心生し

夢無・中性的な店主。詐欺師の雰囲気が強い。性別不問


蛍・金欠大学生。女性配役


ー以下本文ー


夢無:(M)とある界隈では、人間の感情は貴重なモノとされており高額で取引されている。そのためか人心売買のマーケットは日々賑わいをみせ、飽きることのない取引が繰り返されている。今日も一人、金のため「心」を売りにきているようです。

夢無:「あぁ、いらっしゃいませ」

0:しばらくの間(不穏なBGMかSEはお好みで)

蛍:「今月の支払いは・・・・・・足りないよねぇ」

蛍:(M)支払い催促のハガキを眺め、ため息をつく。自宅には売って金になるようなモノはすでにない。その時ふと友人から聞いた、「心」を高額で買い取ってくれる店の話を思い出した。うろ覚えの住所を検索し、家を走り出す。

0:走って現地に向かう。(S Eか走っている感じの息づかいを入れる)

蛍:「はぁはぁ・・・全然ない!」

蛍:(M)店の名前も特徴も知らない状態で、おおよその住所だけで探し出そうという考えが甘かった。詳細を調べて出直そうと、諦め、帰る決断をしたと同時に、声をかけられる。

夢無:「何かお探しですか?お嬢さん」

蛍:「えッ・・・誰?ていうか、どこにいます⁉︎」

夢無:「上ですよ。ほら、首をあげて上をご覧なさいな」

蛍:「上?あ、・・・えーと、どうも、こんにちは」

夢無:「フフフ、こんにちは。何を探しているのですか?」

蛍:「いや、ちょっと変わった店を探してまして。この辺りにあるとは聞いていたんですが・・・なかなか見つからなくて」

夢無:「へぇ〜この辺りに、お嬢さんのような綺麗な若い子が、気になるような変わった店なんて、あった覚えはないけどねぇ」

蛍:「気になるというか、なんというか・・・」

夢無:「人間、誰だって何でもかんでも話せることばかりじゃないですからね。気にしないでください。それに、この辺を若い子が忙しなく走り回ることも珍しいので、それはそれは大事な御用なのでしょう」

蛍:「ええ、まぁ・・・大事ですね。生活がかかってますから」

夢無:「それは大事だねぇ・・・違ったら申し訳ないのだけれど、お嬢さん、もしかして、「心」を売りに来たのかい?」

蛍:「もしかして、店の場所をご存知で?」

夢無:「ご存じも何も、お嬢さんは運が良いですね。私が探している店の店主です。用事があるなら、二階に上がってきてください。ここがその店です」

蛍:「え、本当ですか⁉︎」

夢無:「嘘だと思うなら、自分の目で確かめに来るといい」

蛍:(M)黒髪の店主は煙管を片手に、奥に入って行った。私は恐る恐る、今にも崩れそうな階段を上がり、二階に向かう。引き戸をあけると、薄暗い部屋に、四人がけカウンターと、部屋の隅にポツンとソファーが一つ。

夢無:「いらっしゃいませ、お客様。あの様子だと、本日は買取でよろしかったでしょうか?」

蛍:「えっと、はい」

夢無:「かしこまりました、こちらへどうぞ。今日は珍しく暇でしてね、カウンターの好きなところに座ってください。それと、お嬢さんは「心」を売るのは初めてですか?」

蛍:「はい・・・そもそも「心」って売り買いできるモノなんですか?」

夢無:「ええ、もちろん。店としてこうやって看板を構えているからには、買取も、なんなら購入も可能ですよ」

蛍:「・・・そうなんですね」

夢無:「そうなんですよ。案外需要も高いもので、日々様々な「心」が金銭でやり取りされていて、見ていて飽きないですよ」

蛍:「それはまた・・・」

夢無:「言葉を濁す必要性はないですよ。はっきりと、悪趣味と言っていただいて構いません。私もそう思いますので」

蛍:「えっと・・・すいません」

夢無:「謝ることではございません。それが一般的で平凡と言われるような感覚で間違いはありませんから。感情は尊く、価値をつけるなんて傲慢だと、直感的に感じてしまうのは無理もありませんし、世間ではそれが正しいのです」

蛍:「・・・・正しい」

夢無:「お嬢さん、紅茶はお好きですか?」

蛍:「まぁ、人並みには」

夢無:「一杯いかが?」

蛍:「お願いします」

蛍:(M)彼女は静かに煙を燻らせ、茶器と角砂糖を私の前に差し出す。中性的な見た目から発せられる見た目通りの声色、真っ白な肌とは対照的な深い黒髪。そして甘い香りのする煙管とゆったりとした極彩色の服。話でしか聞いたことのない*九龍城クーロンジョウが連想される、そんな空間に、酔ってしまいそうだ。

