第9話 マザーローズの花と蜜
壁にハニカム構造の穴が空いた広い部屋
そこでたくさんのビー族達がせわしなく飛んでいる。ビー族達は手にまるまるとした白い幼虫を抱き抱えており、どこかに運んでいるようだ。そして、幼虫を運ぶビー族達の中にビーラがいた。
「まったく…ブルームーンが来る度にこの子達を移動させなきゃいけないなんて…ブルームーンなんて来なきゃ良いのに…」
ビーラが一人ぼやいていると、仕事仲間の世話焼きおばさんビー族が話しかけてくる。
「あら、ビーラちゃん。ブルームーンに良いパートナーは居ないのかい? ビーラちゃんは仕事できるし気も効くし、良いお嫁さんになると思うんだけどねぇ…。ほら、最近あんたがよく一緒にいるナナホシさんはどうなのよ!? すごくお似合いじゃない!!」
「ちょっ!やめてよおばさん!ナナホシとはそういうんじゃないんだからっ!!たっ!確かにあいつの魔石は種類も魔力量もムシ族の中では最強だろうし、戦いのセンスも悪くないし、魔法は独創的っていうか、あたしには想像もつかないことをやってのけるし、誰かのためだったらがんばれる所があたしと似てたりとかってああああああああああああ違う違う違うっ!にやにやするなってのっ!!」
「やっぱりナナホシさんのことが好きなんじゃないの~。まぁ、あんたは自分のことだから気づいてないんだろうけど、あんた、最近ナナホシさんと話す時とっても可愛くなってるわよ?」
「はぁっ!? そんなわけ……!あ~もうっわけわかんない!さっ!ブルームーンまで時間ないんだからさっさと終わらせましょ!」
「そうかい? 残念だねぇ…ビーラちゃんの赤ちゃんは可愛いだろうから早く見たいんだけどねぇ~あんたもそう思いまちゅよねぇ~ベイビーちゃん?」
「?」
世話焼きおばさんビー族が、抱いている赤ちゃん幼虫に話しかける。当然赤ちゃん幼虫はよくわかっておらず口をもごもごさせているだけだ。その様子を見てビーラはがっくりと肩を落とす。
「はぁ…まったく…おばさんは親切で良いビー族だけど、なぜかあたしを縁談をさせようとするのよね……」
ビーラはブルームーンのことを考える。
「ビームちゃんも…ビーロっちも……あいつとブルームーンの夜を過ごしたのよね…。そんなに良いものなの…かな……」
ビーラの独り言は周りを飛ぶ働きビー族の羽音で消えていった。
俺はビーラを探すため、ビー族の赤ちゃんがいる区画にやってきていた。
ブルームーンの時には赤ちゃん幼虫を4層まで運ぶ必要がある。そのため、赤ちゃんのお世話担当になっている働きビー族達は、ブルームーン直前で大忙しなのだ。案の定、ここでは赤ちゃん幼虫を抱えたたくさんのビー族がせわしなく行き来していた。俺はその交通量に圧倒されつつ、大声でビーラを呼ぶ
「ビーラ!俺だ!ナナホシだ!いたら返事してくれー!」
すると、大勢のビー族達が一斉に動きを止めた。そして、こちらを見ているではないか。怖すぎる。俺はビーラを探してるだけなんだ。どうぞお仕事続けてください。そう思っていると、何匹かのビー族がこちらにわっと押し寄せてきた。
「あらまっ!ナナホシさんじゃないの~!ビーラちゃんに用事なの?」
「えっ…はい…」
「あんたこのタイミングに来たってことは、ブルームーン関係のことよね?」
「まぁ…そうですね…」
「あらぁ~♪ やだぁ~♪ ほらあんた早くビーラちゃん呼んできて!ちょっと待っててねナナホシさん。すぐビーラちゃん来るから」
「あ、ありがとうございます…」
「あんたビーラちゃんのことどう思ってるの!?」
「えっ、どうって……。可愛いと思います」
「きゃー♪ そうでしょ~ビーラちゃん可愛いのよ~♪ それに気が利くし、良く働くし、赤ちゃんの面倒見も良いし、良いお嫁さんになると思うのよね~」
「あ!それは俺もそう思います」
「ちょっとあんた!そこまでわかってたらなんでビーラちゃんを…!あっ、でもそうよね、今日来たってことは~。びびび~♪」
にやにやするおばちゃんビー族達。俺はおばちゃんビー族に囲まれて逃げられなくなった後、ビーラが来るまでマウントをとられたまま質問攻めを受けている。見た目はふわもこ蜜蜂で可愛いものだが、中身は人間のおばちゃんと変わらない。
ビーラ頼む!早く来てくれ!
「な、ナナホシ…?」
もじもじしながら奥からやってきたのは、俺が待ち焦がれていたビーラだ。俺もこのコロニーに来て成長している。ビーラと他のビー族の見分けはつくようになっているのだ。
「ビーラ!良かった!会いたかった!」
俺はそう言ってビーラの近くに行く。ビーラが来てくれたおかげでやっとおばちゃんビー族達から解放される。
「あ…あたしに会いたかったって…」
「前に約束しただろ、赤ちゃんを運ぶのを手伝うって」
「ああ!あんた……お、覚えてたんだ……」
「お前には世話になってるからな。そのお返しだ」
「それはありがたいけど……あんた、ビームちゃんには伝えてるよね?」
「もちろんだ。今日はビーラと過ごすって伝えてるぞ」
「おっけー、あんたが手伝ってくれるならあたしも多少は楽に……ってぇえええええええええええええええええええええ!?」
「っくりしたぁ…どうしたんだ急に大声出して」
「あんたっ……こんのっ……!!バカなのっ!?死にたいの!?あたしはあんたと心中なんて絶対いやだからね!っていうか殺されるとしたらあたしだけじゃないの!?」
「お、落ち着け!どういうことだ!?」
「あんたっ!あたしの”仕事を手伝う”ってちゃんと言った!?」
「………………あれぇ?」
「あれぇ? じゃないわよっ!!」
そういわれれば言ってなかったような気もする。もしかして、ブルームーンナイトをビーラと過ごすと思われてる? ビームにさっと伝えてすぐにこっちに来たから、反応もあまり確認してなかった。
「いいいいいいいい今すぐ誤解を解きに行きましょ!ブルームーンが始まる前の今ならまままままままだ間に合うはずよ!」
「だ、だな!ちょっと行ってくる!」
「まっ!待ちなさいよバカぁっ!あたしを置いて行く気!?あたしひとりの時に会ったらどうなるかわからないじゃない!? 最悪の場合ビームちゃんに……!」
ビーラが本気で怯えている。なんだかビーラを巻き込むことになってしまった…本当に申し訳ない。
