ヴァンパイア  男:女=1:1 20分台本

葵:2年前の夜のことである。私が運営する医院の前で外国人のような人間が倒れていた。最初は無理をした外国人観光客が病院を求めここで力尽きたかと思い、急いで運び込んだが、バイタルや心拍が異常なことに気づき私はある仮説のもと準備を進めた。


数時間後


葵:「ん?起きたか?」


ヴァン:「・・・助けていただいたようで、申し訳ない。この匂いは・・・病院か?」


葵:「そう。アンタはこの病院の前で倒れていたんだ。外傷なし、体温が低いこと以外異常なし」


ヴァン:「ハハハ、面目ない」


葵:「外国人さんなのに随分と日本語が流暢だな」


ヴァン:「まぁ移住するために勉強しましたから」


葵:「それはまた、勉強熱心なことに」


ヴァン:「どうも、お褒めいただきありがとうございます。では、私はそろそろお暇させていただきます」


葵:「それで帰れると思っているのかい?金髪碧眼外国人さん」


ヴァン:「・・・逆に帰れない理由がありますか?」


葵:「心臓が止まり、体温が30度切る目前の人間が、呼吸をして歩いて話しているんだ、止めもする」

私はタバコを灰皿にねじ込み碧眼を睨む。


ヴァン:「フフッ、随分と好奇心旺盛な女医さんですね。この国にはいい言葉がありましたね。知らぬが仏。私は仏がなんなのかはよく知りませんが、私が嫌う神のような存在なのでしょう」


葵:「回答になってねぇぞ化物」


ヴァン:「化け物・・・いいですね。私の存在をピンポイントで表している。いい言葉ですね。貴方には、本日助けていただいたお礼と、新しい言葉を教えていただいた恩返しとして、自己紹介をさせていただきます」


葵:「大仰に頭下げても帰さねぇぞ」


ヴァン:「私は先日祖国のルーマニアからこの国移住してきました、吸血鬼でございます。名前は現在ヴァンと、名乗っております。以後お見知り置きを」


葵:「吸血鬼が存在するとはねぇ」


ヴァン:「すんなり受け入れるのですね。大体の人間が空想上の存在だと否定から入るものなのに」


葵:「そりゃ信じがたい話ではあるが、あんたの体温、脈拍、その他様々な体の状況が、その事実を肯定している。感情は否定できても、数字や事実は、なかったことにできない」


ヴァン:「それはとても合理的な考え方ですね」


葵:「それで、なんでうちの前で倒れていた?」


ヴァン「・・・それはただ行き倒れていただけですが、何か?」


葵:「・・・輸血パックを盗みに来たか?」


ヴァン:「・・・なんのことやら」


葵:「長生きそうなので知っていると思うが、人間は嘘をつくことによる心理的後ろめたさからでる行動は、そんなに差がないんだよ。お前は後ろで組んでいる手を組み替えるのが癖のようだな。元人間らしさを感じる。いい一面じゃないか」


ヴァン:「私が嘘をついているとして、どうするのですか?」


葵:「これをやるよ」

私はあらかじめ用意していた使用期限ギリギリの輸血パックを取り出した。


ヴァン:「どういう風の吹き回しで?」


葵:「別に、捨てる予定の輸血パックを、必要そうな化け物に譲るだけだよ。なんだ、いらないのか?」


ヴァン:「いえ、貰いはしますが、どういうつもりでそれを差し出しているのか聞いているのです」


葵:「めんどくさいな・・・化け物なのに理由がないと優しさ一つ受け取れないのか?人間じゃあるまいし」

私はタバコに火つける。禁煙はやはり無理そうだ。


ヴァン:「化け物の命を救うメリットなどないでしょうに」


葵:「人間の命を救っても同じだよ。命に貴賎はない。目の前で栄養不足で死にかけているのが、人間だろうと吸血鬼だろうと関係はない。救えるもんは救う。それが私のエゴだ。それに、空腹ってのは、どんな人間も、人外であっても、等しく心の貧しさを招く。その中で、生きてる人間を襲わず、ここに来た化け物が、清廉じゃない訳がないだろ」


