悪役王妃の憎しみの種

 秋の狩猟祭で首の骨を折る大怪我を負った私の夫、国王フェルディナントは、そのまま目覚めることなく、春を迎えてすぐ 永遠の眠りにつきました。享年三十歳の若さでした。


 今日は、彼の国葬の日。

 王妃である私は、別れを告げに訪れた貴賓の対応に追われ、目が回るような忙しさ。悲しみに暮れる余裕もありません。


 もっとも、度重なる夫の浮気で夫婦仲は冷え切っていましたから、そんな余裕があったとして、悲しんでいたかどうか分かりませんけど。


 そんな私の今一番の悩みは、次期国王の問題。

 順当に行くならば、王妃である私を一旦仮の国王に置き、私たち夫婦の一人娘が成人した暁には、その結婚相手が後を継ぐことになります。

 皆それがわかっているから、ここのところ国の内外から縁談のお話がひっきりなしに来ていて、疲れた私の心を更に打ちのめすのでした。


 娘のシュネービットは、美男美女と称えられた私たち夫婦の娘だけあって、容姿はそれなりに恵まれています。

 ただ、夫に似て、少々考えが浅い……というより、幾分発達が緩やかで、もう十歳ですのに、わがままな反面、誰の言うことにでも手放しで従ってしまうようなところがあります。


 そうなると、迂闊な相手を夫に迎える訳にもいきませんから、私の心労が日々積み重なっていくのでした。


 今日参列した方々も、娘に近付くのが目的の方が多いようでしたので、教会での葬儀が終わるまで、娘は王宮に残すことにしました。

 不埒な男性の目に触れないように。


 葬儀も終盤に差しかかる頃、私はありえない光景に瞠目しました。

 王宮に置いてきたはずの娘が、紳士に抱き上げられて、教会の中に入ってきたのですから。


 その紳士は、老齢に差し掛かる年齢の、どこか鋭さを感じる美貌の持ち主でした。

 王国にいるどの男性よりも素敵に見えて、不謹慎にも胸を高鳴らせておりましたら、紳士は娘を抱き上げたままこちらへやって来て、私に微笑みかけたのです。


「随分とご無沙汰しておりました。ベッティーナ様。この度は、突然の知らせを聞き、残念でなりません。どうか、気を落とさず、お身体ご自愛ください」


「はい。え、と。失礼ですが……」

 

 何処かでお会いしたかしら?

 こんなに美しい方ならば、覚えていそうなものなのに……。


「これは失礼。私は、隣国バルトブルグの宰相ジークヴァルト=ディートリッヒです。ヴェッティーナ様とは遠縁にあたり、貴女様が幼少のみぎり、お会いしたことがございます」


 自己紹介を受けて、私のうちにあった幼い日の記憶が、奔流となって溢れ出しました。


 どうして今まで忘れていたの?

 この方こそ、幼い私が本気で恋をした、一番大好きなおじさまだったのに。


 『絶対迎えにきて下さいませね』


 そうだわ。

 あの時、そうお願いして、十年後おじさまは 私に縁談を下さった。

 それなのに、どうしてあの時、あんなくだらない男を選んでしまったのか。


 ……いえ。

 確か、隣国の宰相様は未婚のまま。

 まだ、チャンスはあるわ。

 例えば、仮の王位を譲渡すると言えば、再婚も考えてくださるかも?


「おじさま、お母様とお知り合いだったの?」


 私が口を開く前に、宰相様の腕に抱かれたままの娘が あどけない口調で尋ね、宰相様は目元を和らげ頷きました。


「そうですよ。私は、貴女のおばあ様の従姉弟なのです。おじさまというより、もうお爺様ですね」


「お爺様?全然そんな風には見えないわ」


 頬を薔薇色に染めて くすくすと笑う娘は、無駄に小悪魔的。

 宰相様は苦笑して、こちらに視線を戻しました。


「王妃様。我々が教会に向かう道すがら、森の脇道から突然王女様が出てきましたので、保護いたしました。靴のつま先部分が破れて怪我をしているようでしたので、抱き上げて参りましたこと、お詫びいたします」

 

「そうなんです!お城に一人でいるのは寂しくて。城の裏手の森から抜け出して道に出たら、丁度そこを通りかかったの。これはきっと運命だわ。

 ねぇ、お母様。私、この方と結婚します!」


 何も考えずに言う娘に、私はつい声を荒らげてしまいました。


「ダメ!この方だけは、絶対にだめですわっ!」


 そう叫んで、私は思い出したのです。

 あの時、母が私に同じ言葉を投げつけたことを。


 ああ。

 それで、忘れることにしたのだわ。

 当時、母も宰相様のことを愛していたのね。

 娘にも譲れないほどに。


 でも、私の娘は空気を読みません。

 無邪気に微笑んで、こう言ったのです。


「どうして? 私と結婚すれば、おじさまは国王になれるわ?」


 暗に『お母様とでは国王になれないでしょう?』と言われた気がして、私は唇を噛み、娘を睨みつけました。


 空気が悪くなったと考えたのか、宰相様は やんわりと断りの返事をされます。


「まぁまぁ。お気持ちは嬉しいですが、王女殿下には、もっと若くて美しい男性が相応しいですよ。私としましては、我が国の第二王子をお勧めしますが」


「あら? その方も美しいの? なら、貴方が先だったら、次はその方にするわ。私、まだ若いですもの」


 そんなにも簡単に……。

 私の中に憎しみの種が生まれたのは、おそらくこの時だったように思います。



 そして、その数ヶ月後、運悪くその種は芽吹くことになります。



「鏡よ鏡。世界で一番美しいのは誰?」


「王妃ヴェッティーナ様はとても美しい。でも、娘の白雪姫はもっと美しい」

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宰相と悪役王妃 丸山 令 @Raym

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