退屈な彼女 ・男:女=1:1 10~15分劇

・登場人物

主人公(男)―理系大学1年。久しく帰ってなかった実家に帰省。


彼女(女)―故人。文武両道を体現したかのような超人。感情の起伏が乏しい。


※役名下にセリフがあります。「 」がつけばセリフ。なければ心情か情景です。

以下本文

――――――――――――


主人公(モノローグ)

梅雨も終わり、本格的に夏が始まろうとしている。大学に入学して3ヶ月ほどが経過した。そんな時季に実家から連絡が来る。内容は葬式の招待状が来ているとのことだった。最初は親族関係かと思ったがどうやら違うらしい。写真で故人の名前を送ってもらい、すぐにピンときた。中学時代の同級生の名前だった。


「いや、暑い!しかも重い!」

連絡を貰ってから一週間後の現在、俺は葬儀に参列し帰宅したばかりである。実家に家族は不在であったが書き置きと、A4コピー用紙を2枚並べたサイズ感の古ぼけた白い箱が置いてあった。2階の自室で開けるようにと書いてあったが、今その部屋は物置部屋である。

「エアコンのリモコンはどこだ?・・・しょうがない、窓開けてしのぐか、ていうかあの箱、重過ぎだろ。」

そう愚痴を言いながら箱の蓋を開ける。中にはなんの価値もない紙束が詰まっていた。

「なるほど、そういうことか。死ぬ前に持ち主に返しておこうということか。それにしても、優等生は本当に物持ちが良いんだな。他人が書いた小説をこんなに大事取っておくなんて・・・」


彼女

「自作の小説書いているの?」


主人公

「書いてるよ。なに?学校一番の優等生さんも笑いに来たの?」

放課後の教室でのこの痛々しい会話が、彼女と俺の関係の始まりだった。


彼女

「随分と卑屈ね。私は君の書いてる作品を読ませてもらおうかと思って声をかけたのだけれど、今、手元にある?」


主人公

「手元にはあるけど、この学校には図書室があるじゃないか。名の知れ渡っている有名作家の本がズラリとある。そっちを読んだ方が有益じゃない?」


彼女

「図書室の本は飽きたの。全て読み尽くしてその結果が、あの退屈な紙束の詰まった退屈な空間の完成。もう一度読もうと思わせる本はなかったのよ」


主人公

「図書室の本を全て読んだ訳ではないけど、あそこが退屈なのは同意かな」


彼女

「あら、案外気が合うのね」


主人公

「それはまた別の話だろ。はい、これ。このファイルに小説が一本入ってるから、読み終わったら、後でいいから返してね」


彼女

「ありがとう」


主人公

「じゃあ俺はココで」


彼女

「なに帰ろうとしてるの?私が読み終わるまで残りなさい。わからないところ聞くから」


主人公

「え、・・・わからない事を調べるとかは・・・」


彼女

「調べるより作者に聞いた方が早いでしょ。国語の文章問題解いてる時思わなかったの?」


主人公

「それは思いますけど・・・」


彼女

「わかったら座って待ってなさい。そして今書いてるのでも進めておいて」


主人公

そう言うと彼女は原稿用紙に目を落とし読み始めた。紙を一枚捲る音にいちいち心臓が飛び跳ねる。自分の作品を同級生に目の前で読まれるのは地獄だと中学で知った。


彼女

「・・・ねぇ、この小説って添削とかしてるの?あと、続編予定は?」


主人公

「添削は少ししてるけど、続編予定はないです」


彼女

「そう。少しここで待っててくれない?すぐ戻るから」


主人公

「え、なにするんですか?」


彼女

「いいから待ってて。原稿借りてくね」


主人公

そう言うと彼女は軽やかな足取りで教室を飛び出して行った。内心原稿が返ってこなくても不思議はないなと軽い後悔をしているところに、彼女は少し厚みの増したファイルを持って戻ってきた。


彼女

「ハイ、これ」


主人公

「あ、ありがとうございます」


彼女

「どういたしまして」


主人公

「あの、つかぬことを伺うのですが、ファイルに入ってる原稿がコピーになってるのと、大量の赤ペンが綺麗なシステマチックな字で入っているのですが、何コレ?」


彼女

「ん?修正箇所と修正案だけど」


主人公

「簡潔明瞭にお答えありがとう、でも俺が聞きたいのは赤ペンの内容ではなく、赤ペンを入れてきた理由と、原本の所在地なのですが!」


彼女

「察しが悪いのね。君のその文章添削を少ししてると言ったけど、お粗末過ぎて話にならない。けど、物語自体は面白くなる余地があると思ったから、書き直して私に読ませて。それと、原本は私が持ってる」


主人公

「いや、素人文章にそこまでしなくても・・・」


彼女

「私の退屈を紛らわすのに、プロか素人かなんて、さしたる問題ではない。面白さも同様にね。だから、さっさと帰って書いてきてね。私は少し寄り道してから帰るから。じゃあ」


主人公

「本当に帰って行ったよあの人・・・満面の笑みだったな」

それからは、放課後毎日のように自分の小説について、あーだこーだ言い合う毎日だった。その中で沢山のボツと物語が生成され、一つ残らず彼女は嬉しそうに持ち帰った。そうこうしているうちに受験という雰囲気が学校に漂い始めた。


彼女

「君は進学先決めた?」


主人公

「え、他の人は決めてる感じなの?まだ夏休み終わったばかりだよ」


彼女

「呑気なのね」


主人公

「成績優秀でテストは常にトップ10、運動神経抜群で、所属している陸上部でいくつもの賞状を受け取ってる貴方ほど呑気ではないと思いますよ。そっちは高校選び放題でしょ」 