ヴァン:「貴方・・・面白いですね」


葵:「また腹減ったらここに来い」


ヴァン:「ありがたく頂戴させていただきます。では・・・」


葵:吸血鬼はそう言い霧になって消えていった。


現在


葵:「なんてかっこつけて去っていったのに今ではズブズブな関係だな、ヴァンさん」


ヴァン:「やめてください、恥ずかしいです。もう二年前ですよ。忘れてもいいころだと思いますが」


葵:「一生いい続けてバカにしてやるよ」

あの後吸血鬼はうちの医院の近くに異国からの移住者として住みつき始めた。たまに医院の手伝いと、子供の相手をしながら、楽しくやっているようだ。生活資金は目の前にあるキッチカーでトルコアイスや海外のファストフードを売りながら、どうにかしているようだった。今も子供達でキッチンカーの前は賑わっている。皆から「ヴァンさんありがとう!」などと言われている。


ヴァン:「ありがとうねー。アイス落とさないようにね。歩いて帰りなよー!」


葵:「お前・・・私より人気者だな」


ヴァン:「そんなことないですよ。ただの役回りです。私のしていることは、やる人間が居なくても、さして問題はないですが、医者はそうはいきませんからね。ここの人間はそれを理解しているはずです」


葵:「それっぽいこと言っているが、実際はお前が重度のオタクで、アニメ漫画各種コンプリートしているのが一番の理由だと思うのだが・・・」


ヴァン:「どうでしょうねー」


葵:「棒読みなのが回答になっているな」


ヴァン:「葵さんも最初はあんなに優しかったのに、今ではやさぐれてトゲトゲですね。あの夜に話した優しい慈愛に満ちた葵さんはどこへやら」


葵:「ウルセェ。優しさと慈愛が欲しいなら教会に行け。無事に帰宅できるかはわからんがな。とりあえず今月の輸血パック半分で許してやる」


ヴァン:「そんな殺生な!?餓死しますよ!?」


葵:「不老不死がなにを言っているのやら」


ヴァン:「何度も言ってる通り吸血鬼は不老不死ではありません。不老はそうですが、死ぬことはあります!」


葵:「どうせすぐ復活するなら変わらん」


ヴァン:「いや、死ぬのしんどいんですよ。復活した後もしばらくは二日酔いみたいな感じでフラつきますし。欠損部位の再生は激痛なんですよ!知ってます!?」


葵:「知るか。死んで復活した結果が、二日酔いなら安いもんじゃないか。いつでも何回でも死ねるな」


ヴァン:「今日イチの笑顔じゃないですか。ホント、医学を修めた人間とは思えない発言ですね」


葵:「医者全員が清廉潔白聖人君子なわけないだろ。マザーテレサに中指立てて、脳内お花畑が黙ってろ、ってキレる奴もいるさ」


ヴァン:「そんな医者は少数派でしょうね」


葵:「吸血鬼も多数派至上主義なのか?つまらんな。人間みたいじゃないか」


ヴァン:「人間に言われると説得力ありますね」


葵:「化け物がなんかいってらぁ」


ヴァン:「体は化け物でも心は誰よりも人間でありたいですね」


葵:「お前・・・・・・昨日の深夜アニメそんなに面白かったのか」


ヴァン:「ええ!もう、私の癖に刺さる刺さる!もう貫通してますね!今のセリフも今週の引きで使われたセリフでしてね!一話で言われたセリフに対する意趣返しで、それはそれはもう綺麗な言葉選びでして」