「月が出るまであまり時間がないから、一旦あたしの部屋に行って人用の服を持っておきましょ!通路の真ん中であんたと人化して裸になるなんて絶対にごめんよ!」
「わ、わかった!そうしよう!…………………俺の分の服もあるのか?」
「えっ!? えっと…ブルームーンってのはそういうもんなのよ!いいから急ぐわよ!」
「お、おう!そうだな!」
俺達は急いでビーラの部屋に行き、服などの荷物を確保する。そしてそのまま俺の部屋に向かった。しかし――
「いない……」
俺の部屋には誰もいなかった。
「ちょっとぉおおおおおおおどうすんのよこれぇええええ!?」
ビーラが発狂する。
「こ、これ以上誤解されるのはまずい。とりあえず、4層の赤ちゃん幼虫管理部屋に行こう。そこには他のビー族も仕事してるんだよな!?」
「え、ええ、そうね」
「なら、ちゃんとそこで仕事してることは証明できるわけだ」
「そっ!そうね!あたしたちは何もやましいことはしてないんだから、正しく仕事してれば良いのよ!」
「そういうことだ!急ごう!」
俺とビーラは月が上る前に4層の赤ちゃん幼虫管理部屋に無事たどりつくことができた。もし移動中にブルームーンの光を浴びて人間になってしまったら空を飛ぶことができなくなってしまう。そうなると、100m以上も高さのある部屋で赤ちゃんのお世話をすることが難しくなっていたところだ。
「はぁ…はぁ…間に合って良かったわね…!」
「ああ…少なくともこれで…仕事をすることができる…!」
俺とビーラがほっと一息ついていると、部屋にどこからか音楽が流れ始める。ヴァイオリンのような、ゆったりとした弦楽器の音だ。
「……この音楽は?」
「ビーリアお姉様ね。ここは外の光が入ってこないから、ブルームーンナイトの間は音楽が流れるようになっているの」
「もしかしてブルームーンナイトの間ずっと弾いてるのか?」
「まあね、軍隊のメンバーが交代で弾いているわ」
「知らなかった……」
「ブルームーンナイトでも結構みんな働いてるのよ」
俺達がしばらく赤ちゃん幼虫のお世話をしていると、急にぱたりと音楽が止まった。そして、音楽は止まったまま始まらない。
「あれ? まだブルームーンナイト中だよな? 音楽が聞こえなくなったけど、こういうもんなの?」
「変ね…こんなこと今まで無かったけど…」
周りで赤ちゃんのお世話をしている他のビー族も動揺している。これまでにない状況だということなのだろう。なんだか嫌な予感がする。そう思っていると、目の前に光る空間が現れ、そこから知らないビー族が現れる。
「ここにおりましたかナナホシ様。おや、ビーラ様もご一緒で」
「なによ。文句あんの?」
「あっ、いえ。ビーリア様から、すぐに来て欲しいとのことです。ブルームーン期間に申し訳ないのですが、緊急事態とのことでして…」
「わかった。今すぐ行こう」
「あたしも行くわ」
「お二人とも、人間用の服を持っているなら持って行った方がよろしいかと。行先は一層ですので」
「持ってきてて正解だったな」
「そうね」
俺とビーラはそれぞれ人間用の服を風呂敷に入れて持つ。
「準備はできましたか?」
「ああ」
「ではビーラ様、ナナホシ様に触れてください」
「えっと………まぁ…しかたないわよね…」
ビーラが俺の体に密着し腕を組む。ビー族の体はやっぱりふわもこであったかいな。
「では転送しますね」
「え?」
気が付くと別の場所に移動しており、部屋は青い光で満ちていた。そこには人間の姿で腕組みした仁王立ちの女性がいた。背は180cmくらいで、軍人のように鍛えられた、引き締まった筋肉をしている。簡単なシャツと軍服のようなズボンをはいているシンプルな服装だったが、それが肉体と相まって良く似合っている。
「ブルームーンナイト中にすまんな二人とも!」
「ビーリアお姉様…!」
「やっぱりビーリアさんか……ってうわっ!」
俺とビーラがブルームーンの光で人間の姿へと変化する。俺とビーラは当然裸で、体が密着した状態でビーラが俺の腕を組んでいる状態のまま人間の姿になった。俺の腕にはやわらかい感触がある。ふわもこのビー族の体も暖かかったが、今はなんというか、触れ合っている肌が熱い。
俺もビーラも顔を真っ赤にし、どうリアクションして良いかもわからず頭がオーバーヒートしていた。
「? どうしたんだ二人とも、はやく服を着ろ。それとも、そのまま説明を聞くか?」
「……」
「……」
俺とビーラは顔を真っ赤にしたまま、ゆっくりとお互いに背を向け、持っていた服を着た。服を着ている間も、俺の心臓は爆音で脈動し、頭もくらくらしていた。
「よし、服を着たな。それにしても、ナナホシ殿とビーラがブルームーンナイトに一緒にいるとは思わなかったぞ」
「まぁ…いろいろあって…あたしもなんでこうなっているのかわからないの…。それよりお姉様…私達をここに呼んだ理由を聞かせていただいても…?」
「そうだな!まずはそこの窓から外の様子を見てくれ!」
「外…?」
窓の外は、ブルームーンの光で青く輝いている。全ての景色がブルームーンの色で染まっているかのようだった。そして、満月のブルームーンはひときわ青く、明るく輝いている。ブルームーンを直接見るのは初めてだった。
しかし、俺とビーラをここに呼び出すような異常さは見られない。俺は外の様子をもっと見るために、窓から体をのぞかせる。すると、ビーリアさんが俺達を呼び出した理由がわかった。
「マザーローズの花が……咲いてる……?」
茨の中にあったつぼみが花開き、真っ白なバラの大輪を咲かせている。ブルームーンの青い光を受けてもなお、その白さが青い世界で際立っていた。そして、窓からは花の甘い香りが強く感じられた。
「我々の目的は、マザーローズの
「目的はわかりましたが、俺達を呼ぶ必要があったのですか? 軍がいるでしょう」
「ああ、既に何人かの隊員が試みたのだが……全員失敗した」
「失敗!? みんなは無事なの!?」
「ああ、負傷者はでているがな。幸い死人は出ていない」
「よかった…」
ほっとしているビーラ。
「何があったんですか? 確かに今は人間の姿なので空は飛べませんが……」
「モンスターだ」
モンスター?
