4話
週末、初上と黒江は、ショッピングモールで過ごしていた。モールは人で賑わい、どこからか流れるポップな音楽が、二人の気分を高揚させていた。
毎回、このように二人で出かける時は初上から誘う。今回も初上からだった。黒江は自分からは誘わないものの、初上からの遊びの誘いが断られたことは今までに一度もなかった。
「みーちゃん、今日もかわうぃーね!」黒江が太陽のような笑顔を作って言った。
「黒ちゃんもね」初上はさらりと答える。
二人が並んで歩くと、かなり目立つ。派手な服装なわけではないが、加古井曰く、オーラがすごいとのことだった。モールの敷地を笑い合いながら練り歩く二人は今日も、注目を集めていた。彼女らが超人気バーチャルストリーマーの白日アリアと甘姫だと気付いているものはいないだろう。それでも彼女たちは、バーチャル空間でも、現実世界でも、注目される運命にあるようだった。
まず初上は、黒江を引っ張って、目当てのファッションショップへと向かった。店内には新作の服が山積みで、彼女は一着一着を丁寧にチェックし始めた。黒いジャケットを手に取り、鏡の前でそれを試着する。
「これ、ちょっと欲しかったのよね。どう? 似合うかしら?」初上が鏡に向かって微笑みながら言った。
「めっちゃ似合う。みーちゃんはやっぱり美人だね~。パリコレみたいだよ」と黒江。
「黒ちゃん、なんかおじさんっぽいわよ」初上が黒江を横目に言った。
「ええっ⁉ 褒めただけなのに!」黒江が大げさに目を大きくする。
「黒ちゃんのやつも選んであげる」
「え~? 私はいいよ」
「ダメ、私が選んであげないと、服、買わないでしょ。今着てるそれも、この間私が選んであげたやつじゃない」
黒江は、白いワンピースを着ていた。童顔で華奢な黒江に良く似合うから、と言って初上が無理やり買わせたものだった。目論見通り、黒江のイメージにぴったりで、彼女の人形のような可愛らしさをよりよく演出してくれていた。
「だって、そんな外に出る機会もないもん。こういうお出かけ用の綺麗な服は2着ぐらいあれば十分だよ」
「2着⁉ 黒ちゃん、そんなに服に興味なかった?」
「う~ん、昔はもうちょっとあったかも? 今はもう大人ですから、服なんて適当なありもののやつでいいんです~!」
「ダメよ、せっかくだし楽しまないと。じゃあ、今日は私が買ってあげるから、選ばせて」
「いいって言ってるのにぃ……」
初上は黒江に似合いそうな服を5着ぐらいピックアップする。遠慮する黒江を更衣室へと引っ張っていき、二人だけのファッションショーが開催された。
「う~ん、全部似合うわね」初上が微笑む。「黒ちゃん、モデルとかどう?」
「なーに言ってんの」黒江がくすくすと笑いながら言った。「やるなら、どう考えてもみーちゃんでしょ」
「いいわ、全部買ってあげる。ほら、それも脱いで」初上が買い物カゴを持ち上げた。
「え⁉ 待って、本当に大丈夫だから!」黒江は首を横に振った。
「いいのよ、私が買ってあげたいだけなの」
「え~……じゃあ、せめて今日のご飯は私持ちね」
「あら、じゃあ、お言葉に甘えて……」
「あい、甘えてくださ~い」
会計を済ませて。次の店へと移動する二人。
初上は化粧品やアクセサリなどの店の前で立ち止まってはウィンドウショッピングを楽しんでいたが、黒江が興味を示した店はというと、本屋だけだった。
黒江の希望で本屋に入り、初上は平積みされた新作小説を眺めていた。気づくと黒江がそばからいなくなっており、探し回ると、何やら情報系の雑誌を熱心に読みふけっている彼女を見つけた。そっと後ろから近づいて覗き込むと、黒江は真剣な眼差しで、VR技術やAIについての記事に目を通していた。
「ねえ、黒ちゃん、なにその雑誌」初上が黒江の肩を叩きながら言った。「エンジニアに転職でもするつもり?」
「違うよぉ」黒江は雑誌から顔を上げ、苦笑いを浮かべた。「ほら、バーチャルの世界って進むのが早いから、おいて行かれないようにしないとって思って」
「勉強熱心なのね」
「うん! アリアのためなら私、東大にだっていくかも」
「わぁ、随分と大きくでたわね」初上が場の音量に合わせて小さく笑った。
それにつられて、黒江も笑う。
「あ、これ買ってくるね」
黒江は小走りで会計カウンターに向かっていった。
本屋から出た二人が次に向かったのは、最上階のレストランフロアだった。若者向けのおしゃれな韓国料理屋を見つけたので、そこに入ることにした。
「前から気になっていたんだけど、黒ちゃんはお金、なにに使っているの?」料理を注文し終えると、初上が聞いた。
「お金? う~ん、ご飯とか?」黒江が答える。
「そんな贅沢なもの食べているイメージはないけど」
「ほら、ウーバーとかで頼んでるから。少し割高だよね」
「ああ……まあ、割高だけど」初上が苦笑する。「黒ちゃんって物欲ないわよね」
「物欲かぁ……うん、ないかも」
「なんか、心配だわ……」
「なんで、いいことでしょ? 欲しがりません勝つまでは!」
「何に勝とうとしてるのよ」初上が笑いながら言った。
「せ~んぶ、私、最強だから」黒江が両腕を広げた。
「最強なのは知ってるわ」初上はまた笑う。「でも、そうね。頑張っている自分へのご褒美みたいなのはあってもいいのよ」
「ご褒美かぁ、この時間だけでも十分だからなぁ」黒江が顎に手を当てて答えた。
「あら、この人たらし」
「本当にそうなんだって」黒江は微笑みながら言った。「永遠に続いたらいいのになぁ」
「黒ちゃん?」
黒江のその微笑みから、今までにあまり感じたことのない不思議な印象を、初上は受けた。この間のこともあり、黒江の精神状態を全く心配していないといったらウソになる。やはり、何か思い詰めているのだろうか。
「みーちゃん、こっち見て~」
気付くと、黒江がスマホのインカメラを構えていた。
初上がカメラに向かってピースをすると、黒江は器用に、二人と運ばれてきた料理が綺麗に映るようなアングルに合わせてからシャッターボタンをタップした。
撮った写真を見て、にへらにへらと笑う黒江。
初上はその様子を眺めながら、石焼ビビンバを口に運んだ。辛さを求めて頼んだつもりだったが、思っていたほど辛口ではなかった。
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