夢無:「お嬢さんの名前を伺っても?」

蛍:「*ほたるです」

夢無:「蛍・・・蛍さん・・・儚く美しい輝きをもつ名前ですね。名乗ってくれてありがとう。次は私の番だね。ここの店主をやってる*夢無ゆめなしといいます。正夢の夢に、無力の*で、*夢無ゆめなし。商売仲間や常連さんからは*ゆめさんと呼ばれていますので、蛍さんもそう呼んでください」

蛍:「はい、・・・夢さん」

夢無:「ふふふ、ありがとう。それじゃ、本題と行きましょうか。蛍さんは「心」を売りに初めての来店で、さらに、こういう取引も初めてですか?」

蛍:「はい」

夢無:「じゃあ、詳しい説明から始めていこうかと。まず、「心」の取引は総じて人心売買と言われています。聞こえがかなり悪いですが、漢字の当てはめがこれ以上ないくらいにしっくり来ているせいで、それが浸透してしまってます。もう呼び方を変えようだなんて声は無くなってしまいました。まぁ、そんなことはどうでもよくてですね、蛍さんが気になるのは、「心」の買取金額ですね。私もそこが重要だと思いますが、いかがでしょうか?」

蛍:「全く、その通りで」

夢無:「正直でいいですね。結論から言うとピンキリです。喜・怒・哀・楽、人間の根源的四つの感情により近く、純粋で強力な「心」が高額取引されている。数百万円という価格もあれば数千万という、途方もない金額でのやりとりも。ちなみに、蛍さんは今日ここに来たということは、真っ当な状況下ではないと、容易に想像がつきますが、詳しく伺っても?内容次第では、多少の色をつけることくらい、お安い御用です」

蛍:「・・・私の状況を話すのは、構いませんが、先に聞きたいことがあります」

夢無:「どうぞ。買取に関わるようなことでしたら何でも答えましょう」

蛍:「その・・・お金をかけて「心」を買う意味は?」

夢無:「あぁ、そんなことですか。それは人それぞれです。例えばですが、精神疾患の末、「幸福」や「向上心」を忘れてしまったり、感じられなくなった人間は、この時代に少なくありません。そういうお客様は、感情を購入し、思い出すキッカケに使うようです。逆に、ライバルや嫌いな人間を蹴落とすための「憂鬱感」や「不安感」を購入し、強制的に付与するような使い方をしている人もいましたね。お客様それぞれ色々な使い方があって、購入されていきますので、使用方法をあげればキリがありません。私はあくまで仲介人ですから、お客様の使用方法にまで口出しをする権限などありはしません」

蛍:「悪用しようが、自分で使おうが関与はしないってことですね」

夢無:「そう捉えていただいて問題ありません。他に聞きたいことは?」

蛍:「いいえ、大丈夫です」

夢無:「でしたら、私の方から、買取にあたっての注意点をいくつか」

蛍:「注意点?」

夢無:「はい。もちろん人間の「心」を買い取るのです。本人にもそれ相応の不具合というものが発生する場合があるのも、無理はない話です」

蛍:「うまい話には裏がつきものなんですね」

夢無:「裏はありますが、基本的には使い方次第です。まず、「心」の買取とは言っていますが、正確には実際に体験した感情の買取が可能です。他人が体験した感情は買い取れません。誰かが体験した感情は、その人の持ち物ですので、勝手に売ることができないのも、当たり前です」

蛍:「なるほど・・・」

夢無:「ちなみに、蛍さんは「心」を売った人間はどうなると思います?」

蛍:「どうなるって・・・売ったのであれば、その「心」というか、感情を使えなくなるとうか・・・感じなくなる、とかじゃないんですか?」

夢無:「そうですね。売ったものは使えない。当たり前の話です。ただ、それは売った後の、未来の話」

蛍:「未来?」

夢無:「人間は過去の記憶を感情と結びつけていることがほとんどです。嬉しい記憶に、悲しい記憶、腹立たしい記憶など、記憶に対して感情でラベリングをしているのです。では、そのラベルを買い取ったらどうなるかと思いますか?」

蛍:「・・・思い出せなくなる?」

夢無:「結果としては正解です。ただ、私は「心」を買い取っているのです。嬉しいという感情はなくなっても、記憶や体験した事実は残ります。その時に発生する不具合は?」

蛍:「記憶の欠落というか、不整合が発生するとか・・・」

夢無:「いいえ、違います。嬉しい記憶の「嬉しい」がなくなり、なんてことのない、ただの記憶になります。日々の日常風景の片隅のような扱いになり、だんだんと忘れていく。それだけです」