もう一度窓から外を見るが、特に何もいないように見える。
「ここからだと何も見えませんが……ん?」
よく見ると、マザーローズの花に黒い影だけが動いているのが見えた。
「花のそばに何かいますね……」
「ああ、おおかた、花の匂いに誘われてやってきたのだろう」
「それだと、
「うむ。実際その通りなのだナナホシ殿。既に我々の軍のほとんどは、コロニーの防衛のため1層の各階の入口に配備している」
さすがビーリアさん。仕事が早い。
「君達4人は、1層に配備した軍の支援を受けつつ、マザーローズから
「4人?」
「もちろんボクのことだよ~ナナホシ~♪」
「ビィイイイイイイイイイイイイイイイイイイムっ!っさん!?」
振り返るとそこにはビームと、ビーロがいた。
「全部見てたでありますよナナホシくん!ビーラ殿!ひどいであります!二人でっ…!それも裸でっ…!一緒に現れるなんて………!? 二人で一体何をしてたでありますかっ!」
「ち、違う!俺達が人間の姿になったのはここに転送されてからだ!」
「そ!そうよ!やましいことなんてしてないわ!」
「ふぅ~ん…ほんとかなぁ〜?」
ビームは俺ではなく、ビーラのほうに詰め寄っていく。
ビーラは、ビームの吸い寄せられるような瞳に見つめられて目をそらすこともできず、汗が吹き出る。
「かわいい…ビーラちゃん…いつのまにそんなにかわいくなったのかな~?」
ビームが、ビーラのツインテールの髪をなでる。
「ナナホシの服を用意してたのもビーラちゃんだよね~?」
ビームの指が、ビーラの肩や頬につつつ…と触れる。
「ビームちゃん…!あっ!あぁっ…!」
ビームがビーラの肌に触れる度、ビーラから声が漏れる。
なにか、いけないものを見ているようでドキドキするぞ……。
「ビーラちゃんは、ボクの味方だよね…? そしたら、今度ナナホシと3人で…」
ビームがビーラに何か耳打ちし、ほっぺにキスをする。顔を真っ赤にしたビーラがぺたんと床にへたりこむ。そして、カクカクと頭を縦に振る。
完全に屈服したようだ。おい、俺と3人で何をする気だ。
「ビーラ殿!? ひどいであります!!自分を応援してくれるのではなかったのでありますか!?」
「ビーロっち……」
ビーラがゆらりと立ち上がり、ビーロの肩をガッと掴む。
「ビームちゃんに管理を任せていればきっと良くしてくれるわ……。だからあんたもビームちゃんの傘下に入るのよ……!お願いビーロっち!みんなで仲良くしましょ!ねっ!? 4人でもきっといけるはずよ!」
ビーラから必死さが伝わってくる……っていうか何の話だ!?
「君達はさっきから何をやってるんだ? 悪いが行動に移ってくれると助かるのだが…」
3人娘のやりとりをしょうがなさそうに見ていたビーリアさんだったが、流石に我慢できなくなったようだ。
「そうだね~♪ ブルームーンナイトが終わる前に任務を終わらせよ~♪」
「た、確かにそれには同意であります!さっさと終わらせて本来のブルームーンナイトに戻るでありますよ!」
「そうね!4人で力を合わせればできないことなんてないわ!やるわよナナホシ!」
「お、おう。そうだな!俺達ならやれるさ!」
ビーラの言う通り、俺達4人が力をあわせればきっとなんとかなるはずだ。
「まずはどうする。窓からだと動きにくいし、この階にある外へのゲートに行くか?」
「それが良いね~。軍も配備されてるし~、何かあっても援護してくれると思うよ~」
「よし。ではビーリアさん。俺たちは外へのゲートに向かいます」
「了解した。私は軍の指示のため一緒には行けん。諸君らの健闘を祈る」
俺達は徒歩でゲートへと向かう。俺は今までコロニーの1階でしか生活していなかったが、窓から外の様子を見る限りここは1階ではなさそうだ。いつものように空を飛べると思っていると、転落して死ぬ可能性だってある。コロニー内を歩いているだけでも気が引けない。
ビームの案内通りに進むと、外へのゲートが見えてきた。1階でよく見る外へのゲートと同じ作りだ。これが各階に4箇所ずつあるらしい。全20階もあるこのコロニーだと、外へのゲートは計80箇所にもなる。確かに、これらを全て警備するとなると、軍を総動員する必要がありそうだ。そして、いつもは解放されている扉が、今は固く閉ざされている。
ゲートにはビーリアさんと似た服装をした人間が数人いた。恐らく軍のビー族がブルームーンで人化した姿なのだろう。その一人が声をかけてきた。
「こ、これはビーム様!何か御用でしょうか!」
「うん、ビリ姉からお願いされたんだ~。ボク達4人で、マザーローズの
「かしこまりました!では、このゲートから外に出るということですね!」
「うん。ここが一番マザーローズの花に近いからね~」
てっきり一番近いゲートに移動してきたのだと思っていたのだが、ビームはその先を見ていたようだ。さすがビームさん…!
