第27話 託された生命 (第一章 完)
イレーナは突き当たりを曲がって行く——
……伸ばした手は届かない——……。
角を曲がった先にいたイレーナは
兵士達に取り囲まれていた——。
……足先に、怒り任せの力が入る。
天井に向かって地面を蹴り、宙で身体を反転させて兵士を蹴散らしイレーナを奪い取った。
片腕でイレーナを優しく抱え込み
もう片方の拳を大きく振りかざして
格子窓を思いきり叩き割る——……。
飛び散る破片に兵士達が仰け反って
その隙に私は窓から飛び降りた——。
身体が重力に負けてしまう前に
石壁のひとつを掴んで振り子の様に勢いづけた。
その反動で屋根へと跳び上がり
イレーナを抱えて門まで走り抜く——。
門の上から地上の様子を確認すると
兵士数人が、暴れるティラに手を焼いていた……。
私は大きく息を吸い込んで指笛を鳴らす。
こちらに気づいたティラと兵士が
取り乱して騒ぎだした——……。
出来る限り門から離れた場所へと着地する為に、イレーナを振り落とすことのないよう抱きしめ直す。
————…………。
着地した足に痺れを感じる……。
私の身体は弱いわけではないけれど
そこそこの高さに足が反応したみたいだった。
すぐには追っ手に捕まることがないほどの距離に着地して、私は背後を気にしつつ走り出した——。
ブゥオオオ————
私の予想通りに兵士を振り切ったティラが、こちらへ向かって駆けて来る。
すぐ横並びにまで来たティラにイレーナを乗せて、私はそこに踏み止まった。
片脚を頭の高さまで振り上げ
力の限り地面を踏みつける——。
地響きが轟いて大きな亀裂が走り
地面が城のほうへ砕けていった————。
時間稼ぎが功を奏して、辺りに兵士達の気配はない。
目視出来る範囲にいたイレーナ達を、私はすかさず追い掛けた……。
走り続けるティラに、イレーナは少しずつ治癒を施しながら、私達はとにかく脚を動かした。
夜が深まり……、朝を迎え……
次第に漂う焼けつく臭いは、ノゼアールが目前にあることを知らせていた……。
*
ティラから降りたイレーナは
そのまま地面に崩れ落ちる……。
鎮火されたばかりの城は
事態の状況を露わにさせていた。
城は半壊していて
瓦礫の山が幾重にも重なっている。
怪我人を運ぶ怪我人や……
下敷きになったままの兵士が
声にならない唸りをあげていた。
その中に、レイガスと思しき男が
動ける兵士に指示を出している。
私が気づいたと同時に
レイガスはこちらへと駆け寄った……。
「……ご無事で……っ」
イレーナはレイガスを見つめたまま
言葉を発することはない。
「王家の方々は……?」
「離れに避難されております……ただ国王は……いわれのない罪に問われ、襲撃を仕掛けてきたファライスタ国へと同行なされました……」
——……。
仕掛けてきたのはファライスタ……
ガストレアと同盟を結んだ国だ。
先王は欲にまみれたやり方で
若き王もその言いなりだと噂される。
その国がノゼアールを襲撃する理由なんて
ひとつしかない……。
「裏庭……魔石は無事?」
「……ええ今はまだ。魔石欲しさに国王を陥れたかと。恐らくこの後、国同士の裁判が執り行われるはずです」
私の中で点と点が結ばれていく……。
推測は恐らく正しいはずだけれど
今はそれどころではない。
私はレイガスに案内してもらい
離れへと向かった——。
*
「……イレーナっ!」
金色の髪を振り乱しながら
青年がイレーナに駆け寄る。
「ゼリオお兄……さま」
イレーナが兄と呼ぶ青年は
妹の前で強く在ろうと必死に見えた。
「……今からすぐにガストレア国へ向かえ。これは父上からの伝言だ。万が一イレーナがここへ戻るようなことがあれば、必ずそうするよう強く言われていた」
イレーナは動かない。
彼女のことだ……ここに残り、自分に出来ることを探したいのだろう。
気持ちは痛いほどに理解できる。
……だけど今は、ガストレアに一刻も早く向かうのが最善だ。
「……君がアイオだな? どうかイレーナを頼む……っ」
私は頷いてイレーナの手を掴んだ。
それでもイレーナは動かない……
「……しっかりしろっ、イレーナっ! 母上も今は兵士達の手当てにまわっていらっしゃる。今お前が為すべきことをせず、父上はどう思われるかっ!」
イレーナの眼に正気が帯び始め、私の手を握り返した。
「お兄様……どうか……お母様を、お父様を、皆を頼みました…………」
私はイレーナに自分の仮面を渡した。
渡された仮面を付けたイレーナから
すすり泣く声が聞こえてくる……。
未だ瓦礫の下にある
救われないまま終わりゆく生命に
イレーナはせめてもの思いを込めて
治癒を辺り全体に施した……。
助からない生命もイレーナのおかげで
少しは痛みが和らぐはずなんだと
言い聞かせるように私も願う……。
イレーナは……
大切に思う家族や国を置いて
ここを去ることを、どういう気持ちで
覚悟したのだろう…………。
掛けられる言葉なんてないし
救ってあげることも私にはできない。
それでも、託されたイレーナの生命は
私が必ずガストレアまで送り届けると
揺るがない覚悟を決めた——……。
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