蛍:「それだけ・・・」

夢無:「はい。今は「嬉しい」という感情を例に取りましたが、これが「辛い」や「悲しい」、その場合はとても有効に働くとは思いませんか?」

蛍:「忘れらないような「苦しい感情」も忘れられるってことですか?」

夢無:「理解が早くて助かります。つまりは使い方次第です。ノーベルのダイナマイトだって、鉱山では神の発明と言っても差し支えないですが、戦場では多くの命を爆発の塵とする、悪魔の発明です」

蛍:「使い方次第ってことですか」

夢無:「察しがいいようで。ではそろそろ、蛍さんの話も聞かせていただいも?」

蛍:(M)紅茶をうなだれるように覗く。整った綺麗な顔が鈍色の紅茶に映る。その顔に昔の面影はない。

蛍:「そうですね・・・夢さんは私の顔を見て・・・どう思いました?」

夢無:「良い造形をした顔だなと」

蛍:「ありがとうございます。私もこの顔になってから、良いことが多いです。多くの人が優しくしてくれるし、人前にも*躊躇ちゅうちょなく出れる。それは便利な顔です」

夢無:「まるで昔は違ったかのような言い方ですね」

蛍:「違いましたよ。もう昔の自分の写真を見ても、同一人物と思えないくらいには変わりました」

夢無:「整形ですか?」

蛍:「はい。とても高い医療費でした。それでも、払った甲斐があったと思えるような人生には、変わりましたね」

夢無:「で、その医療費の支払いが心を売る理由だと?」

蛍:「はい」

蛍:(M)私はなんとなく砂糖とミルクを紅茶に溶かし入れる。

夢無:「蛍さんの事情はわかりました。もちろん、できる限りの買取をさせてもらいます」

蛍:「ありがとうございます」

夢無:「では、どの感情の買取をするかなのですが、そもそも買取可能な感情を確認していきますので、ここに手をパーに開いて置いていただけますか?」

蛍:(M)水晶玉とか、金色の胡散臭い置物が出てくるかと身構えたが、無骨なコードがついた黒い板が出てきた。

夢無:「想像と違うものが出てきましたか?」

蛍:「そうですね・・・もっとファンタジー寄りの胡散臭いものが出てくるかと思いました」

夢無:「あくまで商売ですから、そんなインチキ染みたことはしません。しっかりとした理屈の元作られた、科学的な装置です。詳しい構造は知りませんが、これで買取可能な「心」を選別します。」

蛍:「ハイテクなんですね。なんらかの不思議パワーとかを言い出したら、適当な理由を付けて帰るつもりでした」

夢無:「その警戒心は素晴らしいです。しかし、この黒い板自体は業界内で、モノリスなんて呼ばれ方をしていますので、どちらにしろ胡散臭いですよ。それに原理や仕組みは誰も理解していないものですので、不思議パワーでなんとなく片付けているのも事実です。ということで、よろしくお願いします」

蛍:(M)モノリスに手の平を置くと、板に白色の文字がいくつか浮かんできた。

夢無:「手を外していただいて。今ここに並んでいるのが、買取可能な感情になります。そしてここを押すと、金額順になります」

蛍:(M)夢さんがモノリスの側面を押し込むと、暗転をした後にフッと文字が浮かんでくる。上から順番に哀、楽、怒、喜、高慢、傲慢、愉悦、憂鬱、幸福、殺意と縦に並んでいる。

夢無:「上から買取金額の高い順に10個並んでいます。金額の方はこちらになります」

蛍:(M)もう一度モノリスの側面を押し込むと、感情の横に数字が羅列される。

夢無:「先ほども言った通り、根源的感情を売れば、多くの記憶が*泡沫うたかたと化すでしょう。つまり、上位4つの感情は大変貴重であり、金額も見ての通りで桁が二つ違います」

蛍:「5千万・・・これ、本当ですか?」

夢無:「はい、もちろん。ただ、現金一括とはいきませんので、小切手形式で支払いはさせていただきます。しかし、オススメはできませんね。理由は先ほどの話が全てです」

蛍:「そうなると実質的な買取価格が一番高いのは47万円の「高慢」、次点が40万で「傲慢」ってことですか?」

夢無:「そのようですね」

蛍:「・・・これって近い感情に対して同じ表記で出てくる仕様はありますか?」

夢無:「鋭い指摘ですね。確かに感情というのは多種多様で、大まかな意味が同じでもニュアンスが変化するものが多くあります。例えば劣等感と自己否定なんかがわかりやすいですね。劣等感は、他者と比べて自分の劣っている様を嘆く感情ですが、自己否定は、勝手に思っている絶対的価値観に対して自分の不甲斐なさを嘆くようなイメージです。結局は同じものを感じるにせよ、シチュエーションごとに最適な感情というのは変わりますので、ここでは別のものとして*仔細細々しさいこまごま明記しております」