「ところでビーム様、その恰好でマザーローズの花の場所まで行かれるのですか?」
「そうだけど、だめかな~?」
「だめではありませんが……茨の中を進むことになりますので、動きにくい上に、衣装がボロボロになるかと……」
「う~ん…ボロボロになるのはやだな~」
「もしよければ、皆様の分の軍服をすぐに用意いたします」
「助かる。俺が着てるのはビーラの借り物だし、破りたくない」
「あたしももらうわ」
「自分もお借りするであります」
「じゃ、全員分よろしく~」
「かしこまりました!それではあちらでお着換えください!」
俺たちはゲート近くの部屋で、用意してもらった軍服に着替える。生地はしっかりしてるし、長袖と長ズボンで肌も露出していない。これなら茨で肌が傷つくこともある程度防ぐことができるだろう。
「3人とも、軍服が似合ってるな」
「ま、これでも軍に所属してるからね」
「コロニーのビー族の大半は軍で訓練を受けているのでありますよ。そして緊急時には隊員として招集されるのであります」
「大変なんだな……っていうか、3人ともさっきの隊員と服がちょっとずつ違うな」
3人とも、服や帽子のところどころに色の帯やマークが入っている。特にビームは豪華だ。
「気にしない気にしない♪」
いや……どう見てもビームのは上級士官用だろ……。やはりビームさんは只者じゃなかったようだ。俺達が着替えてゲートまで戻る。隊員達は俺達…というかビームを見て集まってくる。俺は隊員にロープがあるか聞いてみた。さすがに命綱なしで降りるのは危険すぎる。
「ろーぷ…ではありませんが、命綱というなら、蔦を用意してあります」
「お、おう…蔦ね………」
かっちかちの固い蔦を持ってくる隊員。触った感じ、確かに強度はありそうだが、ちょっと心配になる。
俺たち4人はそれぞれ命綱をつけ、それをゲート近くの柱に括りつけた。マザーローズの花の位置は把握しているらしく、命綱の長さは十分にあるとのことだった。
「みんな、準備は良いか?」
「いつでも良いわよ」
「自分も問題ないであります」
「おっけ~♪じゃあ~隊員のみんなはここから魔法で援護してね~。ボクたちが蔦を3回引っ張ったら、引き上げよろしく~♪」
「はっ!了解しました!ご武運を!」
外へのゲートがゆっくりと開かれ、ブルームーンの青い光が差し込んでくる。外は月の光で相変わらず青く染まっている。これまではしんとした静けさに神秘さを感じていたが、この状況だとその静けさがかえって不気味に感じる。高所であり、さらに見えないモンスターまでいるという状況の中、茨をつたってマザーローズの花に到達しなければならない。かなり過酷な任務だ。
「モンスターは……見えないな…。ビーロ、メガネで拡大して何か見えるか?」
「確認するであります……」
ビーロがメガネの魔法効果を発動させ、周囲を見る。
「特に変わった物は見えないでありますね…。茨の中に隠れているのだとしたら厄介であります……」
太い茨が波のように重なりコロニーを覆っているため視界が悪い。どこに潜んでいてもおかしくない状況だ。
「そうだな…。それぞれが周囲を警戒しながらゆっくりと進もう」
「マザーローズの位置はボクがわかるから、ボクが先頭だね」
「あたしが後方を警戒するわ。あたしが一番茨の中でも動けると思うし」
「わかった。じゃあ俺は右を」
「自分は左でありますね」
俺たちはゲートを出てマザーローズの荊の中に入り込んだ。虫の体の時はスルスルと進んで行けたが、人間の体の今ではそうもいかない。茨の先端に触れれば肌は傷つくし、もし足を踏み外そうものなら転げ落ちて茨でズタズタになりかねない。まさか人間の体をこんなに不便だと思う日が来ようとは。
茨を抜けると、外の景色が良く見える。そして、自分たちがいる場所がいかに高いのかも……。命綱をしっかりと手に持ち下の方を見ると、白い花が見えた。
「このまままっすぐ降りれば良さそうだね~♪」
「よし、じゃあ行ってくる」
俺はさっそく、降下しようと準備する。
「いや、あんたが先に行ってどうするのよ!この中で一番迎撃能力が高いのはあんたでしょ!」
「そうであります!採取は他の人に任せて、ナナホシくんはモンスターの迎撃に専念したほうが良いでありますよ!」
「だから俺が先に行って倒してくるって」
「それじゃあんたがっ!……ああもう!」
ビーラがどうすれば良いかわからなくなって涙目になっている。心配してくれているのは正直嬉しい。だが、俺だって3人が目の前で襲われるのがわかっていて先頭を行かせるわけにはいかない。
「こうなったナナホシはもう止められないよビーラちゃん。ナナホシ、後ろはボク達に任せて♪」
ビームが前を譲ってくれる。さすがビームさん。俺のことをよくわかっている。
「ああ、後ろはよろしく頼む」
俺は蔦を緩めながら少しずつ降下していく。ビーリアさんの話では隊員がマザーローズの花に近づいたところをモンスターに襲われたとのことだ。今回も同じなら、いつ襲撃されてもおかしくないということになる。
「コレクトウォーター」
俺は大気から水を集め薄く伸ばし、水鏡に変形させる。それを3枚作り、俺の数メートル先に先行させる。
「あいつってほんと器用よね…」
「応用の幅が広すぎて、初級の魔法とは思えないことになっているでありますよ…」
「かっこ良いよね~♪」
上の方から3人娘が俺を褒める声が聞こえてくる。褒められるのは嬉しいが…ちょっと恥ずかしくてやりずらい。
俺が先行させた3枚の水鏡がマザーローズの花の付近に到達し、花を取り囲むように展開する。鏡には花の正面を含む、3方向から状態が映りだされる。花の正面に位置する水鏡の角度を少しこちらに向け、花の正面の状況を確認する。すると、そこには花の中をあさる白い生き物が映っていた。
「なんだ…? 白い蝙蝠のような…」
「ニードルバット!? 気を付けるであります!音もなく飛び回り、体毛の針を飛ばしてくる強敵であります!」
ビーロが注意すると同時に、水鏡に映るニードルバットと目が合う。そして、ニードルバットの体が膨らんだかと思うと、胸の部分の棘が発射される。水鏡はするどい針をうけると水しぶきを上げて水面がゆがむ。初撃を受けたのが水鏡で良かった。あれで奇襲されたらやられていたかもしれない。それほどに針の弾速は速い。
「茨の中に隠れろ!」
蔦にぶら下がっているこの状況では、ただの的だ。上を見ると、3人娘が俺の指示通りに茨の隙間に入り込んでいるのが確認できた。俺も目の前の茨の隙間に飛び込む。すると、上から茨の間をかいくぐって3人娘が降りてくる。
「ナナホシの水鏡が無かったら危なかったね~」
「そうでありますね…初見だったらやられてたであります」
「どうすの?
「幸い、こちらも茨で隠れられる。このまま茨の中を通って花に近づこう」
「そうね、もし相手が茨の中にいても外にいても、これだけ茨があれば盾にできるわ」
「ああ、怖いのは相手の位置に気づかずに撃ち抜かれることだ」
「もしくは、至近距離まで接近されることね」
「…………あいつって、一匹だけなのかな~?」
『……!』
ビームがさらっと怖いことを言ったので全員が息をのむ。だがビームの指摘はもっともだ。もしさっきの敵を見つけてそいつに意識を向けていたら、他のニードルバットにやられる可能性もある。
「敵を見つけても周囲の警戒を怠らないようにしないとだな」
「そうね。もし敵を見つけても、あたしとビーロは周囲を警戒しておくわ」
「ああ、頼む」
俺達はお互いにサポートし合いながら、ゆっくりと茨の中を降りていく。足場が悪いところは俺が先に降り、一人ずつ抱きとめておろす。女の子の体に触れる時は、やっぱり緊張する。女の子達も、緊張するのか全員無言になっていた。特にビーラは顔が真っ赤だ。きっと俺も同じなのだろう。自分の顔が熱い。俺は火照った頭をふり気合を入れなおす。
そんなことを繰り返しつつ、俺達は茨の中を着実に降下していった。そして、マザーローズの花と数メートルというところまで近づいた。ここからは俺達も息を殺して進む。
マザーローズの花はもう目の前だ。いつモンスターとかちあってもおかしくない。先手を取った方が勝ちだ。しかし、相手の姿が見えない。まだマザーローズの花の中で蜜を吸っているのだろうか。俺たちはお互いをサポートできる体勢を維持しながらじわりじわりと花に近づいていく。
俺の頭が、もうすぐ茨から出るというところまで近づいた。マザーローズの花の匂いが強く感じられる。
……いる。ここまで近づくと、花の中からすれる音が聞こえてくる。しかし、マザーローズの花ごと魔法で吹き飛ばすわけにはいかない。
俺は、3人の方を見る。3人とも、頷き返してくる。
はじめよう
俺は小声で詠唱する
「コレクトウォーター」
俺は大気中から静かに水を集め、1メートル大の水の塊にする。それを平たく伸ばしていく。今回は水鏡を作るのではなく、花の正面から、包囲するように広げていく。
モンスターに気づかれないように、ゆっくりと行う。そして、広げている水の膜の一部を俺の手元に伸ばす。水の幕を曲面で広げていっているので、俺の位置からバラの正面の姿が見え始める。
水鏡ほどはっきりとは見えないが、ゆらゆらとゆらぎつつもニードルバットの姿が見えた。そして、ニードルバットが振り向いた。
「キィイ!?」
ニードルバットは自分を覆う謎の水の膜に驚いたのか、水の膜を避けるように飛ぼうとする。
そうはさせない。
俺は水の膜を操作し、そのまま覆いかぶせるようにニードルバットに水を浴びせる。ニードルバットへの着水を確認した瞬間、俺は背中の水色の氷の魔石に意識を集中させる。
「フリーズ!!」
俺は手元に伸ばしておいた水の端を起点に、水を一瞬で凍らせた。
「ギィイイイイイイ!!ギィッ!ギィッ!!」
水を浴びていた部分が凍り、ニードルバットが身動きできず声を上げる。
仲間を呼ばれるとまずい!
