君への便り
古都吹 宙
綴る
使い込まれた魔法の羽根ペンは彼女に命ぜられるまま軽やかに『近況』を綴り始めた。
年老いた彼女はいまや寝床から立ち上がるのも苦労するほどであったが、長年連れ添った相棒はあの日のまま、あの日以上の美しさを保ち——彼女の話すまま、変わらぬ文字を綴ってくれる。
外はシンと静まりかえっており、窓から冷気が伝わってくる——あの日も季節外れの雪だった。さらされる肌が痛いほどで、待ち合わせ場所に現れた彼と駆け込んだ街の魔法具店では、思わず予定外の防寒魔法具を買ってしまったのだった。「ちょうど良い温度」に保ってくれるふかふかの襟巻きは、今も首を温めてくれている。
あの日教えてもらったブランデーホットミルクが今もお気に入りなこと、本で読んだ遠くの国の不思議な石の不思議な話、ずっと咲かせられなかった花木の花芽が膨らんできたこと——この花の名前は彼に教えてもらったのだった。覚えているだろうか?
変わらぬ文字で、変わらぬ自分を届けてもらう。このペンを買った時は思い出として、記念の気持ちが強かったが、今や手放せぬ大切な相棒だった。
100年ほど前の拙速な開発のせいで事件が起こり、かえって実用までに時間がかかったという曰くつきのこの羽根ペンは、今では悪用防止のため「『命ずる本人』がそのペンで書いたことのある字」しか書くことができない。背伸びする値段のこれを揃いで買って、文字を書くのが苦手な彼のためにつきっきりで一通りの文字をペンに記録させるのは数日がかりの大事業だった。凝り性の彼の納得のいく状態になるまで粘った結果、危うく引越しに間に合わないところだったのも懐かしい。「手紙、書くからね」と千切れんばかりに手を振っていた彼は今でもこまめに連絡をくれる。この返事も待っていてくれるのだろう。
外から雪の落ちる音と、誰かの声がした。人が来たようだ。「はいはい、どちら様」妹が慌てて出てゆくのが見えた。今日は来客の予定はないはずだけど。
「姉さん、今いいかしら?」しばらくして妹が手紙を携えてこちらにやってきた。
見覚えのある封筒。慌てて開いて中を読む。
どうやらこの手紙の返事は出さなくても良いようだった。
「紛れてたから急いで届けてくれたみたいよ」
同時に玄関の「下の方」のノッカーが硬質な音を響かせた。
「やあ、変わらないね」
毛並みに白いものは混じっているが、お互いに変わって、変わらない。あの日揃いで買った襟巻きは彼にはまるでコートのようで、端から尻尾がのぞいている様が愛らしい。
久しぶりの友の姿に顔が綻ぶ。「ホットミルクをつくるわ。ブランデーも?」
白い息の向こうで友人は嬉しそうに頷いた。
君への便り 古都吹 宙 @kotobukisora
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