蛍:「そうですか。となると、この「高慢」というのが私の中で一番強く価値のある感情だと?」

夢無:「そう解釈していただいて相違ありません」

蛍:(M)夢さんは小さく微笑んだ顔を崩すことなく迷いなく受け答えを進める。ふと、私を見下し嘲笑していた連中を思い出す。・・・不愉快だ

夢無:「もしや、蛍さんは自身が「高慢」でも、「傲慢」でもないと思っていらっしゃるのですか?」

蛍:「そりゃあ思いますよ。割と虐げられる側の人生でしたので」

夢無:「それはそれは、また・・・滑稽ですね」

蛍:「滑稽?どこがですか?」

夢無:「大きくズレた自己理解の上での行動で、身を滅ぼしかけている。この事実を滑稽と言わずして、なんと言いますか?」

蛍:「癪にさわる言い方をしますね。今、ここでの数分の会話で何がわかったというのですか?」

夢無:「人間性というのは、本人がどんなに意識していても、言葉の抑揚や選び方に出てくるものです。蛍さんはこれまでそういう事を多く経験してきたはずでは?」

蛍:「そりゃ、人の悪意というか、そういう風に向けられる視線が多かったので・・・」

夢無:「そうですね。そういう境遇に同情は致しますが、別にアナタが醜悪だったのは顔だけではないかと思いますが?」

蛍:「なんですか?ルッキズムですか?現代でそんな思想受け入れられませんよ」

夢無:「ルッキズム?・・・あぁ、外見至上主義のことですか。確かにそう捉えれても仕方がありませんが、曲解甚だしいかとも思います」

蛍:「さっきからなんですか?私の感情を逆撫でしてきて・・・何か文句でも?」。

夢無:「いえいえ、文句ではございません。蛍さんの発言をリテイクすればわかるかと」

蛍:「どうぞ、繰り返してみてください」

夢無:「蛍さんは自分の顔を、「同一人物と思えないくらいには変わりました。」と言っていましたね」

蛍:「言いましたよ。でも、それは事実であって、何もおかしなことはないですよ」

夢無:「はい。アナタ自身が言うのであれば、事実で間違いはないのでしょう。ただ、言葉の揚げ足を取るようですが、「変わりました」とはまた、自分の功績かのような言葉だとは思いませんか?」

蛍:「実際、金を払っているのも、手術の依頼、注文を出して、手術を受けたのは私ですよ。何も間違いはないのでは?」

夢無:「そうですね。でも、蛍さんは何をしたのですか?」

蛍:「何をって・・・」

夢無:「麻酔を受けて、手術台でごろ寝して、目覚めたら綺麗な顔になっていた。そんな感じかと。言葉選びが悪いとか言わないでくださいよ。興が冷めていしまいます。それに、こう言う風に言い換え可能な時点で、その一面は確かにあるのですから、これもまた事実です」

蛍:「でも・・・」

夢無:「でも、でも、でも、でも、と、聞き苦しくてかないませんね。結局アナタは何もしてないし、成してもいないのですよ。嫌われるのも、悪意の視線に晒されるのも、全てはアナタ自身の問題です。外見なんて要因の一つに過ぎません。顔は「変わった」のではなく、「変わってしまった」ですよ」

蛍:「それがこのモノリスとかいう機械が、私を高慢で傲慢だと判断した理由ですか?」

夢無:「そう断言することはできませんが、大体的を得ているかと。顔さえ変われば私は上手くいく、他の奴らは顔だけで中身なんて空っぽだとか、そんな風に考えている人間を表する言葉として、高慢、傲慢は最適かと」

蛍:「もういいです、帰ります。お金はどうにかして作りますので!では!!」

夢無:「自惚がすぎますね」

蛍:「なんですか?帰り際にまだ皮肉をいうのですか?」

夢無:「いえいえ、事実ですので。お金というのはそんな簡単に手に入らないからこそ、信用通貨として出回り、厳重に管理されているのです。そして難しいからこそ、アナタもそれを欲してここに来たのでは?そんなこともわからない阿呆に自惚れるなと言うのは、自然なのでは?」

