鉄血伯爵と恐れられる旦那様になぜか溺愛されています
月海水
第1話 鉄血侯爵
大陸一の軍事国家、レイアス帝国には『鉄血侯爵』の異名で恐れられる参謀将校がいる。
その噂は人々の畏怖とともに、隣国であるフレスガル王国に届いていた。時に兵士たちを捨て駒として扱い、他国との戦争で勝利することだけを考える。
人の心などなく、冷たい血が流れる鬼。
それが『鉄血侯爵』ラゼス・ガーナインという人物だという。
フレスガル王国とレイアス帝国は隣国でありながら、両国間に争乱はなく、それはひとえにフレスガル国王の外交努力の賜物だと言われていた。
フレスガルは小国、対してレイアスは大帝国。軍事力にも天と地の差がある。ひとたび攻められればひとたまりもない。
『鉄血侯爵』ラゼス・ガーナインが北方の蛮族国との戦いに勝利し帰還したという報が流れたのは、ほんの一月ほど前。
そしてフレスガルの国王はこの機を好機と捉え、両国の和平をさらに強固なものにするべく、一つの政治的な決断を下した。それは特に奇抜なものではなく、よくある類のもの。
フレスガル王国の公爵家令嬢を『鉄血侯爵』のもとに嫁がせるというものだった。つまりは政略結婚。
よくある話で特段、何の問題もない。
自分自身ーーつまり公爵家令嬢、ルレット・イルナエスが当事者でなければ。
「すまない……これは国王陛下からの要請なのだ」
イルミナス家当主、つまりルレットの父が申し訳なさそうな顔をして少しばかり頭を下げる。そんな表情をされても状況は変わらない。ルレットは困惑と少しの苛立ちを上手く逃がすことができず、思わず口から漏らしてしまった。
「私は見捨てられた、ということでよろしいですか?」
「そんなつもりはない! ただ……お前の姉のミレットはすでにこの国の第一王子との婚姻が決まっている。となると他に適任者がいないのだ。『鉄血侯爵』ラゼス・ガーナインに嫁がせる人間は高位の家格でなければならない。フレスガル王国として最大限の友好と誠意を見せる必要があって……」
「私はその誠意の象徴として、鉄血の鬼のもとへ売り飛ばされる、と」
「そんなふうに言わないでくれ、愛娘よ!」
ルレットの父は泣きそうだった。仮にも公爵家当主、外では毅然とした態度で執務をこなす父の弱りきった姿をルレットはあまり見たくないと思った。
自分も言葉尻を捉えて意地悪を言い過ぎたと大きく息をついて、ルレットは苛立ちを収める。
「私も公爵家の娘です。政略結婚をすることでフレスガル王国のためになるのなら、そのお役目、全ういたします」
「ルレット……! ありがとう……!!」
こんなことなら今までたくさんあった縁談のどれか一つを受けていれば良かった、とルレットは静かに後悔する。ルレットは今年で十九歳。国内の貴族からはいくつも縁談が持ち込まれていた。
しかしルレットはそのどれにも良い返事をしていなかった。お高く止まっていたわけではない。ただなんとなく、決断を先延ばしにしていただけだ。
あまり知らない身分ばかり高い男性との結婚生活が想像できなかったということもある。
だからこれはその罰でもあるのだと思った。
ここまで強制力のある話が来てやっと、ルレットも重い腰を上げることになったのだ。
仕方がない。『鉄血侯爵』、冷たい血が流れる鬼。どんな冷酷な男だって我慢してみせよう。
それが公爵家の娘として、今まで何の不自由もなく育ててもらった実家への恩返しだ。
「全てはフレスガル王国のために」
そうしてルレットは大いなる覚悟とともに、隣国の軍事国家、レイアス帝国の『鉄血侯爵』ラゼス・ガーナインのもとへと嫁ぐこととなった。
『鉄血侯爵』の真の顔を、ルレットはまだ知らない。
鉄血伯爵と恐れられる旦那様になぜか溺愛されています 月海水 @tukimisui
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。鉄血伯爵と恐れられる旦那様になぜか溺愛されていますの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます