💫❄️5🎅💫

 次の日のバイトは、散々だった。


 片付けていた食器を落として、注文を間違えた挙句、ラーメンをひっくり返してしまった。後にも先にもないひどい大失敗だ。

 そんな僕のあまりの醜態に呆れてしまったのか、店長から一言「今日は帰んな。ゆきりん」とシフト終わり三十分前に帰宅を命じられてしまった。


 こんな事になった原因は、もちろん分かっている。

 プライベートを仕事に持ち出すのはプロ失格。

 昔、お店の姐さんに口酸っぱく言われた言葉が、今ごろになって胸にしみる。




 帰り支度を済ませて更衣室を出る直前で、ココちゃんとやっくんにバッタリと出くわした。

 ココちゃんは制服姿、やっくんも私服のまま。

 きっと二人とも今からシフトに入るんだろう。


「ゆきりん先輩。大丈夫、ですか?」


 目が合ってすぐ、やっくんにそう声をかけられてしまった。隣のココちゃんも気遣わしげな目で僕を見ている。


 僕、そんなにひどい顔してるんだ。


 情けない自分に呆れ返って、でも二人が心配してくれてる事が少し嬉しくて——ぐちゃぐちゃに混ざった気持ちのせいで言葉が喉につっかえてしまう。

 このまま口を開いてしまったら、また勝手に涙が出てしまいそうだった。


 結局何も言い出せなかった僕に、ココちゃんが明るく言った。


「ね、みんなで外行こーよ」




 ココちゃんに連れられてやって来たのは、岩井広瀬大公園だった。

 僕とアキオがもう一度出会えた、思い出の場所。


「偶然やっくんとシフト前に着いちゃってー。ちょうどヒマだったんですよー」


 キッチンカーで売っていたホットコーヒーを一つ僕に渡して、ココちゃんが言う。やっくんも同じコーヒーを買ったらしく、三人で同じホットコーヒーを飲みながらベンチに並んで座る。


「それでぇ、どうしたんですかぁー。あ、やっぱ何もないってのはナシで」


「ん、んーと……」


「もしかして同棲のカレですかぁ」


「な、なんでっ……分かっ……!」


「ビンゴ〜。乙女のカン的な?」


 乙女のカン、恐るべし。

 けどそう言われたって昨日の事をそのままそっくり話すのはさすがにムリ。

 でも、ここまでしてくれてる二人に何も話さないで帰るのも、何だか違う気がする。


 少し考えて、僕はアキオとの事をかいつまんで話す事にした。


 アキオと僕が10年ぶりに再会した幼なじみで、訳あって僕がアキオの家に居候してる事。そして僕が告白の返事を返せないまま、アキオとすれ違い始めてしまってる事——。


 昨日の事はだいぶぼやかしながらだけど、そんなような事を二人に話した。


「あのー確認なんですけど、ゆきりんさんってカレの事、どう思ってるんですか?」


 当然の疑問だろうけど、それでも僕の答えはすぐに浮かばない。


 アキオが僕に向けてくれる<好き>は、僕のと同じなのかって言われるとそうじゃないって思うから。


「じゃあー、ココがそのカレとケッコンするって言ったら?」


「や、やだっ! ダメっ!」


 今度は自分でもびっくりするぐらい答えが自然と口から出た。


「えーめちゃピュアじゃんー。カワイー」


 ケタケタとそう笑いながらも、ココちゃんは「それってぇ、もう答えじゃん」と、僕に優しくはにかんだ。


 アキオが僕以外の女の子と一緒になる。


 アキオの告白を聞く前に想像した事は、あった。もしもアキオに恋人ができたら出て行こうって、そう、決めていたから。


 でも今、改めてそう聞かれたら——たくさんの日々をアキオと過ごしてきた僕は、きっと潔く身を引けないんだろう。


「おれは事情、よくわかんないですけど、変えたいなら結局自分で踏み出すしかないです。自分で相手に伝えるしか、ないんです。おれもそれで、引きこもり卒業したから」


 そう言ってすぐ「偉そうな事言って、すいません」と照れくさそうに謝る。


 やっくんも、そうだったんだ。引きこもりだったなんて、初めて聞いた。

 でも、やっくんらしい素直で真っ直ぐなアドバイスだって思った。


「ありがとう。ココちゃん、やっくん」


 別れ際、二人は微笑んで「がんばれ」って僕の背中を押してくれた。





 二人と別れてから、アパートまでの道を一人で歩く。

 あんなに溜まっていた心の鉛はもうこんなに軽くなっている。


 小さく息を吸って、空を見上げる。


 青空の色と夕日の色が溶け合う夕暮れどき——いつかアキオが、マジックアワーだって教えてくれた事を思い出す。


 ——それってぇ、もう答えじゃん


 ——変えたいなら結局自分で踏み出すしかないです。自分で相手に伝えるしか、ないんです


 二人から貰った言葉を何度も頭で反復する。


 答えは、もうとっくに出ていたんだ。


 自分の気持ちを拒絶されるのが怖かった。

 魔法のような、奇跡みたいな日々を壊したくなかった。

 でも結局、アキオの思いを見て見ぬふりして、傷つけてしまった。


 だから、僕が終わらせる。


 自分の手で、自分の言葉で、ぜんぶ終わりにしよう。

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