蛍:「じゃあなんですか?買い取ってくれるんですか?私の汚い感情なんていらないでしょう!」

夢無:「汚い感情に価値がないと、いつ言いました?むしろ先程47万の金額をお見せしましたが?」

蛍:「買い取る気あるんですか?そんなに煽っておいて?」

夢無:「はい、もちろん」

蛍:(M)急に満面の笑みで話し始める夢さんがとても不気味に感じた。

夢無:「ただ、私から提案させていただくのは、感情の交換と、差額のお支払いです」

蛍:「交換?」

夢無:「はい。今から蛍さんには、この47万円の高慢と40万円の傲慢を売っていただきます。そしてその金額でこちらを買っていただきます」

蛍:(M)夢さんはそう言いカウンター下から「自尊心」と書いてある瓶を取り出した。蓋には85万と書いてあった。

蛍:「なんですかそれ?」

夢無:「感情です。買い取った感情は液体にして瓶で保管するのが一番安全ですので」

蛍:「いや、そういうことではなくて・・・」

夢無:「違いましたか?」

蛍:「買取さえしてもらえれば私はそれでいいんですけど・・・」

夢無:「一度に2個も感情を抜いて、人間が無事でいられるとでも?」

蛍:「・・・それもそうですけど」

蛍:(M)さっき買取の注意事項を考えると、欠落する部分が多そうなのも確かだ。

夢無:「なので、蛍さんの今後のことも考えて、近い感情でありながら、自らを尊ぶ感情である「自尊心」での補填を提案させていただきます」

蛍:「今更そんなものを入れたところで」

夢無:「人間の素晴らしいとこは、どんな時でも、キッカケ一つで考え方を変え、行動原理に大きな変革を起こせることにあります。今後の人生は、蛍さん自身の考え方次第です。その後押しだと思ってください」

蛍:「つまり、私は今から2万円の受け取りと、その怪しい液体を飲み干すと言うことですか?」

夢無:「そうですね。ただ、飲むのは、寝る前にしてください。睡眠というのは脳の修復時間でもあるので、その時が最も定着率がいいです。もちろん定着しなければ保証もあります」

蛍:「わかりました・・・その方向でお願いします」

夢無:「ありがとうございます」

蛍:(M)夢さんはそう言い深々とお辞儀をして、承諾のサインを入れる契約書と、1万円札を5枚持ってきた。長話に付き合ってくれたお礼として、3万円の色を付けてくれたそうだ。。買取自体は簡単で、モノリスに手を置き10分ほど待つだけだった。その間、夢さんはパソコンで逐一買取進行度をモニタリングしているらしく難しい顔をしていた。

0:買取が終了し出入り口にて。(参考SE・引き戸が開くガラガラ音)

夢無:「では、本日はありがとうございました。また次回のご利用お待ちしております」

蛍:「はい・・・」

蛍:(M)渡された袋には「心生し」と書いてあった。「自尊心」自らをかけがえのない存在として肯定的に受け止め、尊重する気持ち。今更私にそんなことが出来るのだろうか?不思議な色をした液体の入った瓶を見て思う。考え方次第で、行動が変わり、未来が変わる・・・理屈は通っているが、なかなか難しい。この年齢から急に自らの行動に変化を及ぼすような、考え方の改革を起こせるとは思えない。それに、夢さんは後押しだとも言っていた。きっとこの液体だけで全てが上手くいくのではないのだろう。私自身に変わる勇気と覚悟がなければいけないのはわかる。出来るだろうか・・・不安が募るが、私自身でやるしかない。とりあえず、支払いのハガキと5万円を持ってコンビニに急ぐ。

0:蛍が去ってしばらくして、携帯片手に夢無が話す。

夢無:「はい、今回はとても面白い「心」が入ったんですが、いかがですか?えぇ、はい、はい。もちろん、今回も直前にその感情を煽っておきましたので、モノリスでは高慢100万、傲慢80万で表示されております。・・・はい、かしこまりました。では、受け取りの準備は済ましておきますので、都合の良い時で構いませんので、来店お待ちしております。はい、次回よろしくお願い致します。」

夢無:(M)携帯の電源を落としカウンターにしまう

夢無:「今回は思ったより直前の調整で金額が跳ねて大きな利益でしたし、しばらく店を閉めてのんびり旅行でも行きますかねぇ。常連さんもしばらくは来ないでしょうし、どこに行きましょう?」

0:店のドアが開く音がする。(推奨SE・引き戸のガラガラ音)

夢無:「あぁ、いらっしゃいませ、お客様。本日は何用で?」     

「終」

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