葵:「わかったわかった。最高だったんだな。わかったからその高速でまわる口を閉じろ」


ヴァン:「いやいやいや、最高だなんて陳腐な評価を私は許しませんよ!是非、葵さんも一緒にリアタイ視聴しませんか!」


葵:「大体の人間はその時間は寝ているんだよ。吸血鬼の生活リズムに合わせたら、この目の下のクマが今より濃くなるだろうが」


ヴァン:「気にしてたんですか?それ」


葵:「これでも一応乙女だからな、と言いたいとこだが、あまり気にしてない」


ヴァン:「ですよね。葵さんがそんなこと言い始めたら解釈不一致で爆散してしまいます」


葵:「なんで私自身の解釈不一致を他人に起こされなきゃいけないんだよ。私に萌えを見出そうとするな。お前が爆散しろ」


ヴァン:「ダウナーワーカーホリックな女性に萌えを見出さないのは、むしろ失礼にあたるのでは・・・」


葵:「謎の当たり前を言わないでもらえるかな。それが日本の文化だと思われたら、普通に嫌だから」


ヴァン:「なにを言っているんですか。この国は大昔から変態の国だと世界に知れ渡ってますよ。アニミズムの国なんですから、捉えようによっては擬人化の元祖ですよ!そんな国を母国として名乗れるなんて羨ましい!!」


葵:「私は今高潔な吸血鬼の堕落の過程を見せつけれてるよ。文化に触れたせいで、こんなになるんなら、この国はいっそ滅んだほうが、世界のためなのではないかとも思えるよ」


ヴァン:「国は滅んで構いませんが、その時は、私がこの国のクリエイター全てを救います」


葵:「真剣な顔で言うな。お前なら本当にできちゃいそうで怖いよ。実行に移すなよ」


ヴァン:「大丈夫ですよ。この国が滅ばない限り」


葵:「ならいいか」


ヴァン:「では、私はそろそろ帰宅しますね」


葵:「今日はやけに早いじゃないか」


ヴァン:「夕方にアニメがあるんですよ。少年誌で連載中で原作が面白かったので、初回リアタイしようかと」


葵:「楽しそうでなによりだ」

ヴァンはニコニコして帰っていった。アニメに魅せられ、日本の漫画にのめり込み、海の向こうから体一つでこの国に突撃してきた吸血鬼。正気を疑う。


数時間後


ヴァン:「こんばんは」


葵:「ん?きたか。輸血パックはそこのクーラーボックスだ。持っていくといい」 


ヴァン:「葵さん、待合室のテレビってDVD見れますか?」


葵:「見れるが、なにをする気だ?」


ヴァン:「リアタイはできずとも、録画を見ることくらいはできると思い、円盤を持って来ました」


葵:「照れくさそうにDVDを出すな。気持ち悪い」


ヴァン:「そんな罵倒しないでください・・・」


葵:「あぁ悪い。言葉が強かった」


ヴァン:「そうですよ。そんな強い言葉で罵倒されたら、興奮しちゃいます!」


葵:「・・・やっぱ気持ち悪いよお前」


ヴァン:「おふざけはこの辺にしておきましょう」


葵:「おふざけであることを願うよ」


ヴァン:「準備してきていいですか?」


葵:「勝手にしろ」


ヴァン:「お言葉に甘えて」


葵:吸血鬼はそう言いテレビにディスクドライブをつなぎ、どこから持ってきたのか謎のスピーカーを鼻歌まじりに用意し始めた。ガチオタはやはり恐ろしい。


ヴァン:「葵さん、いいですよ」


葵:「随分としっかり用意したな。ちゃんと持って帰れよ」


ヴァン:「私物なので絶対持ち帰りますよ」


葵:「なにを見るんだ?」

私はソファーに体重を預ける。隣の一人掛けの椅子に吸血鬼が足を組み座る。やはり西洋の血なのか足が長くスタイルが良い。


ヴァン:「昼間に私が言ったセリフ覚えてますか?」


葵:「体は化け物でも、ってやつか?」


ヴァン:「それです。ちょうど次回が最終回なので復習がてら通しでみようかと」


葵:「何時間ここに居座るつもりなんだよ・・・」


ヴァン:「30分アニメ11本分ですかね」


葵:「好きにしろ」


ヴァン:「ではお付き合いください」


葵:ヴァンはそう言いアニメを流し始めた。アニメは面白かった。化け物退治を生業とする人間が、化け物の命を奪うことに葛藤したり、化け物との関係性が、作り込まれた設定で展開される。正直に言えば、生きた心地がしなかった。何かの当て付けかと思えて仕方がなかった。


