創刊号が付いてくる
白神天稀
創刊号が付いてくる
娘が誘拐された。私は今、身代金に一千万を要求されている。
「ど、どうか娘を返して下さい……! お願いです、なんでもしますから」
『だから言ってるだろう。一千万を用意したらちゃんと返してやるってな』
「ですが、私の稼ぎは多くありません。娘との二人暮らしでも手いっぱいだと言うのに……どうして他のお金持ちじゃなくて、私に要求するんですか!」
『金持ちはセキュリティが堅ぇ。金があるから警察も弁護士も呼べる。だから金のないアンタをターゲットにしたんだ』
男は一貫して身代金を求めてくる。私にその脅迫を拒絶する選択肢はすでに失われていた。
「わ、わかりました、払います! 払いますから、せめて金額を下げていただけませんでしょうか」
『ダメだ。きっかり一千万。この条件を変えるつもりはない』
「現実的じゃないです! 強盗したってそんな額が稼げるわけでもないのに、一千万だなんて到底不可能だ」
『そうか、娘はいらないってんだな?』
「ッ、ま、待ってくれ! 娘のためなら、払う、払うから、現実的な提案をしてほしいんだ」
『ほう? 現実的、ねぇ……気に入った。支払方法を易しくしてやる』
「本当ですか!」
初めて見せた男の情けに声が上ずる。私の様子を電話越しに確かめて、男は上機嫌に続けた。
『よし決めた! お前が一度も怠らず、支払いを続けるってんなら、毎月二万八千円の分割払いでどうだ?』
「に、二万八千円ッ!? そ、それで本当に良いんですか……?」
『おうよ。そしたらちゃんと、最初の月から娘は返してやる』
ついさっきまでの要求と打って変わって、男の要求の難易度はグッと現実のラインまで引き下げられた。
娘を攫った張本人だというのに、私は仏を崇めるように男へ感謝を伝えた。
「ありがとうございます……必ず、毎月お支払いします」
『その代わり、繰り上げ返済は出来ない。きっちり三十年間だ』
「はいっ、どんなに貧しくても、その二万八千円は必ずご用意します」
『利子は付けねぇから安心しな。あとで伝える支払方法で金を払った翌日に娘を返してやろう』
こんな時にでも神や仏は降りてくるものだと私は知った
誠意を持って話し合えば、必ず最後は恵まれるのだと、誘拐犯の彼は私に教えてくれた。
「ありがとうございます。ところで、娘はどこで――」
『娘なら毎月、レターパックで送ってやるよ』
「……は?」
男が何を言っているのか分からなかった。
レターパックで何を送るのだろう? 娘の居場所? 写真? それより、毎月とは一体――
『えっと、そうだな……』
ゴトッ、ガラララ、カラン。
プチッ、ブチチ、パキ。
聞きなれない音が電話口で鳴り響く。
チュピっ、プチッ、ペキ。
『まー気の長い話になると思うが、せいぜい頑張んなよ』
ポキンッ、ズチュ、ピチッ。
『初回は薬指と肋骨。肝臓を収録してやっからさ』
この三十年間の支払いに、繰り上げ返済が存在しない理由を私は理解した。
娘を返し切ってもらうまで、私は彼から娘を買い続けなければならないのだ。
『――創刊号も付けとくぜ。解剖学の教科書をよ』
創刊号が付いてくる 白神天稀 @Amaki666
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