世界樹の女神ー(マイナス)1

渡貫とゐち

前編


 東西南北に立つ巨樹――世界樹。

 国ひとつ分の幅の幹を持ち、天の光を覆う木々が生い茂っている。


 巨樹は根を張り世界と繋がっていると言う――


 地獄に繋がっているような長い根を通し、世界へ干渉する。

 不浄を浄化し、世界の理を作り変えることもできる。

 世界は、この世界樹によって支えられていると言っていい。

 そして、世界と世界樹は共存関係だ。

 分かち合っている。


 世界樹は世界から生命エネルギーを受け取っている。

 つまり、不浄があれば毒となり、世界樹を枯らしてしまうわけだ。

 世界樹は、身を守るためにも世界から不浄を取り除かなければならない――――



 東の世界樹に集まったのは四人の女神だ。

 彼女たちは世界樹の管理者であり、彼女たち自身が世界樹であるとも言える。人族で言えばまだ十代にしか見えない少女たち。中には、十代にさえ見えない少女もいたりする。


 現在、世界は『たった』四人の女神によって管理されていた。


 大きな円卓だった。

 東の世界樹、その管理者であるツバキを除いた三人の女神が席についている。

 円卓には果物の盛り合わせが申しわけ程度に置いてあるのだが、広い円卓のど真ん中にあるので手が届かなかった。

 が、問題はない。女神は人差し指を振るだけで皿の上の果物を浮かせ、手元に引き寄せる。女神と呼ばれているが世界樹の精霊である、これくらいは魔法以前の身体能力のようなものだ。生まれつき持っている特技とも言えない『普通』だった。


 赤い果実がふわりと浮き、引き寄せた勢いのまま、ぱしん、と手のひらで受け止めた女神が、大胆にその果実をかじる。

 ……やや苛立ちを感じさせる食べ方だったが、実際、彼女はイライラしていた。



「――遅い!!」


「いつものことじゃんか、そうカリカリするなよ」


「時間はたっぷりとありますから、気長に待っていましょう」



 文句を言ったのは西の世界樹の女神。

 長い銀髪を首の真後ろで結び、ひとつの束にして胸の前へ垂らしている。名はカグヤ。


 そして、彼女とは反対に落ち着いている様子のふたりの女神。他人が感情的になっているのを見ると冷静になれる、という理由もあるが、元より遅刻を咎めるようなふたりではないのだ。

 女神としては少しだけ先輩にあたるため、カグヤの苛立ちを多く経験してきたふたりである。大人の対応だ。カグヤは分かりやすく拗ねて、


「……共感してほしかっただけなんだけど」


 なんでわたしが悪者に? みたいな、咎める態度が不満らしい。

 がじがじ、と味わうためではなく、苛立ちを消化するために果実をかじる。


「どうせ寝坊だろ。あの子はよく寝る子だしな」


 と、北の世界樹の女神。

 彼女は見える鋭い八重歯で果実の半分を一気にかじった。まるで肉を噛み千切るようだった。――獣を連想させる肩まで伸ばした緑髪。

 思わず姉御と呼んでしまいたくなる頼れる背中と、力強い女性像がよく分かる女神だった。名はレオナイ――そして対面には。


 果実をナイフとフォークで丁寧に切って口に運ぶ綺麗な女性がいる。南の世界樹の女神、テオルカだ。高い位置で結んだ、透き通った青色の髪を垂らした尾のような髪型だ。


 テオルカとレオナイ。

 ふたりは同時期に生まれた女神であり、現在の女神の中では最も先輩である。世界の酸いも甘いも知り尽くしている――それでも、彼女たちが重ねた歴史は浅いものであるのだが……。


「よく寝る子って……擁護したら悪い癖が治らないんじゃ……」


「あら、擁護するとは言ってませんよ? きちんと説教はしますから」


 果実を舐めてから口の中へ。

 その個性が出る食事に、カグヤはゾッとした。


「あはは、お、お手柔らかにしてあげてね……」

「なんでお前が同情してんだ」


 ちなみにだが、女神は食事を必要としない。

 世界樹の根から吸い上げている世界の生命エネルギーが主食であり、世界樹で育った果実を食べる必要はない……ないのだが、目の前にあれば手を伸ばしてしまうものだ。


 娯楽、と同じだろう。食べなくても問題ない、とは言えだ、空腹を感じることはある。生命に影響がなくとも気分的な問題で不調になることもあるのだ。

 がまんする場面でなければ食べても損ではない。


「ねえ、退屈なんだけど。今日が話し合いの日だって分かってるはずなのに、どうしてツバキは姿を見せないの? それとも、こっちで勝手に決めちゃっていいのかな……」


 姿を見せないことは、つまり勝手に決めてください、というメッセージなのではないか?