「周囲を警戒!」
『はい!』
3人娘が返事をする
俺はニードルバットに見つからない位置から移動し、ニードルバットの足を掴む。掴んだ場所は熱く脈動しており、薄い体毛で少しちくちくした。
「フリーズ!!」
ニードルバットの体に直接氷魔法を叩き込む。掴んでいた足がブルルッっと一瞬震えると、叫んでいた声は止まり、熱く脈動していた肌はもう冷たくなっている。今、この瞬間に生き物の命を自分が奪ったのだということを肌で感じた。
「ナナホシ戻ってー!上と下から1匹ずつニードルバットが来てるよー!」
ビームが警告する。俺からは何も見えないが、どうやってか敵を捕捉したようだ。
「わかった!すぐに戻る!」
「上は自分が牽制するであります!」
「下はあたしが!サンダークラウド!」
ビーラが下方にサンダークラウドの黒雲を形成する。サンダークラウドなら下方に攻撃可能で、かつこちらへの視界もさえぎることができる。戦闘経験豊富なビーラの素早く良い選択だった。
上方から降下してきている敵は、ビーロとビームがライトニングで牽制してくれている。俺はその間に茨の中に飛び込んだ。
「ビロロン、ちょっとあいつの相手よろしく~」
「えっ!? わ、わかったであります!」
ビームが上方のニードルバットへの牽制をやめ、茨を背にし何か喋り始める。すると、コロニー内部からニードルバットに向けて電撃が放たれ始めた。
ビームが上にいる軍に攻撃支援を要請したのかもしれない。コロニーから立て続けに放たれた電撃の一つがニードルバットに命中。電撃の直撃を受けたニードルバットは一瞬硬直する。そこをビーロは見逃さなかった。
「そこであります!!サンダージェイル!!」
ビーロが俺の知らない魔法を唱える。ビーロの両手から電撃の束がニードルバットに向かって伸びる。電撃の束がニードルバットに到達すると、バチチチチチと派手な音をたてニードルバットを電撃で拘束する。まるで拷問のような魔法だ。
ニードルバットがたまらず針を飛ばして反撃しているが、狙いがまったく定まっておらず、体を膨らませることができていないので威力も弱い。
上方の敵はビーロ達に任せ、俺は周囲を警戒する。他に敵は確認できない。下方は黒雲が広がり何も見えない状況になっていた。
「ビーラ、下の敵はどうなった!?」
「最初に何発か当たったと思うけど、多分まだ生きてると思う!」
このビーラの雷撃の下を飛びながら回避し続けているとは思えない。今は当たらないところに退避している可能性が高い。つまり…
「茨の中か」
俺は、下方の茨を注視しつつ、茨の中に向かって魔法を放つ
「フリージングウィンド」
凍り付くような冷気が下方に向かって流れていく。近くの茨には霜が付き始めている。しばらくすると、茨の中でもがく白い影が見える。
「あそこか」
俺はその場所に向けてフリージングウィンドを集中させる。すると、その場所が霜で覆われはじめ、白い影が次第に動かなくなる。
「ビーラ!上の敵はどうなってる!?ほかに敵は見えるか!?」
「まだビーロが拘束中!他に敵は見えない!」
「ビームは!?」
「ビームちゃんは各所の軍と通信してる!たぶん軍と連携して他の敵の位置を確認しようとしてるんだと思う!」
ビームの役割は最も重要だ。ビームはそのまま軍との通信に集中してもらった方が良い。
「ビーラはサンダークラウドをこのまま維持しててくれ!俺がマザーローズから
「わ、わかったわ!気を付けて!」
マザーローズの
俺は蔦をたどりながら茨を少し上ると、ビームとビーロが見えた。俺は二人に声をかける。
「
二人は集中しており、俺を見て頷きで返してくれる。俺は茨から顔を出し、周囲に敵がいないことを確認する。俺は花の真上に位置している。上の方ではニードルバットがビーロのサンダージェイルで拘束されているのが見える。
俺は体の5倍はあるかという巨大な花の上面を這うように進む。足元には、最初に凍らせたニードルバットが凍っている。俺は凍ったニードルバットをよけつつ、花の奥部へと体を潜らせる。
「すごい匂いだな……」
外からでも強く感じていたバラの香りが、ここではさらに強烈に刺激してくる。それは奥に進むにつれて強くなっていき、バラの香りで意識が飛びそうになるほどだった。
花弁を押しのけ押しのけ、ほふく前進するように進むと、花弁の根元にわずかな隙間が見えた。その隙間の先には空間があるように見える。俺は花弁のその隙間に両手を突っ込み、押し広げる。ブワッと甘い香りの衝撃を受け、一瞬頭が真っ白になる。俺は頭をふり意識を取り戻すと、目の前にはこの強烈な香りを発する液体が存在していた。
無色透明な液体だが、この他に代えようもない強い香りがマザーローズの
ビンからこぼれた
「よし」
後は安全なコロニー内部まで帰還するだけだ。俺はうつ伏せの体勢のままずりずりと後進する。その間も俺は甘い香りに包まれたままであり、頭はもうろうとしていた。しかし、俺の目を覚ますような声が花の外から聞こえてきた。
「ナナホシ逃げてー!そっちに敵が――」
「いやぁああああああああああああああ!ビームちゃん!ナナホシ!ナナホシー!!」
今のはビーム!?そして、後の叫び声はビーラだ!ビームになにかあったのか!?尋常ではないビーラの悲痛な叫び声に全身の血が沸騰する。ビーラが俺とビームの名前を呼ぶ声と、雷撃を放つ音だけが聞こえてくる。
マザーローズの花がどうなろうと知ったことか!俺は体勢を変え、花弁をむしるようにして急いで花の外に出ようとした時、パタパタと羽ばたく音がわずかに聞こえた。
俺が花弁の出口を見ると花弁が羽ばたく風に揺られ、ニードルバットの顔面が花弁の中に突っ込んできた。ニードルバットは俺の体と同じくらいの大きさだ。なので通路いっぱいに白い蝙蝠の顔面が迫ってくるようなものだ。だがこれならどこを狙っても当たる。俺は狙いよりも速度を優先し魔法を放つ。
