第16話 粗雑な刺客

 私はずっと、マカロンがイレーナの正体を見抜いたことに考えを巡らせていた。


 どうして分かったのか。……そこはさほど重要ではない。

 王女だと知っていることを、こちらに暴露してしまうことに疑問を感じていた。


 正体を知られて、私が何か仕掛けてくる可能性があったことぐらい、マカロンほどの手練れなら分かっていたはずだからだ。


 何か理由が……?



 広場の周囲を囲って造られた石畳の階段に、私達は並んで座ることにした。

 遠慮がちに間隔を空けて。

 周りにも同じように階段へ腰掛けて、今か今かと開演を待つ姿が多くあった。


 集まる人の数だけ、私の警戒は強まっていく……。

 マカロンが今になって何か仕掛けてくるかもしれないと考えたからだった。

 今は、万に一つの可能性も見落としてはいけない。

 王女の身に何かあれば、国同士の亀裂にもなる。


 私は普段、任務をこなすだけで物事の本質を考えることはない。

 私一人の意見なんて、何の意味も持たないと思うし、そもそも興味もないからだ。

 


 ……けど、今回は違う。

 この任務には、イレーナの行く末がかかっている……。

 何か事が起きてしまえば、もう二度と自由が得られない可能性だってある。

 

 私は全神経を広い範囲に集中させた。

 それに伴って呼吸の速度もゆっくり落ちて、全身の血の気が引いていく。

 まるで、ここに存在していないかのように身を潜め、開催の時を待った……。



 広場を灯していた街灯が消え、この場が一瞬にして暗闇に包まれる。

 中央には四点の火の玉が浮かびだし、どんどん火力を増していく——。


 

 「みなさんお待ちかねーっつ!! 『火炎の輝き』へようこそ——!!」



 どこかで聞いた声が、その場に大きく響いて、街灯がばっと灯りだし、群衆の拍手と熱気が高まった——。


 明るみとなった広場の中央に、三人の演者が堂々として、この時を待っていた。

 男を挟んで女二人も、それぞれ両端に火のついた二本の木棒を手に掲げている。


 衣装の面積は異常なまでに少なくて、裸に見えなくもない。

 ぎらついた装飾品が、それを庇うように全身にあしらわれていた。


 三人は、どんっと響かせる楽器の音に合わせて豪快に、時には、しなやかに舞っている。

 木棒を巧みに操って炎の輪を作り、それらを宙で交差させ、この場の視線を掻っ攫っていった。


 イレーナも目を輝かせて、それに熱い視線を送っている。

 私に気づいたイレーナは、そっと微笑んで、私の耳元に顔を近づけた。


「やっぱりマカロンさんいないですね」


 とても残念そうに言うイレーナに、真ん中の彼がマカロンなんだという事実を、言えないままでいた。隠しているつもりはないけれど。



 マカロン達の火の舞も、佳境を迎えた頃……招かれざる客が向かってくるのを察知した。

 四人……いや五人の刺客が、分かりやすく殺気を出してこちらの様子を伺っている。

 こんな群衆の中で、わざわざこちらから出向く必要もないかと、待つ姿勢をとっていると、中央にいたマカロンが、にやりとこちらを見て合図した。


 その瞬間、街灯の灯りが一斉に消え、辺りを闇が覆った——。

 

 私はマカロンの意図がみえ、有り難くそれを受け取ることにした。

 暗闇なら人目を気にせず動きやすい。そのうえ群衆の意識も、今ならマカロン達に向けられていて好都合だ。


 私はイレーナに、動かずここにいてほしいとお願いをして、返事は貰わないまま、音を立てず刺客のもとへと移動した——。

 

 いちばん近くに潜んでいた刺客の背後に立つ。

 反応もないし、隙だらけ。こんな安っぽい刺客をよこしてくるなんて、アスピスも舐められたものだ。


 刺客の膝裏を軽く前に押し出し、上体が直下したところで、後頭部を静かに手刀で突いた。刺客はだらしなく力が抜けて、私はそのまま襟元を掴んで周囲に気づかれないように地面へと伏せさせた。

 

 今後の事を考えて、尋問しておくほうがいいと判断した私は、最後に残された刺客の背後に立ち、同じように上体を落とさせ、口を覆い、指の一本を折った。

 激痛に苦しむ刺客の声は、群衆の活気で見事に掻き消されていた。



「質問に首を振って答えろ」


 刺客は首を縦に振った。


「雇われたのか?」


 縦に振る。


「お前達の中で雇い主を知っているやつは?」


 横に振る。


 ……用が済み、同じようにその場に伏せさせた。


 

 中央では大歓声が上がるなか、あらかじめ段取りでも組んでいたように、街灯が灯されて『火炎の輝き』の幕引が始まった——。



「みなさーん! 本日の火炎の輝きはいかがでしたでしょうかーっ!! またあなた達に会える日を楽しみにしてるわねーっ!!大好きよぉ〜っ!!」


 マカロンはそう言って、自身の手のひらに口づけをして、それを四方八方に投げている……。あちこちから、歓声と悲鳴がこだましていた。


 家路につこうとしている群衆の波に逆らって、元いた場所へ歩みを始めると、周囲には花のような香りが微かに紛れていて、安堵にも似た感情が、緩やかに私の毒気を溶かしていった……。

 ……はやくイレーナのところへ戻らないと。



 香りを辿った先に、風に揺れた白銀の髪を細い指でかきあげながら、夜空を仰ぐイレーナの姿があった。

 彼女以外の全てがぼやけて、私とイレーナの二人だけが、この世界に取り残されてしまったような……そんな気になった……。



 群衆の動きはまだ落ち着きをみせず、喧騒が充満している。

 いつもなら、こういう場所に長くはいない。


 脚が勝手に歩みを止めて、彼女から目を離すことができなくて……

 暫く私は、ここから動けないままでいた……。

 

 

 

 


 

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