「話し合いは四人で、という決まりだろう? ひとりを除け者にするのは後で揉めることになる。原因を作ってどうすんだ。分かってると思うが、世界のルールを知らぬ内に変えられたら管理者として困ることになる。身をもって知ってるよな?」


「う……それ、一度寝坊して話し合いに参加しなかったわたしを批判してる?」

「してない、と言うと思ったか?」


 もちろん、事後になったが、相談はされていた。

 その上で受け入れたことではあったが……、話し合いに参加せず結果だけを聞いた上で管理する大変さがあった。あんな寝坊は二度としない、と誓ったものだ。


 世界樹は根を通し、世界へ干渉できる。時間はかかるが作り変えることと同義だ。

 かつて、なにもない大地に小さな芽が出て育った世界樹が、今の世界を作った――植物も、生物も、空気も、全てを。


 当然、作ったものを壊すこともできる――生態系を崩すことも可能だ。

 ただ、ひとりが勝手なことをすれば他の女神が粗を潰すように修正をする。世界は、そうして何億年も維持されてきたのだ。

 今更、がらりと変える大改革はできないほどに、世界は完成されてしまっているが、小さな修正はできる。今の女神は微調整のための管理者だ。


 四人、と言えば少ないと思うだろう……実際、過去にはたくさんの女神がいたのだ。森を作る大樹のように、世界には世界樹がたくさんあり、同時に女神も多くいた。だが――、


 彼女たちは枯れた世界樹と共に消えてしまったのだ。……前例を知っている。そのため、四人は結託し、絶対に裏切り行為をしないことを盟約にし、現在、東西南北の世界樹の管理者として存在している。

 選りすぐりのエリート、と言えるか。

 目先の欲に溺れない真面目な女神たちだ。


「しかし、それにしても遅いな……先に話し合いを進めておくか? あの子がきたらかいつまんで教えるってことで……」

「そうですね、話し合いをする前の、情報共有くらいはしておくべきでしょう……近況報告でも構いませんが」


 レオナイとテオルカが話している間、カグヤはぐてーっと、円卓に溶けるように突っ伏していた。ふたりのおはなしはむずかしいのだ。


「人間の繁殖率を上げませんか? それとも、人族に近い、エルフ、ドワーフ、リザード族を増やした方が……、どう思います?」

「あー、そうだな……思ったよりも魔物の繁殖率が高いってのが厳しいよな。冒険者の数が追いついていないってのはあたしもどうにかしないといけないって議論しようとは思ってた。魔物の繁殖率を下げるのは? ……やめとくか、他のところにも影響が出るだろうし」


「ひとつを変えれば全体に影響が出ます。……どこをどういじってもよそに影響はない、とは言えませんが……さすがに生態系をいじるのはやめておいた方がよさそうですね。先人が組み上げたものをいじると崩壊しますから。やはり、冒険者となる人族を増やすのがいいのではないですか?」


「内輪揉めされたら最悪だけどな。最近になって急激に国が増え始めてる。魔物と数を拮抗させるために人族を増やしても、勝手な内輪揉めで減っていったら意味がない気がするが……」

「人間からすれば内輪揉めではない、と言いそうですが。国が違えば敵、と。さすがに女神と言えど、個人の思想に影響を与えることはできません」


「じゃあ――【センス】の解放に制限をかけるか?」

「たとえば?」


「解放には世界樹に辿り着く必要がある、とかな。今は危機的状況に陥れば自然と解放されるようにはなっているが……、センスのありなしで実力に差が出てるだろ、逆転の目が出ないほどにだ。あと、あたしが気になったのはレベルアップについてだ。単純作業でレベルを上げることができるのも問題だな」


「そうですか? レベルアップは経験値の積み重ねですから、いいと思いますけどね……魔物を倒して一万回、それでレベルが上がるというのは妥当なシステムではないですか?」

「たとえばスライム狩りして高レベルになったとする。じゃあドラゴンに挑んで勝てるのかって話だ。数値が上がっても経験がない。高レベルの冒険者であり、体がいくら頑丈だとしても攻撃を受け続ければいずれ死ぬ。レベルの数字が上がるだけで、んなの強くもなんともないじゃないか。あたしはこのシステムも悪だと判断する――悪いか?」


「いえ……じゃあどうするんですか」

「それを話し合うんだろ? だから賢いお前に聞いてるんだ、テオルカ」

「相変わらず人任せというか……人たらしですね、レオナイ」

「そりゃお前が勝手に思ってるだけだろ」


 飛び交うむずかしいおはなし。と思っているのはカグヤだけなのだが……、先入観だろう。大人なふたりが話し合っていることはむずかしいおはなしなのでわたしはしーらない、と諦めてしまっているから別言語のように聞こえて耳を通り抜けてしまうだけで、話に参加すればカグヤでも充分に分かる内容である。

 そもそも女神なのだから、分からない内容ではないはずなのだが。


 それに気づけない女神カグヤは、よくわかんねー、と言った表情で顔を上げ、気づいた。

 ――奥の入口、寝坊していた最後の女神が姿を見せたのだ。


 十代の中でも若い方だろう、金色のお団子を頭にふたつ乗せた小柄な少女だった。

 女神なので決して若くはないのだが、それでも大人から甘やかされてきた可愛らしい女神だった。女神様、と敬られることはなく、人族からも女神ちゃんと可愛がられている――

 西の女神、ツバキだ。


 女神たちが集まっているここ、西の世界樹の精霊である。



 …つづく

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