第6話

 まず初代に関する記述は何処にも残されていなかった。无名むめい真銀ましろの世界で唯一見つけた手掛かりは蓮華れんか彌華みか華猗かい華篶かえんの四名。そして「雪女」と呼ばれる物の怪の話だけ。仔細は異なれど、共通項を持つものはソレくらいしか見つけられなかった。

 それは架空の御伽話だと一蹴されていたが、彼女らの持つ記憶──初代『天華アマナ』の境遇と酷似していたのだ。


 冬の間にしか逢えぬ美しい乙女。


 ──初代天華はある時、その力を他人に見せてしまった。


 それが全ての始り。人の口に戸は建てられぬもの。口外するなと堅く契った相手は、何時かの日に酒の席でその全てを話してしまった。与太話と笑う者ばかりで済めばよかった。しかし酒の席での与太話とはいえ、些か真実味があり過ぎる──そういった理由で、遭遇場所へ向かう人が増えた。

 次第に天華あまなの噂は広まり、多くの人が知るところとなっていく。そうなれば真偽の程は関係ない。金になると踏む輩が現れるのは、時間の問題だった。そうして現れた輩は、彼女の村にまで手を伸ばそうとしていたのだ。

 

 故に初代天華あまなは悪意のある人々を相手に独り、戦い続けた──


 だが、生まれの村で天華は皆に疎まれた。妙な輩に嗅ぎ回られ、奇異の目を向けられるのはたまらないと。そうして何時の日にか、村の子供が攫われた。雪女の里子だと言って、見世物小屋に飛ばされてしまったのだ。

 初代天華あまなはその子を取り返し、親元へと返したが────良い結末とはならなかった。日々積み重なった不満が、今回の一件で噴き出してしまったのである。初めは天華あまなを擁護する者もいたが、それも日を追う毎に減っていく。そうして両親と兄妹にも腫れ物扱いされた彼女は、誰にも告げず独り村を発った。


 ……此処までの記憶は、仮称『天華』も持ち合わせていた。だがその先の話を、仮称『天華』は知らずに居たのだ。仮称『天華』はここで初代の境遇を憐れみ、怨みを晴らしてしまおうと考えていたのだろう。

 だが、初代は村の皆を恨んでなど居なかった。怨んでいたのは自分自身の至らなさである。

 

 ──初代が村を発った後、彼女の生村は権力者の子飼いに襲われたのだ。


 権力者は『子供を盗れぬなら親を』と考えたのだろう。酷く短絡的で浅慮な答えだが、それを咎め諌めるものは居なかった。そして人攫いの仕事にしては、破格の報奨金をソイツは用意してしまった。破格の報奨金に目が眩むような輩など、押して測るべし。所詮はその程度の知性しか持ち合わせていない。ソレラがどの様な手段に走ったかなど、語るべくもないだろう。


 村を発ち、しばらくの間──初代は村から遠く離れなかった。寂しさによるものかは解らぬが、思うところがあったのは事実。村の混乱を知った彼女は、その現場を見てしまった。

 この記憶は初代にとっても思い出したくないものらしく、无名むめいを以てしても読み取れなかった様子。

 かろうじて読み取れた初代の記憶にあったのは──焼き付く程の激しい憎悪と、深い哀しみの感情だけ。

 故に初代がそこで何をしたのか、何をのかは解らぬ。仔細の殆どは欠落し、記憶にあるものは灰と炎──それら全てを飲み込む真銀ましろの大寒波だけ。


 跡に遺る者は、何もなかった────


「────……その後の事は、よく見えなかった。でも天華あまなお姉ちゃんは、ずっと独りで泣いてたよね。泣いてる声だけは、ずうっとしてたから、わかるよ」


 彼女はそこで話を一度終えると、仮称『天華』に背を向けて洞窟の奥へと進んでいく。仮称『天華』は何も語らず、少し離れた位置から後を追った。

 洞窟の中は相変わらずである。幾らかの灯りが石棺を照らしているが、洞窟の全貌を暴いてはいない。彼女は灯りを一つ手に取ると、石棺群の先────最も暗い場所へと進んでいく。だがその足取りは重く、今にも転倒してしまいそうだった。