「ライトニング!」
俺の手のひらから放たれた電撃は敵のぎょろりとした大きな目に命中し、たまらず敵は頭を引っ込め飛んで行く。
すると、プシュン、プシュンという音と共に、目の前を針が突き抜けていく。足元を見ると花弁に穴が空いている。どうやら俺を狙って外から撃たれているようだ。
「ライトニングフィールド!!」
俺の体のまわりを囲むように雷の膜が球状に形成される。雷の膜に触れた花弁がバチチチチチとものすごい音を立てはじめる。ムシの体で使用したときは空を飛んでいたため周りに触れるものがなかったが、空を飛べない人間の姿ではどうしても何かに接触してしまう。近くの花弁に火がつき燃え落ちる前に、急いで焦げた花弁をかきわけ花の外にでた。
外に出るとニードルバットの針が集中的に襲ってくる。
「ぐっ…!」
ライトニングフィールドでかなりはじいてはいるが、数が多く勢いを殺せずに貫通し何本か体につきささったのを感じた。それよりも…!
3人の方を見ると、数匹のニードルバットが3人がいたところの茨のまわりを囲んでおり3人の姿が見えなくなっていた。俺はぞっとする。
「サンダークラウド!!一斉投下!!」
俺はニードルバット達の真上に一列に黒雲を形成させると、雷を真下の敵に向けて雷撃を雨のように降らせる。
「ギギィイイっ!」
直撃を受けた敵は一匹、また一匹と茨からはがれ落ちていく。すると、茨の奥が雷の檻に包まれているのが見える。ビーロのサンダージェイルだ。自分達自らをを檻の中に入れることで、敵の侵入を防いでいたのか。だがあれでは敵の侵入は防げても針は防げないはずだ!俺は茨に張り付いていた敵を全て撃ち落とし、ビーロの元へ向かう。
「ビーロ!魔法を解除してくれ!」
「ナナホシくんっ!」
雷の檻が消える。俺も自分のライトニングフィールドを解除し、茨の中に飛び込む。茨の影にはビーラと横たわるビームが見えた。そして、血も。
「アイスウォール!!」
俺はニードルバットの針を防ぐために氷の壁で四方を塞ぐ。これでしばらくは安全だ。
「ナナホシ!ビームちゃんが撃たれたの!血が出てて…!でも、ここから動けなくて…!」
「ナナ…ホシ…」
「喋るなビーム!大丈夫だ!俺が来たからもう大丈夫だぞ!」
俺はビームの手を握る。……冷たい。ビームの脇腹あたりが出血し、服には血がしみ込んでいる。血のしみ込み具合から、かなり出血しているということがわかる。もともと色白だが、今は蒼白に近い。俺はビーラに止血の指示をする。
「血が出ているところを両手でしっかり押さえろ!血を止めるんだ!」
「こ、こう…?」
「アイスナイフ!」
俺は氷で短剣を作り、ビーロにわたす。
「ビーロ!これで俺の肩口から袖を切り落としてくれ!」
「わかったであります!」
ビーロが切りにくそうにしつつも、針がささっていない方の腕の袖を切り落としてくれた。俺は切り落とした袖の中にアイスナイフを入れる。そしてアイスナイフを氷がわりにしてビームの出血箇所である脇腹に当て、両端の袖の部分で腹を縛り固定した。
「この氷が入った箇所ごと患部を押さえててくれ」
「わかったわ!」
応急処置はしたが、ビームを担いで上のゲートに運ぶのは困難だ。揺らせば出血するだろうし、モンスターもやってくるだろう。
「ビーリアさんに連絡して、ビームを転送させることはできないのか!?」
「あれは人型の者を転送できないのであります!ブルームーンナイトが終わらないと…」
この状態のビームが朝までもつわけがない。こうなったら、多少乱暴だがやるしかない。俺が何よりも優先するのはビームだ。
「ビームをここから移動させる!全員自分の命綱の蔦を外せ!二人はビームのも外してやってくれ!」
俺は二人に指示しつつ、自分に巻いてある蔦を外す。
「でもゲートは上よ!?どうするの!?」
「上には行かない!このまままっすぐ進む!」
「このまま…まっすぐ…?」
「ああ、コロニーの外壁を破壊して、コロニー内に帰還する!」
俺は四方を囲んでいたアイスウォールのコロニー側の方向のみを解除する。そして、敵がいないことを確認し再度発動する。
「アイスウォール!」
今度は、コロニーに向かって四角い筒状の通路をつくるように氷の通路を形成する。飛行機に搭乗する時のような通路だ。それをコロニーの外壁に接続するように構築する。
「こっちだ!ゆっくり運んでくれ!」
俺は二人にビームを運ぶように指示を出し、氷の通路を通ってコロニーの外壁まで移動する。そして、外壁を叩いて大声でコロニー内部に警告する。
「この壁から離れろ!!いまから外壁を破壊する!!」
俺はコレクトウォーターで水を集める。威力を間違えればコロニー内部のビー族を殺してしまうかもしれない。だが、この魔法は2回目だ。落ち着いてやれば大丈夫。
「ウォーターカッター!」
俺は威力を調整することに全ての意識を集中させ、細く圧縮した水を放出する。それを、人が通れるほどの穴のサイズで丸く円を描く。威力は調整できている。貫通はしていないはずだ。あとは…
「いいか!壁から離れろ!いくぞ!アイスウォール!!」
俺は勢いよく氷を伸ばし、ウォーターカッターで溝を入れた円の中心に衝突させると、破壊音と共に外壁が円に沿って破壊された。
アイスウォールを解除すると、溶けて水たまりになる。あとには外壁への大穴のみが残った。これで通れる!そして医者を呼んでビームを治療してもらおう。そうすればビームは元気になるはずだ
そんな期待をしつつ、俺はビームを中に降ろすため穴からコロニー内部を見て、絶望した。
「……高い…!」
コロニーは各階の高さが100mはある。ここはちょうど中間の50mほどの高さだった。こんな高いところから、この状態のビームを降ろすなんて…それにもうビームは限界に近い。今すぐ治療が必要なのに…!
