第一章
1章 第1話「”嫌われ者”」
「ありがとうな!おっちゃん!」
手を振り、老人に礼をする。老人は御者台から降りると、腰を拳でトントンと叩きながら近寄ってくる。
「気ぃつけてな。オルゴの坊主」
歯抜けの口をにいっと笑わせて、肩にポンと手を置いた。「オルゴ」と呼んだ少年には角が生えていて、老人の笑顔にオルゴも笑って返す。その口には明るい笑顔に似合わぬ、鋭い牙が生えていた。
「おう!…っと、そうだ!忘れるとこだった!」
オルゴは声を上げると、慌てて懐から袋を取り出して中に手を突っ込ませる。
引き抜いた手は握りこぶしが作られていて、馬引きの老人に突き出す。老人はその手の下に掌で受け皿を作ると、掌に落とされたのは銅貨数枚だった。
「まいど」
銅貨の枚数をキッチリ数えると満足気に頷いた。老人はまた御者台に座ると、手綱を操り荷馬車を走らせ去っていった。
それを見送ったオルゴは長時間の旅路で固まった体を伸ばす。コキコキと骨が音を立て、やっと動けると身体が歓声を上げた。何度かその場でスクワットをした後、「よし!」と声を出したオルゴは、整備のされていないガタついた馬車道を進んでいった。
オルゴが目指しているのは故郷の村。すこし古臭い風習の残った村がこの少年の故郷だ。古臭い村のせいか、あまり人の出入りは激しくない。そのため、故郷に続く道はこうして整備のされていない道が多いのだ。
「もうちょっと新しい風でも取り入れれば、人もたくさん来るだろうけどな」
呆れてそんなことを空に呟くが、故郷で見知っている老人たちがそんな提案を受け入れてくれるとは思えなかった。
故郷に住んでいる老人たちは、皆揃いもそろって古い伝統を重んじる頭の固い奴ばかりだ。きっとこの提案も「ばかたれ」なんて怒鳴られて、頭をぶっ叩かれて却下されるだけに終わるのだろう。
それにしても、
「おい、そこの坊主!一人か?」
どすの利いた声がオルゴを引き留める。威圧感のある声に無視を決め込むなんて愚行はせずに、オルゴは声のした方へと振り向いて
「一人だけど、なんか用か?」
一人だと聞いた大柄の男は"良いことを聞いた"と不気味に笑う。腰に差されたナイフを取り出すと、それを合図に茂みの中に隠れていた男の仲間であろうガラの悪い二人の男が表れて、オルゴを囲った。
「一人なら丁度いい。持ってるもん全部置いて行きな」
ギラギラと光の反射するナイフを見せつけて脅す男共。この世界では珍しくもない盗賊だろう。
「それは困るから、嫌だ。」
ナイフを持った盗賊の要求を断ると、ニヤニヤと不敵に笑っていた男たちの顔から笑みが消えた。
ここからは『よくある流れ』だ。
「そうかい。なら、ここで死になァ!!!」
ナイフを持った大柄の男はオルゴに向かって走り迫った。少年が大人に、しかもナイフを持った大柄の男に勝てるはずがないとこの場にいる全員が思っていた。
だが、少年ただ一人がその全員と異なった結末を見据えていた。
「ぐはぁ!!??」
息と唾を吐きだして、大柄の男が腹をおさえて地に伏せた。 こんな結果を予測するはずもない男の仲間たちは、顔を青くしてオルゴに目を向けた。
拳を前に突き出して、その先には倒れた男が一人。反撃して男はやられた。そんなことは容易に理解できるが、予想外の光景に冷や汗を浮かべる二人の男。
「……なあ、まだやるのか?」
「……っ!!舐めるなよ、クソガキ!!」
震える
ゴォウ!!