 それを見かねてか、仮称『天華』が肩を貸す。彼女は短い礼を述べ、そのまま奥へと進んでいった。


「今の貴女は、どっちの貴女?」


 洞窟の最奥へと足を踏み入れた瞬間、彼女は仮称『天華』へと尋ねる。仮称『天華』は少しの間を置いてから「天華あまな」だと答えた。


「天華お姉ちゃんは、此処をどうしたいの?」

「…………わからない」


 二人の眼前に広がるのは緑豊かな自然だった。真銀ましろに染まっていない、色とりどりの大地。樹木や草花に埋もれて居るが、建物の柱と思しき人工物の痕跡も見られた。


「……无名むめい? どうしてこんな場所が遺ってるの」

「私には、わからない。けど此処は、お姉ちゃん達が遺そうと頑張った場所なんだって。だから多分、天華あまなお姉ちゃんの故郷……だと思う」

「それは…………よく、わからないわ」


 なら、確認しよう。そう言って彼女は大地へと踏み出した。真銀ましろの世界とは異なり、多種多様な色を宿す大地は──容赦なくその身体へと、情報を与えた。

 足底から伝わる柔らかな土と草花の感触に、彼女は優しく笑う。そして一歩踏み出せずに居る天華あまなの手を取り、優しく引き寄せた。不意に手を引かれた天華は驚きの表情を浮かべ、そのまま彼女へと倒れかかってしまう。


「──っ、ごめんなさい! 无名むめい、ケガはない?」

「大丈夫。それよりも、強く引っ張って、ごめん」

「良いのよ、そんな事」


 先に立ち上がった天華が、仰向けに倒れたまま笑う彼女の手を取ろうとした。しかし彼女は手を握り返さず、優しい笑みを浮かべたまま寝転んでいる。


「私は、しばらくこのままが良い。天華あまなお姉ちゃんは、自由に歩いて、見て、触れて来て」

「……嫌。一緒が良い」

「少し、休むだけだから。大丈夫だよ、天華あまなお姉ちゃん。行ってきて」

「なら私も此処に居る」


 少しむくれた様子で、天華は彼女の隣に腰を下ろした。彼女は少しだけ困ったような顔を見せたが、それを天華は見ていない。天華の視線は遠くの建築物へと向けられていた。

 そうして寝転び始め、どれ程の時間が経ったか。彼女はそのままの姿勢で、口を開いた。


「ここは、あったかいね」

「…………そうね」

「ずっと寒いのは、辛いよね」

「……うん」

蓮華れんかお姉ちゃん、彌華みかお姉ちゃん、華猗かいお姉ちゃん、華篶かえんお姉ちゃんとも、お話出来たらよかったね」

「それは、そうね」

「…………ごめんね、天華あまなお姉ちゃん。私が寝坊すけだったから」

无名むめいは悪くないわ。悪いのは…………私だもの」


 そこで暫し天華あまなの話が続いた。あの事件の後、力を使い果たした天華あまなは一時的な休眠状態にあったという。そして次に目覚めた時──彼女は自身が何かに閉じ込められていると感じたらしい。

 例えるのなら、決して割れないガラス越しに世界を見る感覚。そこにあるものが自身の肉体であると知覚しているのに、その主導権は取られている状態。

 故に、天華あまなは強烈な無力感と焦燥感を抱いていた。自分ではない何かが、自分を語り蓮華れんか彌華みか華猗かい華篶かえんを襲う。その姿を文字通りの特等席で見せられていたのだ。

 そして返り討ちにあった。しかし彼女達もまた、命を落とす事となったのである。また仮称『天華』は无名むめいも同じ様に襲い、取り込もうとしていたらしい。

 だが────彼女の血を取り込んだ事で、ガラスは砕け散ったという。ソレきり仮称『天華』は何処かへ消えてしまったそうだ。

 

「──……天華あまなお姉ちゃんは、悪くないよ」


 話を聞き終えた彼女はそう言って笑った。天華あまなは困った顔で力ない笑みを返し、短いお礼を口にする。そこから暫しの休息を挟み、二人は建造物へ向かって歩き出した。

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