「どうすれば良いんだ…!」
「残った蔦をつないでそれで降りればいいんじゃない!?」
「時間がかかりすぎるであります。それに、ビーム殿の負担が大きい。」
「じゃあさっきみたいにアイスウォールで道を作れば良いんじゃないの!?」
「この距離じゃさすがに難しいであります…」
「でもやらないとこのままじゃ…!」
「ナナ…ホシ…」
ビームが手を伸ばそうとし、力なく落ちる。ビームのまぶたが震え、わずかに開く。
「ビーム…!」
俺はビームの手を取る。冷たいビームの手を両手で温めるように握る
「…ナナホシ…………すごい…においだ…ね…」
ビームが微笑むようにわらう。俺の体にはマザーローズの
「ああ、見ろ。マザーローズの
俺も笑顔でビームに返す。何を言ってるんだ俺は、もっと他にビームに伝えないといけないことがあるはずだ。でも、それが最後の会話になりそうで、怖くて言い出せない。
「よかった…でも…こんなに…大変なら…ナナホシと…ブルームーン…過ごしてれば…よかった…か…なぁ…」
ビームの目から涙がこぼれ落ちる。
ビーラの方向から、ごめんなさい、ごめんなさいと泣く声が聞こえてくる。
俺の視界も、自分の涙でゆがむ。
「頼む…ビーム…死なないでくれ…!」
俺は震える声で、祈るようにビームの手を両手で温める。冷たい。ビームの手が、どんどん冷たくなっていく。ビームの命が消えようとしている。
俺はなぜこんな依頼を受けてしまったのか。あの時、俺達4人ならできないことはないと思っていた。よく考えたら、命をかけてまで俺達がやらなければいけないことではなかったんだ。
俺はビームに恩返しがしたくてこのコロニーにやってきたはずだったのに、思い返してみるとビームを裏切るようなことをしてばかりだった。ビームはただ俺だけを見てくれていたのに…。なのに俺は…。
悔やんでも悔やみきれない。俺の目から涙がこぼれ、ビームの冷たい手を濡らす。何が魔法使いだ。7つも魔石があって、いくら魔法を覚えてもビームを助けることができなかったら何の意味もない。ビームが死んでしまったら何の意味もない!
「俺は…キミに…まだ恩返しできてない…!!」
ビームが、またほほえむ
「ボク…は……もう……」
ビームの体から力が抜けていく。だめだ。頼む。誰かなんとかしてくれ!なんで俺は回復魔法が使えないんだ!? 魔石が7つもあって、なんで白い魔石がないんだ!? 7つも魔石なんていらない。他の魔法が使えなくなってもいい。俺が欲しいのは1つだけだ。だから俺に白い魔石をくれ!!俺の命を使ってもかまわない!ビームを助ける力をよこせ!!白い魔石を!!!俺は目をかたく閉じ、強く祈った。
……すると、誰かの声が聞こえてきた。それは、ビーロが俺を呼ぶ声だった。
「ナナホシくん……ナナホシくん……?」
ビーロの声も、今の俺にはノイズのようにしか聞こえない。俺は、最後までビームを見届けたい。見続けたい。
「ナナホシくん……背中が光って………背中!!背中背中!!!背中が光ってる!!!」
ビーロが慌てた様子で俺の服を勢いよくめくり、息を飲む。
「白い魔石……!ナナホシくんに…!」
「?」
「ナナホシくん!白い魔石だよ!ナナホシくんの背中の魔石が白い魔石になってるであります!!ほら見て!!」
ビーロが指をさす先には、アイスウォールに映る俺の背中があった。そして、俺の背中には中央に大きな黒い魔石、そしてその周りにあった5色の魔石の色が消え、1つだけ白く輝く魔石があった。
「白い……魔石………白い魔石!!!」
俺は急いでビームの氷の当て布をはずし、ビームの服をめくる。そこは血だらけで真っ赤になっていた。俺は傷口の近くに手を当てる。
白魔法についてはビーロから一つだけ初歩の魔法を教えてもらっていた。俺は背中の魔石に意識を集中させる。もともと雷の場所にあった魔石が、今はなぜか白い魔石に変わっている。俺の意識に反応し、白い魔石の輝きが増す。魔力の発動も問題なさそうだ。
俺はビームの綺麗だったおなかの肌を思い出す。俺はビームの傷が塞がって、元の綺麗なおなかに戻ることをイメージする。
「回復魔法……ヒール!!!!」
俺の手が白い光で包まれる。そして、ビームの患部も強い光りに包まれる。
「傷が……塞がっていく……!」
組織がみるみると修復され傷が閉じていく、数秒のうちに傷は綺麗に塞がった。俺がコレクトウォーターで集めた水でビームのお腹の血を洗い流すと、そこには傷跡もなくビームのすべすべのおなかに戻っていた。
「んっ……冷た……」
「ビーム!」
水で血を洗ったのが冷たかったのか、ビームが反応する。
「ビーム、大丈夫か?体の具合はどうだ?」
ビームは俺の質問に対し目を閉じ、自分の体の調子を確かめるように、すー…、はー…、と深呼吸する。
「……うん、大丈夫みたい。……起こして、ナナホシ」
「ああ」
俺はビームの肩に手を回して支え、抱くようにして少し体を起こしてやる。
「ナナホシ……腕……それに肩も…」
俺の腕と肩には、ニードルバットの針がまだ突き刺さったままだった。
「ああ、大丈夫だ。ビーラ、抜いてくれ」
「……あたしはむり……こしがぬけてちからがでない……」
ビームが無事だとわかり気が抜けたのか、泣き疲れたのか、ビーラはふにゃふにゃになっていた。
「自分がやるであります」
気合の入った表情でこちらに来るビーロ。やはり頼りになる。
「腕の方からいくであります」
「ああ、頼む」
ビーロが、気合を入れて針を抜く。
「ぐっ…!痛ってぇ~……!」
抜いたところから血が吹き出る。
「うわっ……もうやめてよね……」
ビーラは俺の血を見て痛そうな顔をし、さらにふにゃふにゃになる
ビーロの顔にも俺の血がかかっているが、ビーロは嫌な顔せず真剣な表情のままだ。俺のために真剣に仕事をしてくれている。そのまま、ビーロは俺の腕から2本の針を抜き終わる。
「ありがとうビーロ」
さてどうなるか……頼むぜ新しい魔石。俺は自分の腕に回復魔法を実行する。
「ヒール!!」
ビームの時と同様に、組織が早送りで再生しみるみる傷が小さくなっていく。
