はすぐにそう答える。親の心子知らず。曖昧に微笑んだ拝啓はそんなことを言いたげだ。

 拝啓は、わかっている。自分が菊花の人生を担いすぎていることを。己の雷光が、菊花を強く照らしてしまった。だからこそ、菊花を案じている。

 暗闇に産まれた者は、一度光に触れれば、再び暗闇を生きることはできない。それは、拝啓自身が一番良くわかっている。責任すら感じている。呪われた身はそう長くはないのだから。


「おや、すみません。目的地を通り過ぎてしまいましたよー。」

 車で向かえば、そう遠くないはずの目的地。タクシーがその店を素通りしたことに拝啓は気づいた。身を乗り出した拝啓が見たのは、狂気に歪む運転手の顔。拝啓が咄嗟に運転手からハンドルを奪おうと手を伸ばす。しかし、突如車のスピードをあげた運転手によって、拝啓の体が後方に打ち付けられる。拝啓さん!驚いて声を上げた菊花。拝啓は体勢を立て直し、庇うように菊花を抱き寄せる。それは、すぐ来るであろう衝撃に備えるため。

「アハハハハハハ!助けてェ!死にたくなァい!アハハハハハハ!」

 狂ったような運転手の叫び声。前方に迫る電柱。助けを求める悲痛に、その狂気が強制されたものだと知る。

「雷乃発声!」

 拝啓は顔をあげ、車の窓ガラスを叩く。それに呼応し、パァン!と激しい音を響かせ、全てのタイヤが破裂した。四輪全てが破裂した車は勢いよく回転し、電柱との突撃を回避する。運転手は、回転により頭をぶつけ意識を失ったのか、笑い声が止む。拝啓が運転手のシートベルトを引き千切り、扉を開け放つ。そしてそのまま運転手を外へと放り投げた。

 投げ出された運転手を待つのは、拝啓によってつくられた電気編まれたネット。人体に電撃を流さないそれは、ただクッションとして運転手を怪我一つさせず受け止めた。残るは、まだ車の中にいる拝啓と菊花。拝啓は菊花を抱きしめると躊躇なく外へと飛び出した。

 その瞬間、後方で回転する車が晴天の空から放たれた落雷に撃たれ、焦げ付いた地面を残し、跡形もなく消え去る。炎上する猶予さえ与えず蒸発した全てが、現場の異様さを引き立てていた。

 目を回した菊花を支えながら、拝啓は運転手の無事を確認しに向かう。が、拝啓が近づくと運転手が白目を剥いたまま拝啓の首に跳びかかった。首を折ろうと凄まじい力をかけてくるその狂気は、拝啓が運転手の頭に触れたことにより、すぐにだらんと崩れ落ちる。

「人の脳は、電気信号です。それを弄りました。」

拝啓の指先で、バチバチと小さな雷が揺れる。一度、オフィスに戻りましょう。違和感があるほど人のいなかった通りにチラホラと野次馬が集まるのを見ながら、拝啓は運転手を抱える。回した視界がある程度マシになった菊花が隣をついて歩く。


「白露くんに見せたあとは、留置所に。また異能で植え付けられた狂気が暴走すれば、彼の身が無事ではすみません。」

 事前の連絡を受け、拝啓達を待っていた紅葉が拝啓から運転手を受け取る。お願いしますねー。と紅葉の背中に声をかけた拝啓を丁度オフィスに戻ってきていた敬具が睨んでいる。

「いい人面して……ギフトのくせに……。」

 拝啓へと投げかけられた敬具の言葉。その言葉が届いているにも関わらず、拝啓は一切表情を歪めたりなどしない。動いたのは拝啓とは別の人物。

 ノーモーションから繰り出される右ストレートは敬具の顔面に的確にヒットし、戦闘に長けていない敬具を簡単に突き飛ばす。敬具から外れた眼鏡が地面を舞い、その拳を放った菊花の足元に転がる。

「こら!菊花くん。暴力は何も解決しません。」

すぐ拝啓が、敬具を殴りつけた菊花を叱る。感情の読めない声音で、菊花はすみません。と淡泊な謝罪を返した。それに対し、拝啓は小さく首を横に振る。

「おれではなく、敬具くんに対してでしょうー?」

すみません。菊花が再び言葉を繰り返す。先程同様、敬具に向けられていない謝罪に拝啓は困った表情を浮かべる。

 地面に転がっている敬具の眼鏡を拾い、敬具に渡す拝啓。鼻血を流した敬具の顔は、拝啓を忌々しいものとして睨みつける。眼鏡が無くとも読めない拝啓ギフトの心の内。敬具は一つ小さな舌打ちをすると眼鏡をかけ直し、逃げるように部屋を出ていった。

「ふぅ……。」

 拝啓が小さく息を吐く。敬具の言葉。拝啓に向けられた、ギフトのくせにという言葉。簡潔に言えば、それは事実。


 拝啓は、ギフトだ。世間一般から見れば、過去に死んだ人物であり、QATから見れば異能に取り込まれたギフト。しかしそれは、決して拝啓の異能である『雷乃発声』によるものではない。拝啓とは、今でも良き隣人であり、その毒が拝啓を食い破ってはいない。では何故、拝啓がギフトなのか。


 もう二十年以上も前になる。災厄が目覚めた。全てを喰らう異能の獣。膨張を繰り返す悪意。永遠の悪夢。ギフトの王。終焉の狼。それは。QAT本部、北欧で観測された。誰もが殺せなかった神話の存在。

 最終的には。海を渡らせ、小さな島国を犠牲に、大陸を守る非情な作戦が立てられた。

 それをたった一人。待ち受けたのが、拝啓。誰もが殺せなかった不死身を、拝啓は瀕死の先に追いやり、自身の片目へと封印した。拝啓は王に飲み込まれるのを待つだけだった世界を救った。正真正銘の正義の人。

 そんな英雄を、本部は手放しで喜ぶ事は出来なかった。拝啓がギフトに心を奪われればどうなる?この平穏は一時のものでしかない。ギフトの王は、拝啓を指す言葉となった。

 故に、拝啓はギフトだ。人間としての死亡届は受理された。その後の拝啓は辛く長い時間を経て、盟友の助力によって関東支部のボスへと就任した。

 助けを求める声があるのならば、それを見捨てない。

 関東支部のボスとなった拝啓の、信条だった。


「菊花くん。歳末くんと三伏くんのチームに合流してくださいー。おれは調べたい事があるので。」

 わかりました。菊花が拝啓に礼をし、オフィスを出ていく。

「やることは山積みですね。」

 引き出しから取り出した数枚の便箋を拝啓は机の上に並べる。

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