第6話
まず初代に関する記述は何処にも残されていなかった。
それは架空の御伽話だと一蹴されていたが、彼女らの持つ記憶──初代『
冬の間にしか逢えぬ美しい乙女。
──初代天華はある時、その力を他人に見せてしまった。
それが全ての始り。人の口に戸は建てられぬもの。口外するなと堅く契った相手は、何時かの日に酒の席でその全てを話してしまった。与太話と笑う者ばかりで済めばよかった。しかし酒の席での与太話とはいえ、些か真実味があり過ぎる──そういった理由で、遭遇場所へ向かう人が増えた。
次第に
故に初代
だが、生まれの村で天華は皆に疎まれた。妙な輩に嗅ぎ回られ、奇異の目を向けられるのはたまらないと。そうして何時の日にか、村の子供が攫われた。雪女の里子だと言って、見世物小屋に飛ばされてしまったのだ。
初代
……此処までの記憶は、仮称『天華』も持ち合わせていた。だがその先の話を、仮称『天華』は知らずに居たのだ。仮称『天華』はここで初代の境遇を憐れみ、怨みを晴らしてしまおうと考えていたのだろう。
だが、初代は村の皆を恨んでなど居なかった。怨んでいたのは自分自身の至らなさである。
──初代が村を発った後、彼女の生村は権力者の子飼いに襲われたのだ。
権力者は『子供を盗れぬなら親を』と考えたのだろう。酷く短絡的で浅慮な答えだが、それを咎め諌めるものは居なかった。そして人攫いの仕事にしては、破格の報奨金をソイツは用意してしまった。破格の報奨金に目が眩むような輩など、押して測るべし。所詮はその程度の知性しか持ち合わせていない。ソレラがどの様な手段に走ったかなど、語るべくもないだろう。
村を発ち、しばらくの間──初代は村から遠く離れなかった。寂しさによるものかは解らぬが、思うところがあったのは事実。村の混乱を知った彼女は、その現場を見てしまった。
この記憶は初代にとっても思い出したくないものらしく、
かろうじて読み取れた初代の記憶にあったのは──焼き付く程の激しい憎悪と、深い哀しみの感情だけ。
故に初代がそこで何をしたのか、何を
跡に遺る者は、何もなかった────
「────……その後の事は、よく見えなかった。でも
彼女はそこで話を一度終えると、仮称『天華』に背を向けて洞窟の奥へと進んでいく。仮称『天華』は何も語らず、少し離れた位置から後を追った。
洞窟の中は相変わらずである。幾らかの灯りが石棺を照らしているが、洞窟の全貌を暴いてはいない。彼女は灯りを一つ手に取ると、石棺群の先────最も暗い場所へと進んでいく。だがその足取りは重く、今にも転倒してしまいそうだった。
それを見かねてか、仮称『天華』が肩を貸す。彼女は短い礼を述べ、そのまま奥へと進んでいった。
「今の貴女は、どっちの貴女?」
洞窟の最奥へと足を踏み入れた瞬間、彼女は仮称『天華』へと尋ねる。仮称『天華』は少しの間を置いてから「
「天華お姉ちゃんは、此処をどうしたいの?」
「…………わからない」
二人の眼前に広がるのは緑豊かな自然だった。
「……
「私には、わからない。けど此処は、お姉ちゃん達が遺そうと頑張った場所なんだって。だから多分、
「それは…………よく、わからないわ」
なら、確認しよう。そう言って彼女は大地へと踏み出した。
足底から伝わる柔らかな土と草花の感触に、彼女は優しく笑う。そして一歩踏み出せずに居る
「──っ、ごめんなさい!
「大丈夫。それよりも、強く引っ張って、ごめん」
「良いのよ、そんな事」
先に立ち上がった天華が、仰向けに倒れたまま笑う彼女の手を取ろうとした。しかし彼女は手を握り返さず、優しい笑みを浮かべたまま寝転んでいる。
「私は、しばらくこのままが良い。
「……嫌。一緒が良い」
「少し、休むだけだから。大丈夫だよ、
「なら私も此処に居る」
少しむくれた様子で、天華は彼女の隣に腰を下ろした。彼女は少しだけ困ったような顔を見せたが、それを天華は見ていない。天華の視線は遠くの建築物へと向けられていた。
そうして寝転び始め、どれ程の時間が経ったか。彼女はそのままの姿勢で、口を開いた。
「ここは、あったかいね」
「…………そうね」
「ずっと寒いのは、辛いよね」
「……うん」
「
「それは、そうね」
「…………ごめんね、
「
そこで暫し
例えるのなら、決して割れないガラス越しに世界を見る感覚。そこにあるものが自身の肉体であると知覚しているのに、その主導権は取られている状態。
故に、
そして返り討ちにあった。しかし彼女達もまた、命を落とす事となったのである。また仮称『天華』は
だが────彼女の血を取り込んだ事で、ガラスは砕け散ったという。ソレきり仮称『天華』は何処かへ消えてしまったそうだ。
「──……
話を聞き終えた彼女はそう言って笑った。
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