ヴァン:「いやー面白かったですね!葵さんはどうでした?」


葵:「面白かったよ。アニメも悪くないな」


ヴァン:「そうですね。では、感想戦といきましょう。・・・葵さん、隠し事は話したほうが楽ですよ」


葵:「・・・吸血鬼ってのは人の心も読めるのか?」


ヴァン:「数百年、ハンターから逃げているんです。それくらい身につきます」


葵:「私が吸血鬼ハンターだったとして、どうする?吸血鬼ハンターが吸血鬼相手に、正面から手ぶらでやってくるなんてまずないぞ。殺すなら今しかないってくらいのチャンスだぞ」


ヴァン:「今日は、最後の思い出作りだったんですよ。葵さんと一緒にアニメを見て、心残りなくここを去る」


葵:「お気楽だな」


ヴァン:「私をお気楽にしたのはきっと貴方達ですよ・・・葵さんだって私の命を奪おうと思えばいつでも奪えたんじゃないですか?」


葵:「私は医者だ。もう二度と自分の手で無意味に命を散らせはしない。そう誓っているだけだ」


ヴァン:「私はずっと葵さんに見逃され続けたのですね」


葵:「お前こそいつから気づいていた?最初に見逃した時点でどっかに逃げる選択肢は常にあったはずだが?」


ヴァン:「最初からに決まっているじゃないですか。一般人が死体を運び吸血鬼だと仮定して話を進めるとは思えません。それに、葵さんは自分で思っているより嘘も演技も下手ですよ」


葵:「感情を取り繕うのが苦手なだけだ」


ヴァン:「では、葵さんそろそろ私はここを去ろうかと思います。スピーカーと円盤は取っておいてください。私からの贈り物です。この2年と少しの期間は楽しかったですよ。もう何百年生きたか覚えてもいないですが、その中でも最高の期間でした。また、いつか会えた時は、聞かせてください。この町の人々のことを」


葵:「会わないことを祈ってるよ」


ヴァン:「フフフ、あなたらしいですね」


葵:吸血鬼はそう言うと2年前の夜と同じように霧になって消えていった。


X年後


ヴァン:あれから何年たっただろう。私は相も変わらずこの国を旅している。ただ、あの最初に住み着いた町より良い場所はなかった。それでも私はこの国の物語が好きだという一点で流浪の旅を続けている。

そして遂に、この国を周り切ったのかもしれない。私は戻ってきたしまったのだ。あの病院の跡地に。もうあの頃の面影はない。私はあの時と同じように病院に忍び込む。あの夜私が用意したテレビとスピーカーはなく、ボロボロの椅子とソファーが残るだけだった。感傷に浸る権利が私にないことはわかっている。それでも寂しいという感情に嘘はない。

いつも葵が難しい顔をして座っていたデスクを見つけた。何気なし同じ場所に座り、引き出しを開ける。引き出しにはUSBが一本ジップロックに入って居た。私は反射的にノートパソコンを取り出し読み込む。


葵:「久しぶりだな吸血鬼。廃業して廃墟になるであろう病院に戻ってくるような奴は私の知る限りあのお気楽なヴァンとか名乗っていた吸血鬼しかいない。お前のことだ、有り余る時間を使ってアニメの聖地巡りや日本全国津々浦々してきたことだろう。できれば土産話の一つくらい聞きたかったが、私はもうダメらしい。多くの命を摘み取ってきたんだ、自分が死ぬことくらいはわかる。色々な無理が今になって影響したんだろう。死ぬことは大した問題じゃない。ただ私には心残りがある。その心残りの解消のためこのUSBを残している。下記の住所の倉庫に行ってくれ。パスワードは「VAN3」にしておいた。


ヴァン:

私は荷物をしまい廃墟を飛び出した。住所を調べるとそこまで離れてない貸し倉庫のようだった。

ヴァン:「パスワードは「VAN3」と・・・もう少しまともなパスワードはなかったのか」

倉庫の重い扉を開けると中には、当時私が集めていた、漫画やグッズ、DVDが大事に保管されていた。私の知らぬものも増えているようだったが、誰が追加したかなど考えるまでもない。だいぶ遅くなったが、アニメの感想戦と行こうか、葵さん。


「終」

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