第4話 水のトラウマ

 この施設はとにかく大きいのだろう……。歩いても歩いても目的地へと着かないものだから、小走りの私は、上下する景色に焦点が合わず、ふらふらしていた。

 あの塔で起きた身体の変化に、私はまだついていけていないのだろう。

 そんなことを知ってか知らずか、シーナの歩みは私を気にして、遅くなったり早くなったりを繰り返す。


「着きましたよ」……そう言って、シーナは大きな二枚の扉を、力強く押し開け始めた。

 扉の裏側に鉄板でも張りついているかのごとく、重そうな扉だった。

 人が入れるぐらいの扉が開いたとき、シーナがこちらに顔を向けたので、腕の下をくぐり、私は部屋へと入っていった。私が部屋に入ったことを確認したシーナは自らも入り、扉から手を離した。



 目に入ったものを認識した途端、私の全身から冷や汗が出ていることに気がついた。

 ここは大きな湯殿で、それを知った私の身体が小さく震え出す……。

 身体が水に浸かることを拒否しているのだろうか、身体がいうことを聞かず尻込みしていると、シーナが私を抱きかかえてそのまま入水し始めた。


 ————!? 恐怖か驚きか、私は思わず、シーナに抱きついてしまった。


 これ以上私を怖がらせないようにということなのか、シーナはぎこちなく私の頭を撫でている。シーナの身体は思ったよりも女性らしく、線が細い。あんなにも重そうな扉を開ける人なのだから、がっしりとした鋼の体かと思いきや、そうではないみたいだった。

 

 入水した水は少し熱いぐらいに温かく、蒸気で苦しくなったのか、シーナはその場で仮面を外す——。


 外した仮面から現れたのは、結われた栗色の髪に、緑色の瞳と、伏し目がちに見える長い睫毛……とにかく端正な顔立ちの、美しい人だった。

 女の私でも、つい見入ってしまうほどに。



「……長湯は体力の落ちた体には堪えます。そろそろ上がりましょう」


 終始抱き抱えられたままの私は、湯殿を出てあと、ようやく脱衣場で下ろされた。


「こちらに着替えてください」



 手渡されたのは、シーナや司令官が着ている白いローブと、白い生地に灰色のラインが入った、上下に分かれている制服だ。丈夫そうな見た目に反して、着心地の良さも兼ねているものだった。


 私の気づかないうちに、シーナも着替えを済ましていた。急いで着替えたのか、シーナの髪からは水滴が垂れて、妖艶さを醸している。

 水滴を拭おうと手を伸ばすと、シーナはそのまま私の手をとり、ふらふらの私を引っ張るように司令官の部屋へと連れていった。


 しばらく歩くとシーナの足は止まり、司令官の部屋であろう扉をノックした。

 中からの返事を受けて、私たちは部屋へと入る。司令官に促され、応接間のような場所に私だけが座った。



「ご苦労だったね!今後のことも考えてシーナ君にも話を聞いてほしいし、一緒に座ってもらえるかな?」


 部屋を出ようとしたシーナはそう言われ、無言のまま私の隣に腰掛けた。


「——改めまして、僕はこの機関の諸々を任されている、オルフェルトだ。皆んなからは司令官なんて呼ばれているよ!……それで、君も少しは落ち着いたかな??」


「……はい、おかげさまで」


「それは良かった、やっぱりシーナ君に頼んで大正解だったよね!ここだけの話、普段はおっかなーい彼女だけど、実はとっても面倒見の良い優しい人だからねぇ〜!」



 今は恐ろしくて直視できないけれど、司令官に穴が開きそうなほどの視線をシーナは送っている……。



「……さっ、さてとさてと、早速だけど、君のこと……、あの塔での出来事を聞かせてはもらえないだろうか。もちろん、無理にとは言わないよ。君の記憶の一部は破損していて、今、君自身が何をどう判断つければ良いのかわからない状況だってことも、十分に理解しているし。そんな状態で誰かに何か話して、危険に晒されたくはないもんね」


 司令官は、私の言葉を待つわけでもなく、そのまま話を続けていった。


「……君が君をどこまで理解しているかわからないから、さっきマリーナ様から届いた情報を元に、まずはこちらが知っている君の情報をお伝えすることにしようか。

どうやら君はニライカの一族で、年齢は恐らく十四歳。まだまだ育ち盛りなお年頃だね!……あと、ここからは僕自身が調査していた情報を元にした話になるんだけど——」



 どうやら司令官はもともと、私が塔で見た魔弾銃について調べていたらしい。

 魔弾を人体生成でつくることは、国を揺らがすほどの重罪で、ようやくその出所を掴んだ司令官は、急いであの塔に向かっていたのだそうだ。

 ただ、あと一歩というところで、私が大爆発を起こしてしまったものだから、重罪の証拠が手に入ることなく消え去ってしまい、今までの司令官の努力は、水の泡となったみたいだった。

 そんなことを聞かされたら、責任を感じないわけでもない……。それに、あのとき声をかけてもらえなければ、そのまま衰弱して死んでいたかもしれないし。

 恩返しという意味も含め、私が知っている事を全て話すことにした……。



「……僕たち、、あ、いや、僕のお役目はね、どうにかして平和を維持することなんだ。だから君が受けた仕打ちは、それを未然に防げなかった僕の責任と言ってもいい。……本当に、すまなかった。」


 そう言って、私に向かって深々に頭を下げている。


 司令官が楽になるような言葉が見つからず困った私と、深々と頭を下げたままの司令官を、シーナは黙って見つめていた。



「私、頭がうまく働いていなくて、何も分かりません。……だけど、二人やマリーナ様に会えて良かったです……」


 ……私自身、正直何を伝えたかったのかはわからない。二人が何を感じたのかもわからないけれど、私の言葉を受け取ってくれた二人の顔は、一生忘れる事はないと思う。 





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