彼女

「そうね。選び放題よ」


主人公

「この言い方に否定しないのも珍しいよ。そして否定しなくても違和感ない事実が凄いよ」


彼女

「・・・今日は先に帰るね」


主人公

「珍しい事もあるもんだ。もうすぐコレ完成するけど、持って行かなくていい?」


彼女

「いや、大丈夫。それに大詰めでしょ?時間かけてしっかり書いて、面白い作品を見せて」


主人公

「おう、任せとけ〜」


彼女

「それじゃ、また今度」


主人公

「また〜」

次の日から彼女は学校に来なかった。連絡を取ろうにも取る手段がなかった。それからは凄い速さで高校受験に入学準備と時間が過ぎ、小説を書く時間もだんだんと減っていった。しかし意外にも俺は頭が良かったらしく、高校では先生達の後押しもあり理系に進み現在は大学生である。別に文学部に行きたくなかった訳ではないが、こっちも悪くはないと思ってる。

 箱の中身を出しながら中学の懐かしい思い出をなぞっていく。古ぼけた原稿用紙を全て出した箱の底には、明らかに年数の経過していない真新しい封筒が入っていた。見ただけで誰が書いたかわかる、綺麗なシステマチックな字が書いてある。


彼女(長ゼリフ1600字)

拝啓、桜の木は緑色に変わり、紫陽花が美しく色づく季節になりました。長い間連絡もせず、葬儀の招待状と手紙一通残して逝く事をお許しください。

 この手紙を読んでいるということは、君は私の葬儀に、ちゃんと参列したのだと思います。君のことなので晩年の私はどういう風に過ごしていたのだとか、何故急に学校に来なくなったのか、色々聞きたいことはあれども聞かずにさっさと帰宅したことでしょう。君はそういうドライな人間だということは知っています。そして私はそんな君が未だに好きなのでしょう。なので、君の疑問に答えるべく事前に手紙を書いています。

 時系列順に書いていきます。まずは中学生の頃、私は急に不登校になったように見えたと思います。君からもそういう風に見えていたと思います。しかし君の事なので薄々勘付いているとは思いますが、私はあの学校という空間がとても退屈でした。暇な授業に、煩わしい友人関係、全てが嫌でした。そろそろ学校来るの辞めようかなと思っていたとこで、放課後の机で難しそうな顔をして文章を書いている君に気づきました。図書室の本を読み尽くしたのもあり、暇つぶしで声をかけました。でも、君は興味を惹かれるくらい必死に原稿用紙に向き合っていたんですよ。その日から私は少し学校に行くのが楽しみになっていました。放課後のあのやり取りがとても楽しかったのでしょう。それと同時に少しの劣等感を感じていたのだと思います。ただ物語と時間を消費していく自分と、必死に原稿用紙と向き合い物語を創り出す君を比べて。その結果があの不登校です。最後の心の拠り所も私はあの時捨ててしまいました。偶然にも当時の私は学力と登校日数に余裕があったので、高校には進めました。このまま似たような毎日を過ごしていくのだろうかと思っていましたがしかし、私の人生の終わりは案外早く決定してしまいました。

 高校2年生の冬に白血病だとわかりました。お医者さんは十代がなりやすい血液の癌だと、哀れみを込めて言ってるようでした。更に検査をすると体の様々な臓器に転移があるそうでした。一応私も死にたくないので、すぐに高校は休学して治療をするため入院しました。それからは一瞬良くなって退院するもまた入院そんな事を繰り返して今になります。結果は君の知っての通りです。

 なので、私は最後に心残りを残さないよう今やりたい事を色々しています。まず手始めに中学時代の教科書を破り捨て燃やしてみました。案外スッキリするので君もストレスをため込んだときは試してみてください。高校の教科書はほぼ新品なので、高校近くの古本屋に売り飛ばしました。僅かですがお金になったことに驚きましたが、使う予定も時間もないので帰り際寄ったコンビニで全額寄付してきました。身辺整理とも取れる心残りの片付けをしていたら、君の小説を見つけました。朝に見つけ懐かしく思い、休み休み読み返していたら夕方になっていました。やはり私は君の書く物語が好きです。これをもう読めなくなると思うと残念です。しかし、このまま私が持っていては、もしかしたら火葬の時に燃やされる可能性まであるので、燃やされないように、作者である君にまとめて返却しておきます。以上が私の人生です。面白みの欠片もない人生ですが、君とのあの放課後だけは私の中で大切な宝物のようにしまっています。

 ここからは、君にとって呪いのようなものになるでしょう。引き返すならここです。ただ、私は君の書く物語の自称ファン第一号として伝えたいのです。君の中にある世界はとても素晴らしいのだと。輪廻転生なんて信じていないのですが、生まれ変わった先で君の作品を見れる可能性がゼロではないと思うと信じてみたくもなります。書いてください。私がこの世界のどこに生まれ変わっても君の文章が私の目に、耳に、届くように、その名を轟かせてください。死に逝く私が言うのも変ですが、待っています。またどこかでお会いしましょう。

早々不一

自称ファン第一号より



主人公

「・・・馬鹿だなぁ。本当に馬鹿だ。救いようがないな相変わらず」

不思議と涙は出なかった。そりゃ・・・人生初のファンレターだ。それを読んで泣くなんて、そんなファンに酷い話はないだろう。決して遺書ではない。

下の階から話声が聞こえてきた。覚悟は決まってる。階段を降りながら俺はスマホで文学部のある大学を探していた。目標は、そうだな。彼女にとって図書室が退屈ではない空間になるような本を書こう。人生を賭けるには十分な理由だ。


「終」



 

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