空気が爆ぜ、炎が少年を包み込む。こんなものを食らって生き残ることのできる生き物はまずいない。
「は、はは!丸焼きになってくたばりやがれ!」
勝ちを確信した男はにやりと口角を上げて叫ぶ。しかし、そんなしたり顔はすぐにまた血の気を失っていく。
炎が揺らめく中、ゆっくりと現れた影があったからだ。
その頭には焼け焦げず残る角の輪郭。目が光を反射して、金色に輝いた。
「これ以上やるなら、お前たちも殴るけど」
「ば、馬鹿な!!なんで効かねぇ!!!」
叫んだ男はその後にハッと息をのむ。震える指をオルゴに向けると、怯えた声で言った。
「き、黄色い…瞳孔の細い目、牙、角!!!あああ、龍だ!!!!龍が出たぁッ!!!」
その言葉を聞いたオルゴは、否定も肯定もすることはない。ただ男を見つめて、こう問いかけた。
「まだ、やるか?」
「ひいい!!!!!た、たすけてええええ!!!!!」
情けない悲鳴を上げた男は一目散に走りだす。「ちょっと待てよ!」と、もう一人の仲間である男が大柄の男を引きずって後を追う。
逃げ去ってく盗賊たちを見て、ひとり残ったオルゴは大きなため息を
――俺は龍だ。何故人のような姿をしているのかは俺もわかってない。
龍は恐れられている世界の【厄災】だ。一歩踏み込めば村が一つ消えて、尾を振れば国が消える。
昔は空も、海も、陸も、龍が支配していたらしい。だが、今は龍を撃退する魔術が生み出されて、龍の目撃情報もめっきり減った。
俺が旅をしているのは、"俺がどうして人間の姿をしているのか。"その原因を探すためでもある。だが、一番の理由は…
俺が今向かっている場所だ。
厳密にいえば場所ではなく、そこに住んでいる奴に。
でも、故郷に帰るのが億劫である気持ちはほんの少ししかない。なんなら、早く故郷に行きたい。みんなと久しぶりに会えるのが楽しみで仕方ない。
――でも、何も言わず出て行った俺を、皆は快く迎えてくれるだろうか。
「…余計なこと考えるな!!」
盗賊に襲われたせいか余計なことを思い浮かべる頭を振って、気合を入れるために頬を二度叩く。止められていた足が、再び故郷に向かって歩き出した。
***
しばらく歩いていれば、日が落ちてあたりが暗くなってきた。付近まであのおっちゃんに乗せてもらってはいるがそれでもまだ距離がある。日が落ちきる前に焚火用の枝やらを拾わなくてはならない。
「まあ、これが面倒くさいんだけどさぁ~…」
ぶつくさ文句を垂れつつも、枝を集めていればオルゴの鼻を刺激する臭いが漂ってきた。鉄臭く思わず鼻をつまみたくなる様な臭い。
「血の臭いだ…」
こんな人気の少ない森と廃れた馬車道。更には強烈な血の臭いともなれば、急いで助けに行かないと間に合わなくなるかもしれない。
『困っている人が居たら、手を差し伸べるんだ。お前はそれができる力を持っているんだから。』
師匠の言葉をふと思い出す。俺の信念であり、俺を育てた言葉。
そんな言葉を思い出す前にもう動いていた体は、血の臭いを頼りに森を駆け回る。臭いがより強い方向へずんずんと進んでいけば、森を抜けて先ほど歩いていた馬車道に出た。
盗賊に襲われた奴でもいるのだろうか。どちらにせよ時間はない。
馬車道を走っていれば、倒れている人影を見つけた。黒い服を纏っていて、怪我をしているのかわかりにくいが、地面が血で染まっているあたり怪我人で間違いない。それも、重体の。
「なあ、大丈夫か?」
駆け寄って声をかけてみれば、顔をこちらに向けてきた。
意識があるようでほっと胸を撫で下ろした。だが、それもつかの間。
「お前…まさか、巷で有名な【化け物】…?」
赤い単眼、真っ黒な肌、背中に大きな黒翼を携えた、大きな化け物。
噂されている容姿のすべてが一致していると分かれば、オルゴは咄嗟に距離を取って拳を構える。
「……トドメを刺したければ、好きにしろ」
疲れ、諦めたような声色がそう告げる。
この化け物は重体。トドメを刺すのは容易だろう。だが、そんなことはしないし、できない。
「俺は絶対に、この手で生き物を殺さない。」
これも師匠に教わったこと。『力を殺生に使ってはならない』という言葉と、俺の信念だ。
一度構えた拳を下して、化け物に手当を施してやる。最初は「よせ」「やめろ」と抵抗の言葉を呟いていたが、最後にはそんな気力もなくなったのか、これもまた諦めたのか静かに手当てをされていた。
「物好きめ…」
「そうか?でも、俺とお前は似た者同士だしな。」
オルゴの返しに化け物は理解できない様子で見つめる。すれば、オルゴは親指を自身に向け声高らかに自己紹介を始めた。
「俺の名前はオルゴ!火龍で、お前とおんなじ”嫌われ者”だ!!」
厄災と誓剣 みみくろん @mikuro3939
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