「ナナホシ…この力は…?」
「ビームを救いたくて、回復魔法を使うために白い魔石が欲しい~って強く願ったら、俺の魔石の属性が変わったんだ。ま、つまり……俺とビームの愛の力だな」
俺はビームを見つめる。ビームも見つめ返してくる。俺はビームの唇に軽くキスをした。
「……さすがナナホシ……わかってるぅ…♪」
いひひと笑うビーム。良かった。いつものビームに戻ってきた。
「ビーロ。残りの針も頼む」
「…………わかったであります」
俺の肩にもまだ針が刺さったままだ。今のうちに回復魔法で治しておきたい。ビーロがすたすたとこちらに近づいてきて、肩の針を引き抜く。
「いぎっ…!痛てぇ…」
俺に刺さった針を全て抜いたのを確認し、俺はヒールで傷を治した。
「他にケガはないか? もし隠してたら怒るからな」
「自分はかすり傷程度なので大丈夫であります。コロニーに帰還した後で良いので治してほしいであります」
「わかった。ビーラはどうだ?」
「あたしもビーロっちと同じね。後で良いわ。」
「わかった」
「ビーム、他に痛いところはないか?」
「うん、大丈夫だよ~♪」
「よし、じゃあコロニーに帰還しよう。ビームは俺が背負う。ビーム、つかまれそうか?」
「うん」
俺が小さくかがむと、ビームがゆっくりと俺の背中に上り、俺に体を預けてくる。両腕はしっかりと俺の首にまわす。これなら大丈夫そうだ。俺もビームの体が安定するように支える。
「ナナホシの背中はおっきいね~♪」
「おい、くすぐったいって」
ビームが、俺の耳のあたりを頬で触れる。ビームといちゃいちゃするのは、なんだかとても久しぶりのように感じる。
「……見せつけてくれるわね」
「……いいなぁ……」
俺達は残りの蔦をつなぎ合わせて長い蔦を作る。そして、コロニーに空けた横穴の近くの茨に固定し、一人ずつコロニー内部に降下していった。俺とビームは最後だ。敵が侵入してこないように最後に横穴を塞いで……
「しまった、アイスウォールもう使えないんだった」
「そうなの~?」
「ああ、紫の魔石が白い魔石に変わり、他の魔石は全部無色になったんだ」
「黒い魔石も?」
「いや、黒い魔石は何も変わってない」
「なるほどね~♪」
ビームは何かひらめいたのか、楽しそうにしている。とりあえず俺は横穴は放置したまま、ビームを背負って降下を開始した。時間はかかったが、無事にコロニーの床に着地することができた。ビームを背負っている背中が暖かい。ビームが生きていることを実感する。
俺たちはビームの指示の元に移動する。しばらくすると、正面から軍服を着た人達が走ってきた。ビームが背負われているのを見て驚く。
「ビーム様!?どこかお怪我を!?」
「ボクは大丈夫だよ〜。ナナホシが助けてくれたからね〜」
ビームが俺に背負われた状態で俺に体を擦り寄らせてくる。ちょっと恥ずかしい。ほら、軍の子もなんだか気恥ずかしそうにしてる。
「ビリ姉と通信できないんだけど〜、今の状況を教えてくれる?」
「かしこまりました!」
ビーリアはコロニー全体と通信しており、各所からの通信が集中しているのでアクセスしにくい状況となっているらしい。現在はコロニーの全ゲートを閉じて籠城しているとのこと。ブルームーンナイトが終わり蜂化する夜明けから反撃に移るそうだ。
「オッケー♪ それなら問題なさそうだね。ビーラちゃん。ナナホシの腰についてるこの二つのビンを外してこの子に渡してあげて」
「えっ!? あっ!はいっ!」
ビーラが俺の腰の両側に下げてある2本のビンを外し、それを軍の子に渡す。残りの1本が俺の腰の真後ろ側にぶら下がったままなのだが……これは渡さなくて良いのだろうか。
「ビーム、まだ――」
「いいの♪」
ビームが俺をぎゅっと抱きしめ、耳元でささやく。ビームには何か考えがあるのかもしれない。ビームはいつも先の先を見ている。軍の子に2本のビンが渡ると、ビームが真剣な表情になり軍の子に命令を下す。
「ビータ。キミはビ-リア軍団長にそれを渡し、ビームは任務を完遂したと伝えなさい。それを確実に届けるように。これは最優先の命令です」
「はっ!これらをビーリア様に確実にお届けし、ビーム様の任務は完遂されたとお伝えします!」
「よろしい。あ、それと、ボク達は朝まで休息に入るから、邪魔しないでね♪」
ビームがまた俺の体をぎゅ~っと全身を使って抱きしめる。俺からは見えないが、きっと小悪魔的な表情をしているのだろう。
「はっ!はいっ!そっそれもお伝えしておきます!で、ではししし失礼します!」
軍の子が顔を真っ赤にして駆け足で去って行く
「……コロニーの防衛は良いのか?」
「まだそんなこと言ってるの~?」
背中にいるビームが俺の体をさらに強く抱き締め、耳元でささやく。確かに、それは俺達の仕事ではない。ビームが気にしていないならそれで良い。俺も、ビームを離したくはない。
「だな。帰るか」
「うん♪」
俺はちらりと二人の方を見る。すると、二人とも俺から視線をそらす。何か言いたそうだが、言えずにいるようだった。すると、ビームが二人に告げる。
「二人とも……うちに来る?」
えっ…!? 二人の目が見開かれ、驚き、呼吸も止まり固まっている。俺も、まさかビームが提案するとは思わなかった。なのでかなり驚いている。
「……良いの……!? ビームちゃん……!?」
「うん♪ 二人が居なかったら、ボク死んでたかもしれないもん♪」
「……自分は……」
ビーラは頬が高揚し、とても嬉しそうなのがわかる。ビーロは何か……葛藤しているようだった。
「ビロロン。傷が残らないうちに、ナナホシに治してもらった方が良いよ……?」
「……!…………ビーム殿……。…………感謝するであります」
ビーロが了承する。
「そうよビーロっち!一緒に行きましょ♪」
ビーラはビーロも一緒に来てくれるということがわかってさらに嬉しそうだ。ビーラはビーロの腕をとり俺達のほうに引っ張る。ビーラの笑顔を見て、ビーロもやっと笑顔を取り戻した。
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